絶望
純は久しぶりに学校に顔を出す。同級生たちに顔を合わせるのが嫌で、学校へは行きたくなかったが、休学の手続きのためどうしても顔を出さねばならず、仕方なく純は重い心を引きずりながら学校までやって来た。
純は少し緊張しながら、校舎の中に入る。学校に入るのは、もう三カ月ぶりくらいになっていた。校舎の中は、幸い授業中で、廊下には誰もおらず、し~んと静まり返っていた。
「・・・」
そんな静まり返った廊下を純は一人歩く。まだ三カ月ほどしか経っていないのに、あの毎日通ったこの校舎が、まったく別のよそよそしいもののように感じられて、純はなんだか奇妙な感覚に包まれた。
純は強く退学を希望していたのだが、なぜか、休学扱いということになっていた。休学だと私学の高い授業料を一年間すべて納めなければならない。なぜ、休学扱いになったのか、純は訳が分からなかった。多分、担任の口車に、まだ純が学校に復学してくれるのではないかと希望を抱いている両親が丸め込まれてしまったのだろう。そのことに重ねて担任や学校に対し、純は不信感を抱く。
なんてことない手続きだった。一瞬で終わった。こんなことでわざわざ学校まで呼び出されたことに、純は怒りを覚える。
「失礼します」
手続きが終わり、純が頭を下げ、校長室から出ようとした時だった。
「お前は、ただ怠けてるだけだろ」
隣りのクラスの理系の担任の山内が純の横に寄って来て、いきなりぶしつけに言った。
何を言っているんだこいつは、純は思ったが、いきなりで言葉が出てこなかった。
「部活もどうせ、練習が辛いから辞めたんだろ」
蔑むような言い方だった。
「・・・」
純はその言葉に拳を固く握りしめた。
「違う・・」
違う。でも、どれほど自分が苦しいか、それを語る言葉がなかった。純は黙っていた。黙るしかなかった。今、何を言っても言い訳にしかならない。純は黙るしかなかった。
校長室を出ると、丁度、休憩時間で廊下は生徒で溢れかえっていた。純は緊張する。顔を下げ、足早に去ろうとした。純は今の自分が恥ずかしく、誰にも見られたくなかった。特に同級生たちには。
「よっ」
声がして純は顔を上げた。同級生の田中だった。顔がにやついている。そういう奴だった。敬とつるんで純のことを嫌い、それとなくクラスの中で疎外して来た奴だった。普段純のことをほとんど無視しているのに、純の立場を知りながら、こういう時にわざと声をかけて来るところがいやらしかった。しかし、クソっと思いながらも、純はその場を足早に去ることしかできなかった。
靴を履き、校舎を出ると、ちょうど、雨が降って来た。弱り目に祟り目、こういう時ほどこういうことが起こる。でも、そんなことはどうでもよかった。もうすべてがぐちゃぐちゃで、もう何が何だか分からなかった。その日、傘もささず純は、電車にも乗らず、長い道のりを、ずぶ濡れで家まで帰った。
純は一人雨に打たれた。すべてがどうでもよかった。とにかく世界は真っ暗だった。
今までただ落ちていくだけの日明にも、少しずつ、立ち直る希望が見え始めていた。サッカーに対する純粋な思いを、日明は取り戻し始めていた。子どもたちとボールを蹴るのも楽しかった。社会人の大人たちとボールを蹴るのも楽しかった。一人、小学校の校庭でボールを蹴るのも楽しかった。中学時代まで持っていた、サッカーに対する情熱と、向上心を再び日明は取り戻し始めていた。
自宅近くまで来た時だった。今日も激しい走り込みで疲れた体を抱えながら、でも、これからまた夕食を食べたら小学校の校庭にボールを蹴りに行こうと、日明は燃えていた。
「絶対許さないから」
ふいに響いた鋭い声に日明は振り向いた。そこに、小柄な制服姿の少女が立っていた。
「絶対許さないから」
亜紀だった。亜紀は鋭い目で日明を睨みつける。亜紀は普段とても大人しくそんな目をする子ではなかった。そのことに、突然のことでまだ事態をよく呑み込めていない日明は、まずショックを受ける。
「あなたのこと絶対に許さないから」
その目には涙が滲んでいた。
「絶対に許さないから」
亜希は、最後にもう一度叫んで去っていた。
「・・・」
日明は何も言い返すこともできず、その場にうなだれた。
日明は、亜希の言葉に打ちのめされた。自分は絶対に許されない存在なのだ。絶対に許されない、救われない存在なのだ。それを改めて、希望を持ち浮かれ始めていた日明は突きつけられた。




