第82話 抗って、進む
第七章最終話。
ユイトがちゃんと主人公します。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
ミサイルが直撃する瞬間、僕の体は不思議な浮遊感に襲われた。
強い衝撃が走って、地面から浮いて――
少し離れた地点に、降ろされた。
「――何をしている、愚か者」
聞き覚えのある台詞、声。
そうだ、僕は……
「なぜ、避けなかった?」
あの瞬間、フェイさんに助けられたんだ。
爆撃を受ける直前、割って入った彼に運ばれて。
死の間際にいた僕はまたしても、彼に救われた。
視界の端で、ゴーレムが壁に激突していた。
あの一瞬で彼は、僕を助けると同時に敵の脅威まで退けて……
「答えろ。なぜ、あの状況で避けない? お前の機動力なら回避できたはずだ!」
茫然としてしまう僕を、フェイさんは怒鳴りつけた。
普段の冷静な彼とは打って変わった、見たことのない表情で。
僕は胸ぐらを掴まれ、彼の赤の眼差しに突き刺された。
「仲間のいる前で、何故……!」
「っ……違うんです、僕は、ただ……」
【再生】があるからと、甘んじた。
不死の力に甘えて、行動しなかった。
死に抗うことを、諦めた。
だけど、それを彼に伝えたことで、何になる?
いま目の前にいる男は、そんな理屈で納得する人じゃないだろう?
「……お前の抱える事情には、生憎興味がない。ただ、一つだけ言わせてくれ」
僕の胸倉から手を離し、彼はそこで言葉を区切った。
そして、それから放った一言で、ボクの目を覚まさせた。
「――己を信じる仲間の前で、そう易々と物事を手放すな」
その一言で、彼は僕にすべての感情を伝えてきた。
この切迫した状況下で、端的に、真っ直ぐに。
炎のように揺らめく、熱い激情とともに。
「それが自分のものであろうと、絶対にだ。最後まで、抗え。抗い続けろ」
ーー抗って、進むのだろう?
僕が先刻発した言葉を、彼は引用してみせた。
僕の心を、“焚きつける”ために。
「……はい。わかってます。僕は、」
焚き付けられた僕は、すぐさま立ち上がった。
「――あなたの言葉にも、どんな理不尽にも、一生抗い続けます」
「……ようやく、目が覚めたか。ならば、お前のやるべきことはただ一つだ」
遠くで、瓦礫の崩れる音がした。
攻撃を受け伸びていた僕の敵は、今一度その眼光をこちらに向ける。
僕は改めて、刀の柄を握り直した。
僕は、抗う。
死んでも戦い続けて、こいつを倒す。
そして、フェイさんの言葉にも。
「……突破口は、見つかったか?」
歩み寄る敵と対峙する僕に、フェイさんは訊ねた。
まるで、さっきまでの僕の思考を読んでいたような口調だ。
「はい。でも、決めきれるかどうかまでは……」
「そうか。なら、俺が今から『決め手』のイメージを伝える」
「え……?」
何かを決意した様子で、彼は語った。
彼の目は、確信を持って僕を見ていた。
「必要なのは、お前の想像力とセンスだ。それだけの材料で、やってみせろ」
***
それから、戦いは続いた。
息の続く限り、ひたすらに走り続け、隙を見つけては切り込む。
装甲の隙間を狙うのは手間だけど、刀一本じゃそれが限界だ。
(左の『溜め』……あれが来る!)
ゴーレムは僕に狙いを定めたまま、左腕を引く。
獲物を確実に狩りに行くための、構え。
あの構えは、さっきから何度も見た。
「……なら、ここだ!!」
僕は大きく後ろに飛び退く。そして、その脚で高く跳ぶ。
その直後、溜めのあった左腕が弾丸のようなスピードで地面に突き刺さった。時折焦り気味になった奴が見せる、いわば『擬似ロケットパンチ』。
伸縮する腕部を生かした、長射程の変則的な一撃。
だが、その分隙は大きい。
攻撃のために伸び切る腕部は、必然的に露出する。
装甲の皆無なその接続部を、僕は狙う。
「――――はぁっ!」
跳躍し、最大限まで振りかぶった一撃。
ただ真っ直ぐに振り下ろされた刀は、腕部に食い込み、切り裂き――
――そして、両断した。
破壊された左腕が、その場に音を立てて崩れ落ちる。
ようやく入った、それらしい一撃。
『ギ、ギッ……?!』
突然入ったダメージに怯んだように、ゴーレムは声色を歪ませた。
思わずガッツポーズでもしそうになったけど、その歓喜も程々に抑えつける。今は呑気に喜んでいられる状況ではないのだから。まだ、たった腕一本だ。
地につけた刀身を離し、素早く後方に離脱する。
こういうときほど、冷静に――
「っ、ユイトさん! ――右腕が来ます!!」
「――!?」
目の前に、巨大な拳が迫りくる。
離脱の遅れた僕を狩るための、きわめて合理的な一撃。
ここにきて、敵が焦り出した合図だ。
「【吹き荒れる息吹よ、大地に恵みを】――【ラピッドウィンド】!!」
ミントさんの起こした旋風が、側面からその拳を叩く。
一直線に僕を狙う拳の軌道がほんの少しだけ、ずれた。
だが、勢いまでは相殺できない。
「――うぐっ……!!」
刀身を上手く使いながら、なんとか防御体勢を取る。
勢いを殺し切る必要はない。受け流せば、それで――
『対象ヲ、殲滅ッ……!』
「なっ――!?」
受け止めたはずの拳が、その瞬間再起動した。
奥の手の『伸縮』を使い、さらなる推力を得た拳は、僕を今度こそ殺しにかかる。
避けようにも受け流そうにも、これ以上は無理だ。
これ以上は、刀身が折れる……。
僕は、ここで死ぬ――。
「――――」
背中に、強い衝撃が走った。
拳の推力に押し負けた僕は、壁に激突した。
幸い、壁と拳で板挟みされることはなかった。
「っ、うっ……」
衝撃で崩れた壁の瓦礫が、頭に降り掛かった。
額、右目の上から、流血している。
意識がぼんやりする。
頭が、上手く回らない。
「ま……だ……」
震える手で、もう一度〈桜華刀〉を握ろうとする。
ぼやけた視界の先に、まだ敵はいる。
僕の目の前に、伸ばした腕と、拳を据えて。
そう、そこにはあった。
真っ直ぐに伸びた、敵の右腕が――
「そうだ……まだだ……っ!!」
僕は目を見開き、斜に構える。
そして、目の前に伸びた右腕を『道』に見立てた。
直感的に――いや、本能的に。
これは、チャンスなんだ。
ピンチの僕に訪れた、金輪際ない、この場限りの。
額から血を流しながら、僕は駆け出した。
その腕の上を、全速力で、全身全霊で。
僕の奇襲に慄いたゴーレムは、慌てた様子で腕を縮こめる。
縮まる腕に急かされながら、僕は覚束ない足場の上で疾走した。
『対侵入者殲滅用ミサイル、用意ーー』
「――させません!!」
奥の手のミサイルを発射させるゴーレム。
そこですかさずミントさんは、素早く詠唱を唱えた。
「【乱れ咲く狂風よ、万物を巻き込み舞い上がれ】――【タービュランス】!!」
風属性、上級魔法。
十二分の威力を持った暴風はミサイルの群れを堰き止め、今度こそ退けた。乱気流に吹き飛ばされたミサイルは後方で衝突しあい、爆発する。
僕を狙う脅威は、すべてなくなった。
これで、『決め手』が使える。
ゴーレムの腕を駆け上がってきた僕は、そこでまた翔んだ。
空中で刀を逆手に持ち変え、切っ先をそのまま下へ向ける。
狙うは、頭部と胴体の、装甲の隙間。
「――――あああああああああああああああっ!!」
切っ先が、突き刺さった。
渾身の一撃が、少しの隙間から胴体を穿つ。
『ギ……システム、負荷……』
まだ、足りない。
魔石を持たないこいつは、普通のモンスターじゃない。
「っ……」
だから、ここで『決め手』を使う。
「【神々の威光よ、我が剣に宿りて】――」
追加詠唱。
それも、『魔法付与』用の詠唱文。
「【この昏き現世を照らす灯火となり、光と闇をもたらさん】」
この刀に、炎を宿す。
炎属性を付与した、一撃。
これくらいじゃないと、こいつは倒せない。
「【魔法付与】――《灼炎の剣》!!」
小さな火の粉が、舞った。
かと思えば、刀身が熱を帯び、まばゆい炎を纏い始める。
赤い炎が、立ち上った。
燦々と輝き燃え盛る爆炎は、ゴーレムの身体を内部から灼き尽くしていく。
真の弱点はやはり、装甲に囲まれた外部ではなく、内部。
柄を握る手に力を込める。
これなら、勝てる。
「――――はああああああっ!!」
敵の鉄の胴体が裂け、炎が溢れ出す。
歪な電子音を繰り返し、ゴーレムは身体中から火花を散らした。
やがて音声と動きが弱まり、〈ガーディアン・ゴーレム〉はようやく、その機能を完全に停止した。巨体は脚から崩れ落ち、肩にしがみついていた僕は衝撃で放り出される。
「やっ、た……?」
僕は緩慢な動作でその場から立ち上がる。
右手に握った〈桜華刀〉は、炎を失って灰と化していた。
敵はもう、動かない。
紛れもない、僕の勝利――。
「そうか、これで……やっと……」
その直後、意識が急激に遠のいていった。
足元がふらつき始め、ふっと全身から力が抜ける。
張り詰めた戦闘から解放され、気の緩まった僕はそのまま地面に倒れこんだ。
・・・
ユイトが〈ガーディアン・ゴーレム〉を討ち果たしたその後。
ミントとフェイの二人は、倒れた彼の元へ駆け寄った。
「ユイトさん! ど、どうしちゃったんですか!?」
「心配は不要だ。単なる魔力切れだろう」
仰向けになったユイトの額に手を当て、フェイは怪我の状況を確認する。
同じく彼の様子を窺うミントに、彼はいった。
「ミント、彼に回復魔法を頼めるか? 俺は“あれ”の後処理をする」
「! ――はい! おまかせください!」
「任せたぞ」
「任されました!」
ユイトのことは彼女に任せ、フェイはゴーレムの『残骸』に歩み寄る。
機能は停止しているように見えるが、まだ油断はできない。
魔法で召喚した剣で念のため残った右腕と両脚を切断し、完全に無力化する。残った胴体の前に近づいた彼は、その中央――“心臓”に当たる宝石に手をかけた。そのまま片手で掴み、引き抜く。
戦利品、《深緋の心塊》。
各地の遺跡を護る〈ゴーレム〉たちからしか採れない、武器用素材としては最高ランクの希少価値を誇る一品。フェイの掌を軽く越える大きさの宝石は、本体が機能停止した今も輝きを失ってはいなかった。
(……目を覚ましたあとにでも、渡してやるか)
赤の宝石は懐に仕舞い、彼は今一度ユイトの方へと振り返った。
完全な勝利を掴んでみせた少年は、治療を受けて安らかに眠っている。
激戦を戦い抜いた、勝者の顔だった。
「――見ていたぞ、ヒズミ。お前の抗う姿を」
眠る少年に、彼はほんの少し頬を綻ばせていった。
「あの、師匠、戦利品は……?」
「無事に回収した。奥の宝箱の報酬は山分けするとしよう」
「ほんとですか!? じゃあ、早く開けましょう! 今すぐにっ!」
危機の去った広間を、ミントは元気に駆けていく。
そんな彼女の姿に呆れつつも、フェイもユイトを背負って歩き出した。
古の遺跡に、静けさが舞い戻る。
彼らの探索は、これにて幕を閉じた。
今日付の作者の活動報告にて、第八章以降の今後の予定等色々上げるつもりです。
よければご覧ください。




