第77話 そうだ、古代遺跡へ行こう。
最近は深夜帯。
窓の外の景色が、緩やかに流れていく。
春の日差しが降り注ぐ道を、馬車はゆっくりと進んでいた。
窓際の席に座る僕は、視線を正面に戻した。
向かい合わせのボックス席の一角に、僕はいた。
僕の前には、杖を携えたミントさんと……
――僕にとっては因縁深い、エルフのフェイさんがいる。
「師弟……だったんですね、お二人は」
なんとも言えない状況の中、僕は口を開いた。
さっき聞かされたことの復習みたく、話を切り出す。
「うぅ……わたしは、本当に違うんです……」
猫耳を垂れ下げなげら、ミントさんは呟いた。
僕が何か訊ねるたび、彼女はそんなことを口にしている。
「違うって……何がです?」
「わたし、ミントじゃなくって……」
「さすがにその嘘はもう無理があると思いますよ……」
フェイさんはついさっき、彼女のことを思いっきりミントと呼んでいた。言い逃れはできない状況のはずなんだけど、どうしてここまでこの嘘で粘るのか。
「――ミントは、探索者としての活動を隠しているんだ」
隣に座るフェイさんが、ため息混じりに弁明する。
聞いた話だと、彼は探索者としても活動するミントさんを魔法面で師匠としてサポートしているらしい。僕からしたら不思議な組み合わせには見えるけど、僕はおろか、Ryo-Ranのメンバーでさえこの関係は知らないそうだ。
「隠してるって、またどうしてそんなことを……」
「……ミント、これくらいは自分で説明したらどうだ」
「うぅ……いじわるですよ、師匠……」
ミントさんは気弱な目で自分の師を見つめる。
仕方ないと言わんばかりに、彼女は不承不承話し始めた。
「わたし、実は……前のパーティで失敗してるんです」
そう前置きし、ミントさんは俯きがちになった。
僕とフェイさんは黙ったまま、続きを促す。
「生まれつき……なのかわからないんですけど、わたし、不幸体質らしくて。前のパーティメンバーには、数え切れないほど迷惑かけてきたんです。わたしのせいで負けることなんか、しょっちゅうで……」
悲しげに過去を振り返る彼女の表情に、僕は少し胸が痛んだ。
彼女の経験した過去が、ありありと脳裏に浮かぶようで。
言葉を詰まらせながら、彼女は続けた。
「けどある日……当然のようにダンジョンで見捨てられたわたしを、エリカさんが助けてくれたんです」
「エリカさんが?」
「はい。それからRyo-Ranを紹介されて、そこで働くことになって……」
そして、今に至る。
Ryo-Ranの面々は今を見る限り、彼女の体質も含めて温かく迎え入れてくれたようだ。辛い過去をもった彼女が報われていてよかったと思いつつ、僕はそこで現在のとある矛盾に気づく。
「でも、ならどうして今探索者もやってるんですか?」
「それは……その、恩返しみたいなものです」
ミントさんの表情に、仄かに笑みが灯った。
「わたしみたいな役立たずを受け入れてくれたRyo-Ranの皆さんに、いつか……探索者として立ち直れたわたしを見てほしくって。まあ、いつになるかはまだ分かりませんけどね……えへへ」
ミントさんの健気で明るい笑みに、僕は不思議と安心感を覚えた。
失敗続きだった過去の人生も、自分の不幸体質も、ミントさんはRyo-Ranに拾われたことで受け入れることができたのだと、僕は思った。
あの場所は、リンドウさんは、色んな人を救っている。
「あっ、でも! 今のことは、お店のみんなには絶対言っちゃだめですよ!」
急にフランクに、彼女は口を尖らせて言った。
「たげんむよう、ですからね!」
「他言無用だ、ミント」
「ふふっ……はい、もちろん秘密にします」
肝心なところで言い間違いをするミントさんは、やっぱりあの店で見かけるミントさんだった。またしても、妙な安心感を覚える。
「……ところで、お二人は今日はどこへ?」
今更感の強い質問を、僕は投げかけた。
僕は今日ゴーレム討伐のために、古代遺跡――『アルカナ』に向かうことになっている。この馬車を選んだのもそういう理由だ。
でも、二人は?
「……あれ? そういえばどこへ行くんでしたっけ?」
きょとんとした顔でミントさんは首を傾げた。
言外に答えろとでもいうかのように、彼女はフェイさんを見つめる。寡黙なフェイさんは至って真面目に、静かに口を開いた。
「特に決めていない」
「ふぇ!? し、師匠に限ってそんなことあるんですか!?」
「ああ。君はどこへ行くんだ? 少年」
「えっ、僕ですか……?」
突然フェイさんに話を振られ、僕は戸惑いつつも返事する。
というか、普通に話しかけられている事自体違和感しかない。
「アルカナ遺跡、ですけど……」
「ふむ、ならば俺たちもそこへ向かおう」
「うえっ、ししし師匠!? そんな適当な……!?」
うん、こうなる流れだとは思ってたけど……
この人に限って、まさか本当にこうなるなんて。
「適当ではないさ。あの遺跡には、ダンジョンでは見られないモンスター達が数多く潜んでいる。潜ってみるだけでも、お前たち探索者にとってはいい経験になる筈だ」
「へぇ……そうなんですね」
全くもって事前情報を仕入れていなかった僕は、少し自分の無謀さに気付かされた。
僕が今から向かうのはダンジョンじゃない。
となれば、きっといつも通りという訳には――
(……ていうか、僕、大丈夫なのか?)
ダンジョンでさえ、最後に入ったのはあのときだ。
いくら修行を積んできたとはいえ、それだけで心傷まで克服できているかといえば、少し怪しい。モンスターと闘うことだって、まだ怖いかもしれない。
けど、何事もいつかは向き合わないといけない。
僕にとって、それは『今』なんだ。
「同行して構わないか?」
「はい、もちろんです。仲間は多い方が心強いですし」
「! ――じゃあ、わたし達は今からパーティってわけですね!」
「まあ、臨時だがな」
「わたし、役に立てるように頑張ります!」
意気込むミントさんを見ていると、こっちまでやる気になってくるような気がする。
そんなゆるい感じでパーティを結成した僕たちは、例の遺跡に向かうことになった。
***
それから、数十分。
見知らぬ土地をいくつも通り過ぎた馬車は、僕の見立て通りの時間に目的地に到着した。馬車だからと侮ってはいたけど、意外と一時間で遠くまで来れるものらしい。
「ここが、アルカナ遺跡……?」
降ろされた場所から少し歩き、僕たちは遺跡と対面した。
草花の生い茂る地を抜けた先、岩壁にその入口は現れる。
巨大な石の“扉”で封じられた入口。
その圧倒的なスケールと威圧感に、思わず気圧されてしまう。
「ほぇぁ……なんかすっごいですね……」
「ですね……」
語彙力低下中の僕とミントさんは、茫然と入口の前で立ち尽くした。その扉の持つ存在感だけで、僕たちのなけなしの覇気はみるみるうちに削り取られていく。
ボケッとしていた僕たちを、フェイさんは何とも言えない顔で見ていた。
「おい、貴様らは何をしている……。早く入るぞ」
「えっ、こんな場所、わたしなんかが入っていいんですか!?」
「逆に訊くが、何のためにここに来たと思ってるんだ?」
ミントさんの天然ボケがここに来て炸裂する……。
「この扉を開くには、〈紋章〉を起動させる必要がある。モンスターたちはそこまで凶暴ではないが、ここにはダンジョンとは違って〈境界線〉も〈安全地帯〉もない。くれぐれも油断はするな」
「は、はいっ、師匠!」
「了解です!」
そう、油断は禁物だ。
修行を積んできたからといって、モンスター相手にどれだけやれるか――。
(でも、やってやる……!)
これは、あくまでも腕試しで。
入学試験の前に立ちはだかる、試練の一つなんだ。
だったら、思いっきり挑もうじゃないか。
「「「――――〈紋章起動〉!!」」」
どうでもいい報告ですが、今日は作者の誕生日です。
祝え!!(情緒不安定)




