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風薫る季節になり、1年前に公爵家へ婿入りした兄が今日は珍しく帰省していた。
兄の名前はハロルド。
結婚してからはカーディナルではなく、公爵家の性であるメレディスを名乗っている。
才能に溢れ学生時代から男女問わず人気を集めていた彼は、妹の私から見ても相当な男前でとても頼りになる人だった。
彼は勤め先である魔法省でもたちまち頭角を現し、現在は特殊急襲部隊の副司令官として活躍していた。
「変わりないかい?セレス」
「はい、ハロルド兄様もお元気そうで安心しました。クラリッサ様もお変わりないでしょうか?」
「あぁ、お前をお茶会に誘いたがっていたよ。またカロンの演奏を聴かせてほしいと。セレスの腕は凄いからな」
「そう言っていただけて嬉しいわ。ぜひまたお誘いくださいと伝えてくださいませ」
「たまには俺にも聴かせてくれよ?」
「ふふ、兄様が望むならいつでも」
ハロルドと結婚したクラリッサ様はとても面倒見の良い方で、私の事も度々気にかけてくれる優しい義姉だった。
彼女のような人と巡り会えて、兄は本当に果報者だと思う。
私と話し終えたハロルドの視線が、隣にいたアシュレイを捉えた。
その瞬間、待ってましたと言うようにアシュレイの目がキラリと光る。
「頑張っているそうだな、アシュレイ」
「なかなか兄上のようにはいきませんが、自分なりに努力はしているつもりです」
「お前はきっとまだまだ伸びるよ」
「兄上にお聞きしたい事が沢山あって困ります」
「座学か?それとも、久しぶりに手合わせでもする?」
「いいのですかっ?ぜひお願いします!」
食い気味に返答したアシュレイに、ハロルドは笑いながら頷いた。
アシュレイなら手合せしたがるとわかっていたのだろう。
昼食を取ったばかりだというのに、2人はすぐに準備を始めてさっそく裏庭へと向かっていってしまった。
「少しくらいゆっくりすればいいのに、男の子って仕方ないわねぇ」
のんびりした声でそう言った母に、私も同意する。
「じっとしてるのが性にあわないのでしょうか?」
「久しぶりだからお互いに張り切ってるのかもね。セレス、2人が怪我しないように見張ってきてちょうだいな」
「ええ?必要ありますか?」
「第三者の目が必要な時もあるでしょう。それに、貴女も少しは魔法に興味が湧くかもしれないわよ?」
本音は後者だろうか?
私は首を竦めて行って参りますと挨拶すると、裏庭が一望できる部屋へとゆっくり足を進めた。
部屋に着くと、窓際に置かれた椅子に腰を下ろす。
窓の外には一定範囲に防御壁を張り、向かい合って魔法をぶつけるハロルドとアシュレイの姿がよく見えた。
「戦闘には興味ないんだけどなぁ」
魔法自体は前世からの憧れもあるし興味がないわけではない。
しかし戦闘に使わなければいけないとなると、前世では平和な国で育ってきた身としてやはり抵抗があった。
まぁそうは言っても、魔法学園に通っている以上戦闘魔法は必須だ。
「確かに自分の身は自分で護れるくらい力をつけておくべきなのでしょうけどね」
独り言を呟きながら2人の戦闘を眺める。
傍から見ていると、どうしても目につくのは火力の差だった。
アシュレイも魔力量はかなり多い方だ。
魔力コントロールも上手いし上級魔法だって難なく使いこなしている。
ただそんなアシュレイが押し負けるほど、ハロルドの魔法は質も火力も桁違いだった。
大体ハロルドは、数多くの魔導師を輩出してきた王都魔法学園の歴代卒業生の中でも10本の指には入ると言われる程の実力者だ。
改めてこうして見ると、本当に恐ろしい兄だと思う。
「けどよく見れば、アシュレイは接近戦の方が戦いやすそうね」
ハロルドも加減はしているだろうが、アシュレイが押し負けずに戦えているのは接近した時だった。
その様子を眺めているとふと、いつか父が見せてくれた武器が頭を過ぎる。
そういえばアシュレイは今まで武器を試した事があっただろうか?
もし、あれを使いこなせたなら…
「ひょっとしてひょっとするのでは?」
妙案な気がして思わずにやけてしまう。
すぐに試してみたい気持ちを抑えきれず、私は立ち上がると急いで父の元へ向かった。