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再会と言葉

「おうっ」

 純がタバコを買いに外に出ると、上の方から声がする。純が何ごとかと声のした方を見上げると、電信柱のてっぺん付近に人が誰か上っているのが見えた。純は少し驚く。

「久しぶりだな」

 その人間が言った。聞き覚えのある声だなと思いながら、純がその顔をよく見ると、それは、ひとしだった。

「おおっ」

 純は思わず声を出す。

 ひとしは近所に住む、純の二コ上の男で、純とは小さい時から近所の子たちと一緒によく遊んだ仲だった。中学時代はサッカー部でも一緒で、体も大きくサッカーのうまかった純は、一年で三年と一緒に試合に出たこともあった。その時、ひとしも運動神経がよく、サッカー部のレギュラーだったため、一年の純と三年のひとしだったが試合で一緒にプレーしたこともあった。

「何やってんの?」

 純が上に叫ぶように訊く。

「ちょっと、家建て替えたんだ。その電気工事さ。自分でやった方が安上がりだからな」

 そういえば近所で何か工事をしていたと、純は思った。それがひとしの家だったことに今気づく。純は最近ずっと自分の部屋に引きこもっていて周囲のことには無関心になっていた。

「ちょっと待ってろ。もうちょいで終わる」

「うん」

 純はそれを待った。ひとしは電力会社に勤めていて、普段から電柱に上り、電線などの電気工事の仕事をしている。だから、そういった関係の工事を自分でできるのだろう。

「・・・」

 純はひとしの作業している姿を下から見つめる。危なくないのかと思ったが、しかし、ひとしらしいと純は思った。ひとしは小さい頃からそういう危なっかしい人間だった。普通の人間が絶対にやらないような無茶をやってよくケガをしていた。

「よしっ、終わり」

 そう言うと、ひとしが電柱から下り始めた。

「よっ、久しぶりだな」

 スルスルと、あっという間に下まで下りて来たひとしが純の前に立つ。

「うん」

「元気にしてたか?」

「まあ・・」

「お前、今何やってんだよ」

「・・・」

「どうした」

「・・・」

 どこか浮かない顔の純に、ひとしは訝しむ。ひとしは近所の子どもたちの間ではリーダー格の男で、明るく陽気で、顔を合わせればいつも、気さくに純に話しかける。だから、純もいつも陽気にそれに答えていた。

「お前サッカー辞めたんだってな」

「うん・・」

 やっぱり知っていたのか。純は思った。

「お前がサッカー辞めるなんて思わなかったよ。マジでびっくりした」

 その何気ない言葉が、純の胸をチクリと刺した。自分でもサッカーを辞めるなんて考えたこともなかった。純が誰もが認めるサッカー好きだったことは、もちろんひとしも知っている。中学時代は誰よりも練習をしていたこともひとしは知っていた。

「今、何もしてねぇのか」

「・・・」

 純は、うつむき何も言わなかった。

「家にずっと引きこもってるって聞いたぞ」

「・・・」

 そのことも知っていたのか。やっぱり、田舎の噂はその伝達能力が早い。まして近所のこと、それは、知っていて当然なのかもしれない。純は諦めるように一つため息をついた。

「中学ん時お前あんなにサッカーに夢中だったのにどうしたんだよ」

 純は家の前でもよくボールを蹴っていたから、近所の人たちはみんな純のサッカー好きを知っていた。ひとしも知っている。

「・・・」

 純は答えられなかった。何でこうなってしまったのか。あれほどサッカー燃えていた自分がなぜこんなことになってしまったのか、自分でも分からなかったし、信じられなかった。

「しかし、ほんと久しぶりだな」

 ひとしがうれしそうに言う。

「うん」

 純もひとしに会えたことはうれしかった。

 ひとしは、勉強があまり得意ではなく、地元からは少し離れた商業高校に進学したので、近所に住みながら、ひとしが中学を出るとあまり顔を合わせることもなくなっていた。

「お前が東岡に行ったって聞いて、正直心配してたんだぜ。あの高校はあまり評判よくなかったからな」

 ひとしが言った。

「あそこは表向きは普通高校だけど、中身はヤンキー高校だってもっぱらの噂だったし、実際、内申の悪い奴とか、素行の悪い奴とか、何か問題のある奴とか、中学時代に問題なんか起こした奴とか、そういうのが集まってるって話だったからな。そんな高校行って、お前は大丈夫かって思ってたんだ。まあ、俺だったら平気だけどな」

 そう言って、ひとしは笑った。

「・・・」

 純は全然知らなかった。進路指導の時に中学の時の担任に話を聞くまでそんな高校が地元にあることすら知らなかったほどだった。ただ担任に勧められるままに、東岡に決めてしまった。サッカーも強く、朝が苦手で遅刻が多く内申点の低い純でも進学できると、しかも、推薦で無試験で入れると言われ、勉強が嫌いだった純はそのおいしい話に飛びついてしまった。

「あそこは県内の色んな中学から問題のある奴が集まってるって有名だったからな。あそこは私立だし、そういう生徒でもとらないと、生徒が集まらないからな。スポーツに力を入れてるのも、そんな実態を隠すために体裁をよくするためだろ」

「・・・」

 純には思い当たることばかりだった。サッカー部の先輩たちは、正直ガラの悪い感じの生徒が多かった。ゴール裏でいつもタバコを吸っている先輩も多かった。同級生もやたらと中学時代の武勇伝が噂で流れてくる奴が多かった。

「おいっ」

「えっ」

「なあ、またやらないか」

 ひとしが純を見た。

「また中学ん時みたいにさ。あん時の仲間集めてチーム作るんだよ」

「・・・」

「またやろうぜサッカー。俺もまたやりたいって思ってたんだ」

「・・・」

「市のリーグがあるんだよ。それメンバー集めたら出れるんだ。今いろんな奴に声かけてんだ。お前も一緒にやろうぜ」

「・・・」

 しかし、純は、今そんな心境ではなかった。サッカーボールを見ることも辛かった。

「俺たち、よく夜中に校庭でボール蹴ってたよな」

「ああ」

 部活が終わって家に帰った後も、純たちは近くの小学校の校庭に集まりボールを蹴っていた。校庭が空いていない時は、近くの公園やガレージを探して、ちょっとの明かりやスペースの中でボールを蹴った。そのくらいサッカーが好きだった。

「そんでみんなで、夜遅くまでだべってさ」

「ああ」

 だが、それはもう純の中では遠い過去だった。

「あん時は楽しかったよな」

「・・・」

 そして、終わった青春だった。それを思い出すと純は逆に辛くなった。

「おいっ、純・・」

「・・・」

 純は黙って、ひとしに背を向けた。今は、何もかもが枯れていた。何もする気が起こらなかった。ただ休みたかった。部屋に籠って休みたかった。


「日明くん・・」

 今日も部活帰り、一人で駅までの道を歩いていた時だった。突然、背後で声がして日明は振り向く。

「・・・」

 あの以前、日明に手紙を渡した太った女子生徒が立っていた。その子を見て、日明は驚きつつ、何ごとかとその子を見つめる。

「あの・・」

 その子はもじもじと何かを言いたそうにする。

「あの・・」

 しかし、なかなか言わない。

「・・・」

 日明はただそこに立ち、待つしかなかった。

「私、今でも応援してるから」

 そして、その子が言った。

「えっ」

 日明は、あの事故以来、女子生徒たちからは総スカン状態だった。それは今も変わらなかった。

「日明くん、私、日明君がどんな時でも応援しているから」

「えっ、あ、ああ・・汗」

 いきなりそう言われて、日明は喜んでいいのかどうしていいのか戸惑う。

「あたし、いじめに耐えている日明君も好き」

「あ、ああ・・、そうか、ありがとう・・汗」

 何がありがとうなのか分からなかったが、とりあえず日明はお礼を言った。

「日明くん、負けないでね。あなたを嫌っている人間ばかりじゃないわ」

「あ、ああ・・」

「それだけを伝えたかったの」

「・・・」

「ごめんね。なんか・・」

「・・・」

 日明が何も言えないで黙っていると、その太った女子生徒は、自分が迷惑なことをしてしまったと思ったのか、不安に顔を曇らせた。

「ごめんなさい」

 そして、悲しげな顔でその女生徒は、そのまま走り去ろうとした。

「駅まで行くのか」

 その時、そんな女子生徒に日明が声をかけた。

「えっ、う、うん」

 女子生徒が驚いて振り返る。

「じゃあ、一緒に駅まで行こう」

「えっ、いいの」

 女性生徒の顔が輝く。

「ああ」

 二人は並んで駅まで歩いた。以前の日明なら絶対にしないことだった。

「私、加奈子」

 その子は、加奈子と言った。

「私日明くんがみんなからいじめられているのを見て、見ていられなくて・・、それで何かしてあげたくて・・」

「・・・」

 日明は、相変わらず教室では居場所はなく、教室の外に出れば、調子こいた連中やヤンキーに何やかやと絡まれて、いじめや嫌がらせを受けていた。

「あたしもいじめられたことあるから分かるの」

 加奈子がぼそりと言った。

「・・・」

「中学の時は、太子太子って呼ばれて、みんなからバカにされてた。今もそんな感じ」

 そう言って加奈子は自嘲気味に笑った。

「・・・」

「私ブスでしょ」

「・・・」

「太ってるし」

「・・・」

「あの時、日明君に手紙渡すのもすごく勇気がいったのよ。ものすごく不安で怖くて」

「・・・」

「私なんかが手紙渡しても気持ち悪がられるだけだろうって・・、笑われるだけだろうって・・、私みたいなブスでデブに好かれても迷惑だろうって・・」

「・・・」

 実際、あの時、日明は気持ち悪がったし笑った。

「私なんかが、つき合えるような人じゃないって分かってるんだ」

「・・・」

「でも、応援はしたいんだよね」

「・・・」

 この言葉を聞いた瞬間、日明は、なぜか、自分の中で何かが大きく変わるのを感じた。今まで自分を中心に回っていた世界が、内側からひっくり返るような、そんな大きな変化を日明は自分の内に感じた。


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