第79話 原理は知らない
続・遺跡探索
遺跡突入から、早数十分後。
彼らの遺跡での探索は、続いていた。
ただし、何事もなく……とはいかなかったが。
「見てくださいユイトさん! これ、“宝箱”ってやつじゃないですか!?」
「たしかに……それっぽいですね!」
道中、モンスターを倒した彼らの前にそれは現れた。
金色の豪奢な金具で縁取られた、鍵の開いた宝箱。ダンジョンには見られない特別感のある仕掛けに、ユイトとミントは興味津々といった様子だ。フェイは保護者のように彼らを後方から見守っているが、何か言いたげな表情をしている。
果てなき探索を続ける者を労う戦場の良心――宝箱。
モンスターを討伐した報酬として、それは確かに出現しても不思議ではない。
だが、ユイトは訝しんだ。
(でも、なんか妙な感じが……)
微かに残る現実世界での記憶が、何かを訴えかけていた。
「きっと金銀財宝が入ってるに違いないですよ! 早く開けてみましょう!」
「あ、僕は遠慮しときます」
「え、そうですか? ならわたしがいただきますね!」
興奮のままに、フラグを建築したミントが蓋に手をかける。
その瞬間、案の定長い舌が中から飛び出した。
「――みにゃあああああああああああああああああっ!?」
一瞬にして、彼女の上半身は箱に吸い込まれた。
文字通り牙を剥いたのは、“宝箱の形をした別のもの”だった。
「み、ミントさん!? 大丈夫ですか!?」
「うわああああっ! た、助けてください出られないです〜!!」
「はぁ……。愚か者が、それは〈ミミック〉だ」
宝箱に擬態するモンスター、〈ミミック〉。
報酬欲に満ちた探索者を誘き寄せ、牙を剥く風変わりなモンスターだ。
牙自体に〈神の記憶〉の加護を受けた探索者を噛み砕けるほどの殺傷能力はないが、なにより暗闇となっているその中に閉じ込められるのが怖いらしい。〈ミミック〉と遭遇した探索者が、宝箱恐怖症になることもしばしばな程だ。
「この遺跡には、最奥の部屋以外に本物の宝箱はない。こういった場所に現れる宝箱は、ほとんどが罠だ」
「完全に初見殺しじゃないですか……」
「ああ。だから気を抜くなとあれほど……」
「――あ、あのー!? もう反省したので出してください〜!! 暗くて怖いです!!」
忘れられかけていたミントに、フェイはまた一つ溜息をついた。
「仕方ない……ヒズミ、少し手を貸してくれ」
「え、あっはい……」
・・・
なにはともあれ。
無事ミントは救出され、彼らは探索を続行した。
「うぇぇ……なんかヌメヌメします……」
幸い舌に巻き付かれただけで済んだ彼女だったが、その唾液は未だ身体に纏わりついたままだった。早く帰ってお風呂に入りたいと思うミントを連れて、一行はまた新たなる局面にたどり着く。
「あれ、この先足場が……」
通路を抜けた彼らは、遺跡内部の橋のような道に辿り着いた。
だが、その先の足場は部分的に陥落している。
助走をつけて跳躍すれば届かに距離ではないが、その下は――
「……底が見えないですね」
「ままままさか、ジャンプして渡れなんて言いませんよね!?」
「いや、そんなまさか……」
しかし、あながちそうなのかもしれない……。
嫌な予感のしてきた彼らの横に、フェイが歩み寄る。
そして、橋のすぐ横にあった『結晶』を指さした。
「お前等、この魔晶石が見えるか?」
「はい……」
「でも……それ、魔力がこもってないですね」
「ああ。だから、適した属性の魔法で【活性化】させる必要がある」
魔晶石の表面には、ご丁寧に炎属性のエンブレムが刻まれている。
この属性の魔法を発動すれば、魔晶石が活性化し、その魔力でなんやかんや足場が復活する――といったところだろうとユイトは推測した。現実世界で培ってきたRPGゲームの法則が、謎に役に立っている。
「ヒズミ、お前魔法は使えるか?」
「え? はい、初級魔法の詠唱くらいは一応知ってますけど……」
「ならば問題ない。【発火魔法】を使え」
「……僕、魔法なんて使ったことないですよ?」
ユイトにとって、魔法は学ぶものであって扱うものではなかった。座学の一環として詠唱を暗記し、その知識は戦場以外の場所で活かされるもの――そう思っていた。
だがフェイの目は、それを良しとしなかった。
「魔法の根幹は『イメージ』だ。炎を頭で思い描いて正しく詠唱できれば、失敗はしない」
「そ、そうですよユイトさん! わたしですらできることなんですから!」
「……お前は訓練のときは噛んでばかりだかな」
「それを今言いますか普通!?」
不思議な励ましを受けつつも、ユイトは覚悟を決めた。
おもむろに深呼吸し、なるべく思考をまっさらにする。
「【常闇を照らす紅き灯火よ――】」
思い描くのは、炎。
暗闇で煌めく、一つの灯火。
「【この昏き現世に、光と闇をもたらさん】」
一語一句、違えず。
慎重なまでに、詩を紡ぐ。
「――【発火魔法】!!」
かざした左手の紋章が、光り輝く。
確かに現れた、刹那の炎。
灯火は魔晶石に吸い込まれ、眩い光を放った。
魔晶石に炎が灯り、辺り一帯が紅く、明るくなっていく。
「……!」
「すごい……初めてなのにやりましたね! さすがです!」
すると、赤色に眩く光る魔晶石に呼応して足場が変動を始めた。
底に沈んでいた足場が復活し、道を成す。
完成した一本の橋を前に、ミントは目を輝かせた。
「ふぉぇぇぇ……これが、古代の技術ってやつですね!!」
「ですね……でもこれ、一体どういう原理で――」
「原理などどうでもいいだろう。古代人の知恵だ。先へ進むぞ」
感嘆する二人を置いて、フェイは先へ歩き出した。
そのあっさりとした返答に、二人は顔を見合わせて黙りこむ。
「……要するに、原理は不明なわけですね」
「まあ師匠、ああいうところありますからね」
彼の背中を追って、年少の二人も駆け出した。
特に理由のない理不尽がミントを襲う――!