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第87話 幕開け

だいぶ焦らしてしまいましたが、入学試験編開幕です。


 ユイトたちのパーティから、一夜。

 ついに、その日はやってきた。


 二週間の準備期間を経て訪れた、彼の入学試験。

 今日の行いを持って、彼自身の手ですべてが決まる。

 言うまでもなく、重大なイベントだ。


 そんな事情もあり、ユイトはもう既に覚悟を固めきっている様子で。




「受験票も〈冒険者証(ステータスプレート)〉も持ったし、これで大丈夫なはず……!」


 自室にて、彼は出発の準備を整えていた。

 鏡の前で身なりを正し、自身の硬い表情に苦笑する。当然張り切ってはいるが、矢張りやや緊張気味のようだった。

 

 この二週間の成果を、発揮する時が来たのだ。

 不安もあるが、気持ちの昂ぶりも大きい。


「ユイトさん、今日は頑張ってくださいね」


 彼の見送りに来ていたリーファは、激励の言葉を贈った。

 

「ここまでやってきたんですから、きっと大丈夫です」

「うん、ありがとう。リーファ」

「はい、あとこちら、お守り代わりと言ってはなんですが……」


 リーファは自身のポケットから、とあるものを取り出す。

 受け渡されたその“試験管”に、ユイトは納得した様子だった。


「これ……リーファが作ったポーションだね?」

「その通り……ですが、試験では使っちゃダメですよ。あくまで〈お守り〉なので」

「まあ、規定違反だしね。ありがとう、もらっておくよ」

「はい。私はあいにく今日はついていけませんが、応援してます」

 

 いつになく穏やかな口調で、彼女は深呼吸を繰り返すユイトを励ました。

 彼女自身、ユイトの努力を一番近くで見てきたのだ。余計な心配を感じることもなければ、感じさせる必要もない。

 

 準備を終えた様子の彼に、リーファは一言付け足す。


「私、これから少し出掛けるので、見送りはナーシャにお願いしてますから」

「うん……ん? ナーシャに?」

「はい。校内で道に迷うようなことがあれば、彼女に訊いてください」

「そっか。まあ、ナーシャの方が詳しいもんね」

 

 ユイトですら忘れかけることもあるが、ナーシャも一応はここの生徒だ。飛び級したリーファの妹ということもあり、成績も常に優秀。いつものすべてにおいて気だるげで眠そうな態度からは、到底想像もつかないが。

 

 もし入学すればユイトが先輩になるわけだが、今日だけは彼女が先輩だ。


「頼りになる先輩がいてよかった……」

「あんまり頼りすぎないでくださいね。ああ見えてすぐ調子乗りますから」

「あはは……わかってるよ、それくらい」




    ***




「……というわけで、よろしく先輩」

「ん、御意」


 合流したユイトとナーシャは、早速試験会場に赴いていた。


 といっても、彼らの住む学生寮を出てすぐだが。


「今日くらいは、わたしもお兄ちゃんの助けになる……!」

「ありがとう。頼りにしてるよ」

「合点承知の助」

(ほんとにすぐ調子乗った……)


 意外と乗せられやすい妹分に、ユイトは緊張をほぐされる。

 気が緩みすぎるのも危ないことではあるが。


 先導するナーシャの歩幅に合わせて、彼も少し歩き出した。

 

(まあ正直、迷うことはないだろうけど……)


 ここに来てからの二週間と少し、幾度となく見てきた風景。今までは春休み真っ只中で生徒たちの出入りはあまり見られなかったが、今日は少しばかり事情が違う。


(これ、みんな僕と同じ受験生なのか……)

 

 彼と同年代ほどの少年少女が、同じようにぞろぞろと校舎へと入っていく。

 彼らは言うまでもなく、ユイトと同じ“受験生”。

 同じ志を持つ者たちにして、ライバルだ。

 

 見るからに賢そうな眼鏡の少年や、同い年とは思えないほど頑強な体つきをした男たち。魔法に長けていそうな魔法少女に、すでに第一級冒険者風の獣のごとき目つきをした凶漢。見れば見るほど、まさに“粒揃い”ともいえるような、錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。

 

 思わず、彼らと自分を見比べる。

 だが、今はそう恐れることもない。

 これまでの努力を、自分はここで発揮するだけなのだから。

 

 見慣れない顔ぶれの集団に、ユイトは今一度適度に気を引き締める。

 

「よし。それじゃあ、僕たちも行こ――」


 そうして、ユイトは前に振り向く。

 だがそこに、先程まで歩いていたナーシャの姿はない。


 忽然と、彼女の姿は消えていた。


「……ナーシャ?」



 

   ***




「あれ、お兄ちゃん……いない……」


 一方のナーシャも、ようやくはぐれたことに気づく。


 彼女は人混みの中をユイトより前に歩いていたが、その小さな体躯からすっかりその雑踏に紛れてしまっていた。加え、ユイト自身が考え事をしてぼーっとしていたというのも一つの理由である。


「どうしよう……お兄ちゃんが迷子だ」

 

 そして彼女は頑なに、自分が迷子になっているという状況を認めない。

 変なところで、彼女は意地を張っていた。

 

 傍から見れば迷子は完全にナーシャの方だが、土地勘的なことも踏まえると、迷子はユイトとともあながち言えなくもないのかもしれない。


 すると、そこへひとつの人影が近づく。

 

「ねぇ君、ひょっとして迷子?」

 

 茫然と突っ立っていたナーシャに近寄ってきたのは、ライトグリーンの髪をした少年だった。顔立ちは垢抜けて整っており、額には洒落たゴーグルをあてがっている。


「わたしじゃなくて、お兄ちゃんが迷子なの……」

「お兄ちゃん?」

「そう……さっきまで一緒にいた」

「ふむ、なるほどな」


 薄緑髪の青年はそれとなく事情を察し、少し屈んでナーシャと目線を合わせる。


「わかった。じゃ、とりあえずその“お兄ちゃん”ってのを探そうか。もちろん俺も手伝うよ」

「ん、ありがとう」


 はぐれぬように、ナーシャはその少年の服の裾をつまむ。

 親切な少年は、彼女を連れて歩き出した。



 

「――迷子のヒズミ・ユイトさん、ヒズミ・ユイトさんはいらっしゃいますかー!」

「ますかー」

「可愛い妹さんがお呼びですよー!」

「お呼びですよー」



 

 二人は堂々と、それで校内を闊歩する。

 ユイトからしたら最悪な、アナウンスとともに。




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