第83話 好きなんでしょ?
第八章『Re:rise』、開幕です。
今回は、入学試験を明日に控えたユイトたちのお話。
古代遺跡『アルカナ』での激闘から、二日後。
ユイトの入学試験は、明日に迫っていた。
そんな日の昼下り、リーファはある人物のもとを訪れていた。
路地をいくつか抜けた先にある、屋台造りの小さな工房。
ユイトの〈魔剣〉を鍛つことになっていた鍛冶師、アヤメはそこにいた。
「へぇ……まさか、ほんとに調達してくるなんて」
木箱の上に座り、アヤメは感嘆した様子でいった。
彼女の掌には、白い布に包まれた赤い宝石――《《深緋の心塊》が収まっている。宝石にしては破格のサイズを誇る代物だが、本体から離れてもなお、その輝きは色褪せていない。
「はは……なんか、逆に感動しちゃうなぁ……」
「やっぱり、すごいものなんですか? それ」
「うん……私も結構ヤバいお願いしたと思ってたくらいだし、ほんとに倒してくるなんて思ってなかったっていうか……。いや、かぐや姫的な無理難題を突きつけたつもりだったんだけどなぁ……」
「??」
後半の話には首を傾げつつ、リーファはアヤメの反応を窺っていた。
試験に向けてラストスパートを切ったユイトの代わりとして、リーファは《《深緋の心塊》の提出にきていた次第だった。が、いかんせんユイトの頑張りまでは窺い知ることはできなかった。
ただ、帰ってきたユイトが灰のように燃え尽きていたことしか、彼女は知らない。
「……それで、条件は満たしましたし、鍛造はしてくれるんですよね?」
「ん、もちろん。ここまでやってくれたんなら、私も応えないとね」
宝石を布で包み、アヤメは腰に手を当てて立ち上がった。
それから早速ハンマーを握り、鍛冶場の準備を始める。
「デザイン案はこれでいいんだっけ?」
「はい、彼はそれがいいって言ってました」
「おっけー。よーし、素材もかつてないほど上質だし、使い手も相当な実力者……ふふふ、ヤバい、これこそ私の腕の見せ所って感じだ! っしゃ、燃えてきたぁー!」
一気に仕事のスイッチが入ったアヤメは、興奮気味に自分の世界へ入っていく。
先程までのダウナーな雰囲気から一転、彼女の瞳は輝きを取り戻した。
刀身となる鉄をハンマーで打ちながらぶつぶつと独り言を呟く彼女は既に、“職人”としての領域に足を踏み入れていた。傍から見ていたリーファも、彼女から発される凄まじいオーラに圧倒される。
鍛冶師としての彼女が、本性を現したのだ。
「あ、完成は遅くても明日だからー!」
「え……あ、明日ですか!? そんな早いんですか!?」
「私一夜漬けタイプだから! 今日は徹夜で作業するよ!」
そう言い張る彼女の背中に、リーファはまたしても圧倒された。
彼女が体調を崩さないかどうかだけは心配だったが。
「わかりました……それじゃあ、よろしくお願いします」
「まかセロリ!」
既に作業に没頭しているアヤメに頭を下げ、リーファはその場をあとにした。
***
一方、試験を明日に控えたユイトは。
「えーっと……『本校を志望した理由はなんですか?』」
「貴校の多様性を重視した自由な校風と輝かしい実績に魅力を感じたことです」
「うん……なんか、すごい嘘くさいね」
自室にて、唯一今まで対策をしてこなかった、面接試験の練習に励んでいた。長期的な対策が必要なものでもないので、ユイトは意図的にこの直前まで後回しにしていたのだ。
暇そうだからと呼び出されたレイチェルは、彼の練習に付き合わされる羽目となっている。
本人は「暇だからいいや」と思っているが。
「面接試験なんて、こんなものじゃないですか?」
「んー……まあ、これで落とされることはないだろうしね」
「僕、志望理由とか聞かれても困るんですよね……」
「あはは、たしかに」
学長からの推薦状で受験を決めた彼にとって、この手の質問ほど困るものはなかった。どんな答えを返しても、面接官側からしたらすべて嘘だと見抜かれてしまうのだから。
ただ、それが彼を落とす理由にはなり得ないことは確かだ。
「まあ、面接試験ぐらい気楽に……って、言いたいところだけど」
「――?」
「懸念点が、ひとつだけ」
スツールの上で胡座をかいていたレイチェルは、ほんの少し表情を苦くした。曖昧な苦笑いで、彼女はその『懸念点』について語る。
「ドルガン、って小太りの男の先生には注意すること」
「? ……なんでですか?」
「単純に、性格が悪いからかなー」
「あ……」
首を傾げていたユイトは、それで彼女の言いたいことを察してしまった。
「女子全般にセクハラ紛いのことするし、そのくせ気に入らない生徒……特に男子は理由つけて勝手に退学にさせようとするし。マジで最悪のクズ教師だよ」
「……なんでそんな人が教師やってるんですか?」
「それはまあ、結構立場が上だからクビにできないんじゃない?」
「えぇ……」
もしそんな先生が面接官だったら……とユイトは少し悪い想像をする。彼の一存で不合格になることも、無きにしも非ずなのかもしれない。
「とにかく、あのハゲが面接官だったら要注意だね」
「……悪い予感しかしないです」
「あはは……ボクもそうならないように祈るよ」
一つ懸念を抱えながら、ユイトも曖昧に微笑んだ。
面接の練習は一旦終え、明日の本番に向けて色々と準備を整える。
「――そうだ、レイさん」
試験に持っていく所持品を確認しながら、ユイトはいった。
面接官の役目も満了したレイチェルは、彼のベッドに遠慮なく寝転んでいる。自由人の彼女のことだからと、ユイトも大して気には留めていないが。
「んー?」
「今日の夜、僕とリーファ出掛けるので、ナーシャのことお願いします」
「ああ……うん、りょうか…………え?」
二つ返事で了承しようとして、レイチェルはその先の言葉を詰まらせた。
ユイトの発言に疑問を呈し、ばっと彼の方へ振り向く。
「レイさん? どうしたんですか?」
「い、今出掛けるって言った? 夜に? 二人で?」
「はい、まあ……」
「ウソ、でしょ……?」
数秒レイチェルは言葉を失った。
一瞬静まり返ったかと思えば、彼女は突然大声で叫ぶ。
「――キミたち、いつの間に付き合ってたの!?」
「はい!?」
・・・
しばしの弁解タイム。
事を盛大に誤解したレイチェルのために、ユイトはきちんと一から十まで事情を説明した。思い返してみれば、変な方向に誤解されてもおかしくない表現だったと反省して。
「なんだ、合格祈願パーティに呼ばれただけかぁ……」
晴れて、突飛な誤解は解けたのであった。
めでたしめでたし。
「はい。〈Ryo-Ran〉に戦術面の師匠がいるので、それつながりで開いてもらうことになって」
「で、招待枠にリーファちゃんを呼んだと」
「僕、元々知り合いが少ないので……。それに、リーファには色々お世話になってますし、丁度いいかなと」
「ふーん……そっか。なんか期待して損したよ……」
何かを期待していたレイチェルは、一人落胆する。
あらぬ誤解を招いてしまったことを恥ずかしく思いながら、ユイトは平然を装って当たり障りのない言葉を並べようとする。
「僕がリーファとデートなんて、有りえないですよ……あはは……」
「ふーん? ねぇ、ほんとにそう思ってる?」
「……え?」
「だってキミ、リーファちゃんのこと好きなんでしょ?」
唐突にぶち込まれた、レイチェルの核心を突いた発言。
ユイトは今度こそ、羞恥で顔を真っ赤にした。
「――な、なななななな何言ってるんですか!? そんなわけ」
「あー、はいはい。そういうのはいいから。もう正直になりなって」
「へ……?」
「隣人同士の仲なんだし、水臭いのはナシだぜ、少年!」
まるで気の置けない友人のように、レイチェルは気さくな笑みを浮かべた。
気さくで、なにより一人で楽しそうな、ニヤニヤした顔。
「まあ、あそこまで無自覚に優しくされたら惚れちゃうよね〜」
「だから、違いますって……」
「おまけに料理上手でかわいいし」
「……それは否定しませんけど」
「でも、時々弱々しい一面もあって、守ってあげたくなる」
「……なります」
「そういうとこも含めて、好きなんでしょ?」
「…………」
誘導尋問的な会話が続く。
ユイトは赤く染まった顔を背け、頑なに“明言”は避ける。
典型的な思春期の少年の反応に、レイチェルは大人に微笑んだ。
「はぁ〜。なにボク相手に照れてんのさ、キミってやつは」
「マジで、そういうんじゃないんですって……」
「あっはは、可愛いかよ。男の子のくせに〜」
「〜〜〜っ!」
レイチェルは気の済むまでユイトをイジり倒すと、部屋の扉に手をかけた。
ユイトは忌々しそうに、頬の赤い顔でレイチェルを睨めつける。
「ま、たまには悶々と悩んでみなよ。困ったらボクも手貸してあげるからさ」
「よ、余計なお世話ですよ!」
「はいはい。じゃ、ナーシャちゃんのことは任しといてね〜」
少年の心をかき乱すだけかき乱して、嵐のようにレイチェルは去っていった。
一人部屋に取り残され、ユイトは自分の顔の熱を改めて認識する。
今日の夜が、少しだけ気まずくなるような予感を抱いて。
今日一日忙しく、投稿忘れかけてました。
ギリセーフということで……




