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第73話 修羅場って燃え燃え

大方サブタイ通りです。

 時刻は昼前。【セレスティア・クロック】前の広場にて。


 いくつもの屋台が並ぶその場所に、リーファの姿はあった。

 パラソルつきのテラス席に座り、とある人物と向かい合っている。


 端正な顔つきをした、赤髪のエルフの青年だ。


「お久しぶりですね、フェイさん」

「ああ」


 彼女の問いに、その青年は短く返した。

 

 エルフの名はフェイ。

 学生時代、リーファやレイチェルとは顔なじみであった男だ。


 ただ、久々とはいえ、彼らの再会は感動的なものにはなり得なかった。

 微妙で居心地の悪くなるような空気が、彼らの間には流れている。


「いやあの……ああじゃなくて、ツッコんでくれません?」

「何故だ?」

「なぜって……ついこの間会ったじゃないですか。ダンジョンで」

「ああ……そうだな」

「ひょっとして、私の話聞いてないですね」

「ああ……それは悪いな――」

 


 

「――俺は今、ドーナツの仕分けで忙しい」



 

 リーファの話に適当に相槌を打ちながら、彼は黙々と作業していた。

 

『魔石ドーナツ』はその名の通り、魔石を模したドーナツだ。そのひとつひとつに色とりどりの着色が施され、カラフルで見栄えを意識したものとなっている。味はもとより、その華美な見た目から若年層からの評判は高い。


 だがフェイにとっては、このカラフルさはある種の呪いだった。

 

 几帳面すぎるせいで常に完璧を追い求める彼は、このカラフルなドーナツたちをごちゃまぜにしておくことを許容できなかった。挙句の果てには、容器に入ったドーナツを同系統の色同士で仕分け始める始末だ。


 アーディア最強の探索者――【七星卿(しちせいきょう)】の一人、フェイ。

 その正体は、完璧主義な一面を持った“変人”だった。


「よし、出来た」

「……相変わらずですね、あなたも」


 フェイは軽くため息をつくリーファを見やり、ドーナツを一つ串で刺して口に運ぶ。そして至って冷淡に、落ち着いた声で話し始める。

 

「それも言うなら……君もだろう」

「え?」

「卒業式からしばらく経ったが、君の背丈に目立った成長は見られない」

「なっ……私だってもう150はあるんですよ! 侮辱罪で訴えますからね!」

「そうか」

「まあ、180もある貴方からしたら微々たる差でしょうけど……」

「ああ。全くもってその通りだ」

「……貴方のそういうところ昔から嫌いです」

「解せぬな」


 痴話喧嘩に近い会話を繰り広げながら、二人はドーナツを口に運んだ。

 雰囲気や関係はギクシャクしているとはいえ、旧友同士の二人の間で話題が途切れることはなかった。


「あ、そういえば……【赫灼卿】でしたっけ? あなたの通り名」

「…………ああ、そうだが」

「恥ずかしくないんですか?」


 鋭すぎる指摘がフェイの胸を突き刺し、抉る。

 ここぞとばかりにリーファは相手の急所を突いて反撃する。

 

「やめてくれ。その指摘は俺に効く」

「冗談ですよ。【赫灼】さん」

「やめろ俺の傷口を抉るな」

 

 彼の恥ずかしい通り名についてはさておき。

 ドーナツをかじったリーファは、そこから話を本題に繋げた。



 

「――通り名までもらった【七星卿】であるあなたが、どうしてあんなことを言ったんです?」



 

 口調を変えて話し始めたリーファに、フェイは手を止める。


 あんなこと、の内容についてはあえて説明せずとも分かりきっていた。

 少なくとも、二人の間では。


 ――『貴様は探索者に向いていない』。

 

 その率直かつ残酷な一言は、一度とある少年の心をへし折った。

 彼の放った一言が、結果的に少年の進む道を黒く塗りつぶしたのだ。


「私の知っている貴方は、少なくともあんなことは言わないものだと思ってました」

「……今更買い被られても困るな。それにもう、『彼』の中では過ぎたことだろう」


 たしかに、フェイの言葉はユイトの人生をかき乱しかけた。

 だが、ある一通の手紙により、運命は大きく変わったのだ。


「俺の言葉は、()()()()の持つ魔力に勝てなかった。それだけのことだ」

「あの手紙って……どうして、あなたがそのことを?」

「簡単さ。彼の『隣人』から聞いた」

 

 その一言で一瞬、二人の間に緊張が走った。

 ドーナツを運ぶ手を止め、フェイは静かにその真相を語り始める。




「――彼の存在は、俺たちの『計画』にとってイレギュラーだったんだ」




「イレギュラー……ですか?」

「ああ。俺たちの協力者によれば――〈天災〉を止めるにも、〈反逆教会(リベリオン)〉の策略を妨害するにも、ヒズミ・ユイトという『探索者』は必ずと言っていいほど関わってくるらしい。それも、この先の未来を不確定にするような、予測できない形で」


 突然語られた真実に、リーファは返答に迷った。

 ユイトが――自分のよく知る彼が、フェイのいう未来に関わっている。


 彼の言葉を理解しようとしていたリーファは、そこでとあることに気づいた。


「じゃあ、もしかしてあなたは、その可能性を潰すためにあんなことを?」


 あえて返答はせず、フェイはドーナツを一つフォークで刺した。

 それを概ね肯定ととったリーファに対し、フェイは言葉を接ぐ。


「彼は今、第三学園の入学試験を受けるつもりでいる。彼が探索者として進む未来は、俺たちにはもう変えようがない」

「それは……」

「俺の言葉がヒズミ・ユイトを止められなかった今……そこから導かれる未来は、俺が先程言った『イレギュラーにかき乱される不確定な未来』だ」


 フェイは淡々と言葉を紡ぐ。

 複雑な感情を抱くリーファに対し、彼はこう告げた。


「言っておくが、君が気に病む必要などない」

「えっ?」

「彼が探索者として進む運命を変えられなかった以上……俺たちにできることは、彼により良い未来を導いてもらうための存在になってもらう他ないのだからな」


 長話が過ぎたな、とフェイは付け足した。

 ドーナツを食べ終えてそのまま席を立ち去ろうとした彼に対し、リーファは立ち上がって問いかける。


「ま、待ってください! 何か……私にできることはないんですか!?」

「……この問題は、君には無関係な筈だが」

「そう、ですけど……ここまで聞かされて、何もしないなんて私……」


 朱色の双眸が、静かにリーファを見つめる。

 言い淀む彼女を見たフェイは少しの逡巡のあと、また口を開いた。


「……彼の今の得物は?」

「得物、ですか? たしか、安物の剣だった気が……」

「それなら、『アヤメ』という鍛冶師を当たれ」


 去り際に、フェイはリーファの方に振り向いた。

 そして、立ち尽くす彼女にこう付け足した。


「彼女に武器の鍛造を依頼しろ。彼女は――〈魔剣〉の()てる鍛冶師だ」

 



 


    ***




 


「お待たせしました! 燃え燃え♡炒飯ですっ!」

 

 あれから数十分、僕の注文した料理が届いた。

 ピンク髪ツインテールの店員さんが、僕にキラキラした笑顔を向ける。


「あっ、申し遅れました、私は燃え燃え担当――“ふれいあ”と申しますっ! よろしくお願いします♡」

「あっはい……」


 胸元の名札には、『ふれいあ』と女の子らしい丸文字で書かれている。

 ……燃え燃え担当ってなんだ。怖い。物騒だ。

 

 ところで彼女のひとつひとつの所作や仕草、口調はすべて、一人の女の子として理想的で完璧のように見える。こういう場所でのタブーである『嘘くささ』は決して感じさせず、こちら側の安心感……はおろかニヤけ顔までも引き出してしまいそうな眩しい笑顔。

 

 一人のメイドとして、その少女はプロだった。

 プロのメイド、プロの嘘つき。


 ……なんて邪推はそこまでにして。

 彼女が運んできたのは、大皿に盛り付けられたチャーハンだった。


(……なんか、料理は意外と普通?)

 

 見た感じ、今のところはただのチャーハンだ。卵やネギ、ゴロッと入った豚肉など、具材にはそこまで強いこだわりは見られない。いい感じに美味しそうだ。


 ただ、ここは腐ってもメイド喫茶。

 本格中華を提供する飲食店とは訳が違う。


「それではご主人様、最後の仕上げとして『おいしくな~れ』の魔法をかけましょう!」


 出た。


 定番の文言が飛び出した。

 おそらくメイド喫茶でしか使われることのないであろう、いわば定型句。


 わかってはいたけど、やはりそう簡単に避けられるものじゃなかった。

 僕ももう覚悟を決めた。


「両手でハートをつくって、お料理に魔法をかけるんです! ほら、ご主人様もご一緒に♡」

「……はい」


 渋々胸の前に手でハートをつくる。

 目の前でエリカさんが見ているけど、気にしたら負けだ。


 羞恥心をかなぐり捨てなければ、心が死ぬ。


「おいしくな~れ、おいしくな~れ――」

「……萌え萌えきゅん」




「――“燃え燃え”きゅん♡」




 その瞬間、皿が燃え上がった。

 店員さんの炎属性魔法がチャーハンを焼いたのだ。


「ひぇっ……!?」


 あ、燃え燃えってそういう……。

 まさか本当に燃やされるとは思わなんだ。


「ごゆっくりお召し上がりくださぁい♡」


 笑顔でそう言い残し、『ふれいあ』さんは厨房へ戻っていった。


「えぇ……」

 

 僕の手元に残ったのは、若干焦げたチャーハンのみ。

 最後の仕上げとして火で炙るのはわかるけど、あれはさすがに火力が高すぎる。


「今の絶対火加減間違えてますよね……」


 エリカさんも僕と同じく、何とも言えない顔でチャーハンを見つめていた。

 れんげをつかって米を口に運ぶ僕に、彼女はくすりと笑いかける。


「ユイトって、案外照れ屋なのね」

「……師匠はもう黙っててください」


 穴があったら入りたい。

 僕の初めてのメイド喫茶、こんなんでいいのか。


 多分、次回に続く。



 

 

*彼女は専門家の指導のもとチャーハンを燃やしています。


すみませんウソです

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 もしかして、章タイトルの『紅き心臓を求めて』ってメイド喫茶の料理名『紅き心臓』ですかね。 ならば、メイド喫茶を舞台に事件が起こる... ハッ!ここにもリンドウが!
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