第72話 メイド喫茶は突然に
ここから2、3話あたりはユイトとリーファの二視点同時進行でお送りします。視点の転換は(あえて言うまでもないんですが)いつも通り『***』の後です。
「まーたお前か、猫耳優等生……」
時刻は昼前。探索者ギルド・南支部にて。
受付のカウンターに座った(座らされた)茶髪の青年――ラックは、盛大に不満げな溜め息をついた。本来なら受付の業務も彼のれっきとした仕事の一つなのだが、いつものごとくやる気はまったく見られない。
「またあなたですか、サボり魔のお兄さん」
カウンターを挟んで相対するリーファも、負けてはいない。まるで天敵と出くわした小さな獣のように、鋭く不満げな視線をラックに突き刺している。
カウンターという物理的な壁よりも、彼らの心理的な壁は分厚く高いものなのだ。
――要するに、彼らは仲がすこぶる悪い。
「オレはサボり魔じゃねぇ。……で、何の用だよ。猫耳優等生」
「ポーション試用の探索者依頼で提供する現物の納品に来ました。サボり魔のお兄さん」
「ほう。じゃあ、ちゃんと納品書は書いてきたんだろうな猫耳優等生」
「もちろんですともサボり魔のお兄さん」
仲は悪い……が、二人の真逆な性格も逆に噛み合いつつある。サボり魔と優等生。正反対の性格の持ち主である二人だが、プライドが高いという点では似通っていると言えなくもないのだ。
世の中には、「喧嘩するほど仲がいい」という言葉もある。
つまり、そういうことだ。
「にしても、お前仕事早いよなぁ……俺の部下にならないか?」
「死んでも嫌です」
「さいですか」
軽口を叩きつつ、ラックは手渡されたポーションの束を書類とともに確認する。
個人の責任になりかねない業務は割と真面目に行うのが、彼のポリシーの一つだ。
「よし、多分問題ない」
「そうですか。じゃあ私はこれで……」
「――あ、ちょっと待て猫耳!」
「?」
用事を済ませ立ち去ろうとしたリーファを、ラックは呼び止めた。
彼にしては珍しい行動に、リーファは不思議そうに首を傾げる。
「なんですか?」
「ああ、いや……その……ヒズミ・ユイトって知ってるだろ?」
「はい。今は私の部屋の真上に住んでますよ」
「なるほど……やっぱそうだったのか」
「やっぱりって、何がです?」
「いや、この前あいつとちょっと話したとき、いきなりお前の名前が出てきたもんだから」
「はぁ……」
ちょっと気になっただけだ、とラックは笑い飛ばした。
いまいち話を呑み込めないリーファは、ポカンとしてしまう。
「たしかあいつ、お前に拾われたとかなんとか言ってたぞ」
「犬じゃないんですから、そんな……」
「でも、結構お前に感謝してたぜ。頼りになる人がいてよかった、って」
「……へぇ。ふーん……そう、ですか」
リーファは俯き加減にした顔を仄かに赤らめる。
思わぬ形で触れたユイトの本音に、ほんの少し照れくささを感じながら。
「ん? どうかしたか?」
「え? あ、いえ、なんでもないです。私、用事済んだのでもう行きますね」
「ああ、おつかれさん……」
早口で、尚且つ足早に、リーファは受付をあとにした。
・・・
数分後。
逃げるようにギルドを出たリーファは、時計塔付近の広場にいた。
噴水の前にちょこんと腰掛け、少しばかり頭を冷やしている。
思わぬ場面で感情をかき乱され、柄にもなく動揺を見せて。
(頼りになる人、ですか……)
リーファがユイトに世話を焼く理由の半分は、叔父の不明瞭な目的のためだ。打算的な優しさ、と言われても反論はできない。
だがもう半分は、ユイトの背中を押したいと思う彼女の意思だ。
自分の目標ためにもがき奮闘する彼を前にして、他人事と片付けられるほど、彼女も薄情ではない。
(お節介かと思ってましたけど……まあ、よかったです)
自分の厚意が伝わっていた嬉しさ半分、照れくささ半分。
気持ちの整理もついた彼女は、改めて広場に目を向けた。
昼前ということもあり、広場に出ている屋台はどれも賑わいを見せていた。
流れてくる軽食たちの匂いには、香ばしさや甘さが入り混じっている。
「ぐっ……そういえば、そろそろこっちの限界が……」
早めの朝食以来、リーファは何も口にしてない。
気づけば彼女の脚は、無意識にとある屋台の方へと動いていた。
アーディアの四大名物の一つ、『魔石ドーナツ』。モンスターたちの持つ色とりどりの魔石のごとく、見た目は着色料でカラフルに彩られている。……が、中身は所詮ただのドーナツだ。
小腹が空いたときには、こういうものにこそ惹かれてしまうものだ。
屋台の前まで来た彼女は、髭を生やした老店主に呼びかける。
「すみません、」
「「ミックスセット一つ」」
思いがけず、リーファの声は隣にいた何者かと被った。
完全に不覚だった彼女は、驚いて振り返る。
果たしてそこにいたのは、鮮烈な赤髪をしたエルフの青年だった。
「――フェイ、さん?」
「……奇遇だな、盟友」
***
僕は今、困惑している。
とある店の中で、一人頭を抱えながら。
「ユイは何にする?」
僕の向かい側に座るエリカさんは、平然とメニュー表に目を向けている。
今回も彼女の奢りだというから僕も何か頼むべきなんだろうけど、今は少し事情が違う。
「エリカ師匠」
「なに?」
「ここ……アレですよね?」
「あれって?」
「――メイド喫茶ですよね!?」
「ええ、そうよ」
そうよ、じゃないですよ師匠……!
あまりにも平然としすぎているエリカさんを前に、僕はもう口出しする気力すら失ってしまった。ここまで普通に言われると、逆に僕がおかしいのではと勘ぐってしまう。おそらくそんなことはないんだろうけど。
僕が今いるのは、喫茶店――『冥土喫茶 百華』。
和風な店名通り、内装は和と洋が融合したような居心地の良い空間となっている。
愛想よく接客してくれる店員さんたちも、和装っぽいメイド服に身を包んでいる。
ただそれは、いわゆる『形だけ』というわけではなく、マジのやつなのだ。
「男の子なら好きでしょう? メイド喫茶」
「いや、まあそうですけど……」
「なら何も問題ないじゃない」
「そうかもしれませんけど……そういうことじゃないんですよ!」
来店早々、僕は『おかえりなさいませご主人様』の呪文を聞かされた。
つまり、ここは純喫茶に見せかけたメイド喫茶……といったところだ。
(そりゃあ、メイド喫茶なのは嬉しいけど……)
世の男子・男性なら一度は夢見る楽園、メイド喫茶。
可愛らしい服装をした女の子たちと、至って合法的に触れ合える(変な意味じゃなく)、男の夢を叶えたオアシス。非日常を体感できる、手頃な天国。……とまあ、色々といいイメージは浮かぶ。
自称するのはなんだけど、僕も一応健全な一般男子の一人だ。
白状すると、こういう場所には少なからず憧れがある。
ただ、抵抗感みたいなものを抱いていたのも事実だ。
雰囲気が雰囲気なだけに一人で入るのもはばかられるし、かといって知人と一緒に入るのは、それはそれで色んなものを失う気がして気が進まない。何より恥ずかしい。結論、僕はそういう類の勇気がないチキン野郎だ。
前置きが長くなったけれど、メイド喫茶に対する僕のイメージはそんなところだ。
だから今この状況は、危機的としか言いようがない。
(まさか、年上の女の人と一緒に来ることになるなんて……)
まったくもって予想外で、かつ最悪に近い事態。
もう、半分くらいは公開処刑な気がしてならない。
まあ、連れてきてもらった手前文句は言えないんだけど……。
「一応訊きたいんですけど……ここってエリカさんの行きつけのお店なんですよね?」
「? ええ、そうね。私はメイドとか興味ないけど」
「じゃあ、どうして……」
「知り合いなのよ。この店のマスターとはね」
そういってエリカさんは、カウンターの方へ目を向けた。
カウンターに立っていたのは、いかにもバーテンダーっぽい格好をしたシブめの老紳士だった。後ろで束ねた白髪に、整えられた白い顎髭が目を引く。優しげで落ち着いた笑みを浮かべながら、手に取ったカップを撫でるように拭いている。
この世界に本当にイケおじというのがいるのなら、彼のような人を指すのだと思った。
「あのマスターはね、うちの店長の師匠なの」
「えっ……リンドウさんの、ですか?」
「そう。だから、私はあの人からしたら孫弟子ってところよ」
あの店長の弟子がリンドウさんで、リンドウさんの弟子がエリカさん。
エリカさんの弟子が僕だから――
僕は、さしあたり彼の曾孫弟子……?
なんだか変な話だ。
「で、ユイは何を注文するの?」
「え? ああ、えっと……」
メニューに再び視線を移す。
やはりメイド喫茶らしく、メニューはどれもいい意味で普通じゃない。一番人気らしい『萌えきゅんオムライス』を始め、『かわもりカフェモカ』、『くまさんパンケーキ』と、口に出すのも億劫になるような名前が続く。もはや名前だけで胃もたれしそうな感じ。
喫茶店っぽい普通のメニューも小さく書かれているけど、それは多分却下される。
だからどれを選ぼうとも、結局は同じ気がする。
ヤケクソになった僕は、どうせなら一番ヤバそうなものを注文してみることにした。
「――じゃあ僕、燃え燃え炒飯でいきます」
次回、萌え萌えします。
…メイド喫茶って楽しいんでしょうね。行ったことないけど