第80話 在りし日の言葉を
Q.かわいそうは?
「誰かたすけてくださ〜い!」
古代遺跡『アルカナ』に潜って、一時間ほど。
ユイトの目的達成のためにも一応先を急いでいた彼らだったが……
またもや、足止めを余儀なくされた。
「今度は落とし穴ですか……」
「これは単純に運が悪かったな」
通路に仕掛けられた単純な罠に、ミントはまんまと引っかかっていた。
ただ、視界の悪い暗がりということもあり、落とし穴自体の視認性はかなり低い。いくら彼女とはいえど、一概に不注意を咎める気にはなれないユイトとフェイだった。
「見てないで助けてくださいよーっ!」
「仕方ない……ヒズミ、丈夫そうなツタを持ってきてくれ」
「了解です……」
これもまたいい経験――。
そう思うしかないユイトだった。
・・・
そのまた数分後。
遺跡のかなり奥まで来た三人は、再びモンスターと対峙していた。
「――っ、こいつ、魔法を……!」
フードを被った魔導師のようなシルエットの影が、ユイトたちの前に立ち塞がる。それらはユイトの仕掛ける接近戦を避けながら、掌から魔法による遠距離攻撃を繰り出していた。
中級モンスター、〈ガーディアン・メイジ〉。
〈ガーディアン・シャドウ〉の派生形でありながら、魔法に似た攻撃手段を操る厄介な敵だ。同じ〈ガーディアン〉シリーズの〈シャドウ〉や、弓使い型の〈アーチャー〉との連携は非常に手強い。単騎で捌くとなると、そうとう骨が折れる相手だ。
だが、ユイトも負けてはいない。
少しばかり重量のある〈桜華刀〉の扱いにも慣れ、着実に相手との距離を詰め、攻めの手を緩めない。敵の遠距離攻撃の予備動作を見極めながらひとつひとつ躱し、ミントの援護を受けやすいように視界を広くして立ち回る。
以前の彼とは比にならないほど、ユイトの判断力は冴え渡っていた。
〈神の記憶〉の加護の適度に受けながら、彼は常に敵の一手先を読む。エリカとの〈神の記憶〉なしの特訓は、確かに活かされていた。
「ほう……やはり、この短期間で見違えたな」
闘う彼の背中を眺めるフェイは、ひとり呟いた。
今闘っているのは、およそ二週間前、闘うこと自体から逃げようとしていた少年。誰がどう見ても『戦いには不向きだ』と口を揃えて言いそうな、致命的なトラウマを抱えた軟弱で臆病だった少年だ。
だが――そんな暗い面影は、今の彼にはない。
彼は、自分自身を鍛え上げたのだ。
一人前の探索者と言っても、全く過言ではないほどに。
あのときの言葉が、いっそ不相応になるほどに。
「――だが、まだ甘いな」
静かに、フェイは一歩を踏み出した。
かと思えば、その一瞬でユイトのいる戦場へと飛び込む。
「!? フェイさ――」
「増援だ。俺が手を貸す」
ユイトが立ち回るその背後、暗闇から。
風景と同化した黒い影が、彼ら目掛けて襲いかかる。
救援に入ったフェイは素早く詠唱を済ませ、敵を迎え討つ。
「――【発火魔法】」
静謐に、詩は刻まれた。
彼が掌を横に薙ぐと、それに伴って炎の壁が形成される。
圧倒的な魔力量による、単純明快な『放火攻撃』。
使ったのは先程のユイトと同じ初級魔法だが、その規模と威力は最早比較にならない。過剰なまでの火力で複数体の〈ガーディアン・シャドウ〉を焼き尽くし、灰燼に帰した。
「……っ、すごい……」
「こちらは済んだ。余計な真似をしたのなら詫びよう」
「い、いえ……ありがとうございます。助かりました」
彼の生み出した炎に、ユイトは茫然としていた。
威力、規模、技術。
どれをとっても、今の自分では敵わないと、彼は思った。
圧倒的で残酷な、実力の差。
だが今はもう、それすらも受け入れることができた。
「……また、助けられましたね」
ユイトは自然に、ふっと微笑んだ。
そしてようやく、二人は『あのとき』の話を始める。
「……ああ。君はあれから、随分と変わったな」
「そう、ですね。色々な人の助けを借りながら、ここまで……」
ふと目を閉じ、『あのとき』から今までを脳裏で思い浮かべる。
長いようで短かった、輝かしい日々の記憶。
すべては、フェイの発言が始まりだった。
彼の言葉でユイトが塞ぎ込み、見かねた学長が手紙を出し、それに彼が応えた。ようやく見つけた目標のため、彼は多くの人の力を借りながら、自分の道を切り拓いてきた。努力に努力を重ねてきた。
はじめこそ、彼の言葉には胸を痛めた。
だが今は、少し違うように思える。
だから今でこそ、ユイトは気づいた。
「フェイさん、僕は……」
ここまで自分を動かしてきた、真の原動力に。
「――あなたの言葉を否定するために、ここまで来ました」
真っ直ぐに、淀みなくユイトは告げた。
フェイは目を見開き、改めて彼の目を見遣る。
「……」
「探索者に向いていない……なんて、初めは結構ショックでしたよ。でも、あのときの言葉があったからこそ、僕はここまで来れたんだと思います」
非情なまでの言葉に、一度は打ちのめされた。
だが、それで歩みは止めなかった。
あの言葉に抗うため。否定するため――。
そんな感情が、彼をここまで連れてきたのだ。
「だから、こんな言い方も変かもしれませんけど……ありがとうございます」
そういって、ユイトは笑った。
あのときのことを責めるでもなく、ささやかな感謝を添えて。
黙りこくっていたフェイは、しばらく間を置いて口を開いた。
「……ヒズミ、俺からも一ついいか」
「はい?」
首を傾げるユイトに、フェイは改まった様子で告げた。
「あのときの言葉は……すべて、虚言だと思ってくれ」
今度はユイトが、驚きで目を見開く番だった。
伏し目がちになりながらも、フェイは淡々と続ける。
「あのときお前を助けたのも、酷い言葉で否定したのも、すべては俺の身勝手な『計画』のためだ。無闇にお前を死なせず、尚且つ探索者を辞めさせるというのが、俺の計画の一部だった」
「計、画……?」
「詳しくは言えないが……今はもう、お前とは無関係だ」
二色の赤の眼差しが、交差する。
モンスターのいない通路に、彼らの話す声が響いていた。
「今思えば……そんな俺の勝手で、お前自身を否定するべきではなかったな」
「え?」
「悪いことをしたと思っている。すまなかった」
「いえ、そんな謝られても困りますよ……! 過ぎたことですし……」
真っ直ぐに謝罪を伝えてくるフェイに、ユイトは戸惑うばかりだった。
だがまた前向きに、彼に笑いかける。
「それに、さっきも言った通り、あの言葉は僕を突き動かしてくれたんです! 弱いままの自分じゃ駄目だって、何度も思わせてくれたんです。今更あなたを責めようだなんて、微塵も思ってません」
その代わり、とユイトは付け足した。
「見ててください。僕はこれから、あなたの言葉に抗って進み続けますから」
一歩前に、ユイトは踏み出した。
あのときとは違う、頼もしく自身に満ちた表情。
先を見据えて進み出る彼の背に、フェイは微かに笑みをこぼした。
「ああ、勿論だ」
わだかまりも解けた二人は、再び歩み始めようとした。
――が。
「……そういえば、ミントさんは?」
「確かに、先刻から姿が見えないな」
「――すみませーん!! また落ちましたぁ〜っ!!」
「……」
「……行くか」
「ですね」
二人はしぶしぶ、来た道を戻っていった。
***
紆余曲折経て、彼らの探索は続き。
いよいよ、終盤戦を迎えつつあった。
「この先だな。この扉の先に、最後の相手がいる」
巨大な扉を前にして、フェイは呟く。
彼らの前に立ちはだかるのは、重厚な雰囲気を放つ石の大扉だ。
「この先に、ゴーレムが……」
「なんだか急にドキドキしますね……!」
「安心しろ。最奥の部屋には落とし穴もなければ、宝箱も本物だ」
「励まし方がおかしくないですかっ!?」
散々罠にかかってきたミントだが、それも今やいい経験だ。
最後の敵――今回の最終目標を前に、ユイトは深く息を吸う。
「――行きましょう」
覚悟を決めたユイトは、扉の横の石盤に左手をかざした。
手の甲の紋章が光り輝き、ややあって重い扉が動き始める。
時間をかけて扉が開き、彼らは身構えた。
A.かわいい。




