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『勝利の女神、最強の挑戦者に微笑む!!』
その実況の直後、アシュレイはガクンと膝から崩れ落ちた。
満身創痍で剣を地面に突き立て、息も絶え絶えで下を向く。
負けたはずのハロルドの方が、目立った傷もなくピンピンした様子だった。
あの爆発の中アシュレイは一瞬の隙を突き、捨て身覚悟でハロルドの背後を取ったのだろう。
もしそれが出来ていなかったら確実に負けていたはずだ。
ハロルドが手を差し伸べると、彼はその手を取ってふらつきながら何とか立ち上がった。
これじゃあどっちが勝ったかわからないみたいだと思う。
だけど、最高にカッコ良い試合だった。
異次元の戦いを見せた両者に、惜しみない拍手が送られる。
2人は声援に応えるように手を挙げながら、悠然とステージを降りた。
「本当に、勝ったのね…」
観戦を終えて学園に戻ってきた私は、気付いたらふらっと音楽室の前まで来ていた。
鍵も無いのにと自笑しながら、窓の外を眺める。
まさかこんなに早くアシュレイがハロルドに勝つ日が来るとは思わなかった。
それだけアシュレイのこの大会に賭ける想いが強かったという事なのだろう。
彼は見事に実力を証明してみせた。
「良かった…っ」
嬉しさや安堵感、色んな感情がどっと押し寄せてくる。
私は窓の淵に肘をついて、深く息を吐きながらそっと顔を覆った。
そんな時だった。
「あっ…!」
小さく声が聞こえてそちらを見る。
そこには廊下の中央辺りに立ち尽くす知らない男子の姿があった。
なんだか挙動不審にも見えるその男子は、だんだんこちらに近付いてくると目の前で足を止める。
訝しげに彼を見ると、彼はもじもししながら口を開いた。
「あ、あの…セレスティア・カーディナル先輩ですよね?」
「…そうですが、貴方は?」
「2年のトレイシー・コリンズと言います。たまに音楽室を利用しに来ていて…それで先日、たまたま貴女の歌を聴いたんです」
「あぁ…」
すぐにもしかしたらと思い至る。
いつか扉の向こうから聞こえた物音。
あの時そこに居たのが彼だったとしたら合点がいった。
「凄く綺麗な歌声で、感動したんです。古典語だったけど、何とか僕にも聞き取る事ができました。それは疲れた心を癒すような歌詞で…まるで僕のための歌のようだと思いました」
「は、はぁ…」
恍惚とした表情で話す彼に、段々と顔が引き攣ってくる。
「あの時は盗み聴きしたと思われたくなくて逃げてしまったけど、先輩は僕のために歌ってくれた…あの日僕が偶然音楽室に足を運んだ事も、もはや運命だったと思うんです」
彼はそう言いながらジリジリと距離を詰めてくる。
その様子に明らかな異常性を感じて、私は一歩二歩と後ろへ下がった。
いや、無理。何なのこの子…!
理解不能な言葉を並べられて困惑する。
私はただ自分のために歌っていただけだ。
「貴女は僕の運命の人だ。…やっと貴女を目の前にできて嬉しいです、先輩」
ひぃぃぃ、無理っ!!
あまりの気持ち悪さに、全身に鳥肌が立った。
一体何がどうなったら運命の人に結びつくというのだ。
確かに早く婚約者を見つけなきゃと思っていたけれど、こんな展開は全く望んでいない。
すぐに逃げなければと思って後ろを確認するが、背後は既に行き止まりで逃げ場もなかった。
詰んだ…こんな事なら護身術くらい習っておくんだったわ…っ!
後悔するも時すでに遅し、彼はニマニマしながら私に顔を近付けてくる。
「もう逃げられないですよ」
「っ、いや…!」
絶体絶命かと身を縮めたその時、彼の身体が一気に後ろに倒れ込んだ。
「誰の許可を得てそいつに触ろうとしてんだよ」
低い声が響いて目を見開く。
彼の首根っこを引っ掴んでそのまま引き倒したのは、大会を終えたばかりのはずのアシュレイだった。
「き、君は…っ!」
「喋るな、その面ぐちゃぐちゃにされたくなかったらな」
アシュレイは冷淡な口調とオーラで彼を黙らせる。
彼も流石についさっき大会で優勝したばかりの人物の顔は忘れられなかったのだろう。
見る見るうちに顔色が悪くなっていった。
「こいつに触れていいのは俺だけだ」
「ひっ…」
「わかったらとっとと失せろ、俺の気が変わらないうちにな」
怒気を含んだ声でそう言ったアシュレイに彼はひどく怯えた様子で後ずさると、よろけながら立ち上がって脱兎の如く逃げ出した。
唖然とその背中を見送る。
反転したアシュレイは、未だにポカンと口を開けたままの私をぐいっと引き寄せた。
ぽすんと身体が収まって、途端に爽やかな香りに包まれる。
「俺の知らない所で変な男に絡まれるなよ、心配するだろ」
泣きたくなるような優しい声と温もりに、私は思わずその背中に手を回してぎゅっと抱きついた。




