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第84話 前夜祭

 僕は今、言い訳を探していた。

 この鼓動の速まりに折り合いをつけるだけの、言い訳を。


「私、もう準備できましたよ」

「そう? ……じゃあ、行こうか」

「はい。行きましょう」


 昇降口でブーツに履き替え、僕たちは学生寮を出た。

 時刻はだいたい六時前。夕日が段々と沈んでいくような時間帯だ。


 そんな時間に、僕はリーファと二人、街へ出かけることになった。

 ただこれは見方によっては、『デート』とも呼べなくもない状況で。

 

 これまでの僕なら何も気にすることはなかっただろうけど、今回ばかりは違う。


『キミ、リーファちゃんのこと好きなんでしょ?』


 あの爆弾発言が、まだ頭から離れない。離れる気配がない。

 レイさんのたった一言で、僕は色々と気付かされてしまったらしい。


(そういうの、考えたことなかったな……)


 考えを複雑化しながら、僕はリーファの隣を歩く。

 それだけでも、少し心臓が危うくなる。

 

 思えば、今までの僕は――自分で言うのもなんだけど――純粋すぎるあまり、鈍感だったのかもしれない。今の割り切った関係性にも、それに伴って変わってきた自分の気持ちにも。

 

 僕が彼女に向けている感情は、あくまで『尊敬』の範疇だと思ってきた。


 僕は、憧れていたんだ。

 他人を思いやりながらも自分を貫ける、年齢に見合わず崇高で気高い彼女の生き様に。そんな彼女の支えに感謝していたし、彼女の支えになりたいとも思った。


 ただ、そんな感情はすべて、“好意”という曖昧な言葉で形容できてしまうものでもある。『尊敬』も『感謝』も『憧憬』もすべて、“好意”から複雑に派生した感情の一種でしかないのかもしれない。


 そう、僕は気づいていなかっただけだった。

 少なからず、自分がリーファに好意を向けていたことに。


「……トさん、ユイトさん!」

「えっ!? ああ、なに?」


 ぼーっとしていた僕は、リーファの声で我に返った。

 僕が余程その声に気づかなかったのか、彼女は背伸びして僕の顔を覗きこんでいる。


 至近距離で見つめ合う形になって、僕は咄嗟に目線を逸らした。

 今までなら、こんなことはなかったはずなのに。

 

「さっきからぼーっとしてますけど、大丈夫ですか?」

「いや……ううん、なんでもない」 

 

 君への好意について考えていた、なんてとても言えない。

 

 猫耳と連動して首を傾げる彼女が、いつもより可愛く見えた。

 心做しか、いつもの数倍。


 今の僕の頭はきっと、おかしい。

 

「明日のことでちょっと、緊張しててさ」

「まあ、そうですよね……あ、煮干しでも食べますか?」

「それは遠慮しとく……」


 隙あらば煮干しを勧めてくる彼女は、やっぱりかわいい――

 いや、これはもう言い出したらキリがない。


 僕には今、彼女の一挙手一投足が愛おしく見えてしまうらしい。


「久々ですね、一緒に出掛けるの」

「うん……そうだね」 

「“あの日”の、ダンジョン探索以来ですからね」

「……。あのときは、色々ごめん」

「いいんですよ。気にしてませんから」


 そう言って、リーファは僕に微笑んでくれた。

 沈みかけた僕を励ますような、そんな微笑。

 

「もう明日は試験なんですから、そういう暗い話はやめましょう」

「……そうだね。ありがとう」


 些細な彼女の気遣いに、僕はきっとこれまでも助けられてきた。

 あの部屋で目覚めてから、この瞬間まで、ずっと。


 だから、この気持ちに気づけてよかったと改めて思った。

 リーファのくれたものに気づけてよかったと、そう思った。

 



    ***




「あ〜らいらっしゃい、ユイトたん♡ みんな待ってたわよ〜!」


 学園から歩いて十数分、僕たちは〈Ryo-Ran〉に到着した。


 店先から一番遠いカウンターから、僕の来店に気づいた店長のリンドウさんがいつもと変わらぬテンションで挨拶してくれた。店内は普段通り、たくさんのお客さんで溢れかえっている。でも心做しか、いつもより団体客が多い気がする。


 僕を待っていたらしいダリアさんが、リンドウさんの代わりに厨房からやってきた。


「待ってましたよ、今日の主役殿!」

「こんばんはダリアさん。 今日はすみません、僕なんかのために……」

「ええよええよ、今日くらいは。それより、そっちの子はユイトはんの連れなん? これまた随分可愛らしい――」

 

 リーファの姿を見たダリアさんは、そこで言葉を止めた。

 ちなみに彼女はどういうわけか、珍しく僕の後ろに隠れようとしている。


「え……キミ、リーファはんやんな?」

「は、はい……お久しぶりです」

「やっぱりそうや! うわ、えらい大きなったなぁ〜!」


 いきなり親戚同士みたいな会話が繰り広げられ、僕は戸惑った。

 数年ぶりに会った親戚みたいな、そんな雰囲気。


 どうやら顔見知りらしい彼らのもとに、カウンターを離れた店主のリンドウさんがやって来る。

 

「あら? あなたもしかして……リーファたん?」

「そう、です、けど……」

「あらあら、やっぱりそうじゃない! 随分とまあ背が伸びたわねぇ〜!」


 店長とも顔見知り……。

 それはそうと、近寄ってくるリンドウさんを前にリーファは、ジリジリと僕を盾に距離をとっていく。なぜか警戒心丸出しのようにも見えるけど、それはそうとこれは一体全体どういう状況なんだろうか。

 

「あら、どうして逃げるのリーファたん?」

「だってその構え、絶対抱きしめようとしてるじゃないですか!!」

「もう……二年ぶりの再会なんだから、少しくらいいいでしょう?」

「私だってもう子どもじゃないんですよ!」

「ははは、なんか懐かしい光景やなぁ」

 

 いつの間にか、リーファと親戚の数年ぶりの集まりみたいな事態になってしまっている。逃げ回るリーファに盾にされている僕は、なんとも言えない感じで会話にも混ざりづらい状況にあった。


 妙な疎外感をひしひしと感じる。

 僕、一応今日の主役だったはずなのに……。


「……っていうかユイトはん、リーファはんと知り合いだったんやな」


 ダリアさんから突然話題が振られた。

 蚊帳の外にいた僕は、強制的に会話に引き戻される。


「あっ、はい。それより、皆さんもリーファのこと……」

「ああ、リーファはんは昔のウチの常連なんよ」

「昔って……そんなに前のことじゃないですよ!」

「何言ってるのよ、もう二年も来てくれてなかったじゃないの」


 なんとなく、だいたいの事情は察せた。二年ぶりに来た常連客ともなれば、さっきまでの空気も納得できるような気がする。リーファがこの店に接点があったことは意外だったけど。

 

 でも、『二年ぶり』というワードは引っかかった。

 どうしても、僕はそこから邪推してしまう。


 リーファのことだから、その空白にはきっと何かしら理由があるのではないかと。

 

「――久々の再会に喜ぶのもいいけど、お客さんを待たせないでくれる?」


 すると、厨房から遅れて颯爽とエリカさんが現れた。

 彼女の鶴の一声で、混沌としていた場が収まる。


「あ、エリカさん……」

「さっさとパーティ始めましょう。ステーキが冷めるわ」

「そ、そうやな。ほな、始めるますか!」

「そうね。主役クンも来たことだし♡」


 自然に話は流され、本題のパーティに移行していく。

 リーファの事情は気になったけど、あえて聞くのもやめておいた。

 

 


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