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西谷の言葉

 朝起きれない。純はぬくぬくとした布団から、どうしても出られなかった。

 ただ落ちていく――。落ちていく――。それを自覚しながら、純は堕落していく自分をとめられなかった。

 純は学校に行けなくなっていた。不登校・・。

 中学時代、同じクラスにそんな奴が一人いた。そいつをものすごく奇異に思ったことを今も純は覚えている。どうすんだ?純は他人事ながら彼の今後の人生を恐ろしく思った。それに今自分がなっている。

 しかし、そのことの自覚はまったくなかった。今置かれている状況を純は、認識できていなかった。とにかく、今は布団の中にいたかった。ただそれだけだった。


「子ども相手ばっかじゃつまらんだろ」

 西谷が突然日明を見た。いつものように日明は夜、少年サッカーの練習に混じって練習していた。

「来いっ」

 西谷が言った。それは指導者としての顔ではなかった。

「はい」

 日明はドリブルを仕掛けた。

 決着がつくのにそれほど時間はかからなかった。

「はあはあ、もうお前には適わないな」

 息を切らして西谷が言った。子どもの頃は日明がどうがんばっても抜くことのできなかった相手だった。それが今は逆に西谷がどんなにがんばっても、日明の操るボールを取れなくなっていた。

「俺も年だな」

 西谷は激しく息を切らし自嘲気味に笑う。

「ほんと子どもの成長は早いな。ハハハハッ」

「・・・」

 当時は、指導者らしい指導者など日本にほとんどいない時代だった。まして、田舎町にあってのこと、その中で西谷のようなサッカーを教える人間がいたこと自体、奇跡に近かった。

「お前はもっとうまくなる。ここで満足するな」

 西谷は、当時から生意気で粋がっていた、大人からしたら嫌なガキだったに違いない日明に、辛抱強くそう言い続けていた。自分のうまさに調子に乗っていた日明はそこで自分はまだまだだと気づくことが出来た。だから、その後もサッカーを続けることが出来たし、練習に打ち込むことも出来た。そして、誰よりもうまくなれた。

「じゃあねぇ~」

「監督、おつかれさまぁ~」

 練習が終わり、子どもたちは次々帰っていく。

「おうっ、気をつけて帰れよ」

 西谷がそんな子どもたちに手を振る。そして、グラウンドには西谷と日明だけが残った。

「隆史のこと聞いたよ」

 西谷が静かに言った。

「はい・・」

 日明は目を伏せる。

 子どもたちのいなくなった広いグラウンドは、急に寂しく、静かになった。

「俺にもそういう時があったよ」

 しばらく黙った後、西谷が口を開いた。

「やんちゃして無茶苦茶やって、それがカッコいいなんて勘違いしてさ」

「・・・」

「でも、俺は運がよかったよ。あの時、誰かを傷つけていても不思議じゃなかった。ほんと俺は運がよかったよ」

「・・・」

 日明は黙ってその言葉を聞いていた。

「忘れろとは言わん」

「・・・」

「反省は大事だ。ただ、お前の人生が終わったわけじゃない」

「はい・・」

「そのことは忘れるなよ」

「はい・・」

 事故の後、日明に向けられるのは厳しい言葉、厳しい態度、厳しい現実ばかりだった。その中で日明は、もう何度も挫けそうになっていた。

「・・・」

 西谷の言葉はありがたかった。ただ、ありがたかった。

「お前試合に出ていないんだろ?」

 そして、西谷が言った。

「えっ」

 日明が西谷を見る。

「はい・・」

 やはり、西谷は見抜いていた。

「俺の大学時代の仲間で社会人でやってる奴がいるんだが、そこ行ってみるか」

「えっ、いいんですか」

「ああ、紹介してやるよ。練習も仕事終わりの夜やってるし、お前も部活終わりで行けるだろ」

「はい」

 思わず日明の声は弾んでいた。


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