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第65話 決起

 夜は刻々と更けていく。

 

 部屋に設置された大窓からの夜景を独り占めしながら、アランはワイングラスを揺らしていた。

 

「さて、そろそろあれも彼に渡った頃かな……」

 

 彼が見据えていたのは、学園の庭の先に位置する学生寮。

 背もたれに寄りかかり優雅に振る舞っていた彼は、静かに目を閉じた。

 

 と、そこに扉をノックする音が響く。

 

「――学長、私だ」

「どうぞ、リヴェルナ先生」

 

 扉を開けて入ってきたのは、長く流麗な銀髪のエルフだった。

 その髪は彼女の小柄な後ろ姿を覆い隠すほどに長く、それでいて手入れがよく行き届いている。

 

 彼女は学長のいるデスクへ向かうと、その宝石のような蒼の瞳を見開いた。

 

「今年度の入学選考の志願者が出揃った。君も目を通しておいてくれ」

「わかりました。確認しておきます」

 

 学長はリヴェルナから受け取った分厚い書類を数秒眺め、デスクに置いた。

 

「……ときに、リヴェルナ先生」

「何だ?」

 

 学長は両手を顔の前で組み、真摯な態度を示した。

 


 

「今年度の入学選抜、飛び入りで参加させたい受験者がいるのですが」

 


 

「飛び入り、だと? 入学志願書の提出期限は過ぎている筈だが」

「それはもちろん承知の上です。その上で、()()()()()推薦したい人物がいるんですよ」

 

 蒼と赤の視線が交わる。

 デスクの上で両手を組んでいた彼は、静かに片頬を持ち上げた。


 

  ***



「……」

 

 ユイトは、言葉を失っていた。

 スープを一口啜ると、皿をテーブルに置く。

 

「……」

 

 リーファも口を閉ざすと、食卓に沈黙が訪れる。

 痺れを切らしたユイトが、おそるおそる口を開く。

 

「……ねぇ、」

「はい」

「この手紙……どういうこと?」

 

 ユイトの問いに、リーファはしばらく黙り込んでしまう。

 二人の間のテーブルには、例の便箋が放置されていた。

 

「入学生として推薦……って、何?」

「……」

「僕、学長に選ばれたってこと? それってやっぱりすごいことだったり――」

「……罠です」

「え」

 

 思わぬリーファの返答に、ユイトは固まった。

 淡々とした二人の会話を聞いていたナーシャは、首を傾げる。

 

「志願書の提出期限はとっくに過ぎています。それなのに突然こんなおいしい話が舞い込んでくるなんて、罠としか思えません」

「だからって、罠ってことは……」

「あの学長のことですから、何か裏があるに違いありません」

(どんだけ信用してないんだ……)

 

 フランスパンをかじりながら、ユイトは改めて手紙の文言を確認した。

 

 ――貴方を我が校、アーディア第三学園への入学生として推薦致します。

 

 何度見ても、突飛な表現だった。

 学校側から、しかも学長直々に入学の推薦が来ることは滅多にないどころか、前代未聞だ。

 

(これ、推薦状ってことだよね……)

 

 面識のない学園の長からの、直々の推薦状。

 

 その一枚の便箋にユイトは当然のことながら戸惑った。

 だが、何か運命的なものを感じてもいた。

 

 今の自分に、この手紙が届いた意味。

 誰に聞いても分からないであろうその問いを、頭で繰り返す。

 

「――僕、これ受けるよ」

 

 だからこそ、さも当然のように彼は言ってのけた。

 どんな意図が含まれていようと、彼にとってこの手紙が持つ意味は変わらない。

 

 これは彼にとって、『きっかけ』のようなものでもあったのだから。

 

「あの、ユイトさん? 私いま――」

「罠かもしれないってことはわかってる。けど、今の僕にとっては、この手紙はそれ以上の意味があると思うんだ」

「……私の話、聞いてなかったわけではないんですね」

 

 少々不服そうな表情をしたリーファは、肩の力を抜いた。

 既に決意を固めていたユイトに対し、もう反論は意味を成さないと解ったように。

 

 真っ向から意見の食い違っていた二人を見て、ナーシャは不安げに口を挟む。

 

「お姉ちゃんたち、ケンカしてる……?」

「してませんよ。ただ、今のユイトさんは少しわがままみたいです」

 

 スープを飲み干した彼女は、今一度ユイトと視線を合わせる。

 

「軽い気持ちで言ったわけではないんですよね?」

「うん……もちろん」

 

 神妙な彼女の視線に身じろぎつつ、ユイトは慎重に言葉を紡ぐ。


「レイチェルさんにさ、言われたんだ。自分の生きる意味とか目的は自分で見つけるものだ、って。だから、この手紙が本当に誰かの仕掛けた罠だとしても……僕は、賭けてみたいんだ――」




「このまま何もしないより、この誘いを受けた方が、後悔しないってことに」




 彼の瞳に、確かな決意が宿る。

 いつしか、彼の中の迷いはどこかへ消え去っていた。




    ***




 同時刻。

 街の南のメインストリートに位置する店、『アイテムショップかぐや』にて。


「お客さん来ないな〜、暇だな〜」

 

 店番をしていた店長、ユーリは不満げに溜め息をついた。

 

 店先には探索者の姿は見られない。

 時間が時間ということもあるが、今日一日まばらな客を接客していた彼女は今も暇を持て余していた。

 

「もう、お店閉めれば?」

 

 店内の奥、居住スペースからやってきたのは、黒髪の少女だった。大きなリボンを頭につけたその少女は、和風な服の裾を引き摺りながらカウンターへと近づく。

 

「あのねぇ……いくらお客さんが来ないからって、私は店じまいするような歳じゃないんだから!」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」

 

 地味に会話の成り立たない二人。

 ユーリが会計のカウンターで不貞腐れていると、ドアチャイムが軽快な音色を奏でた。

 

「あっ、いらっしゃいませー!」

 

 ユーリが率先して挨拶する。

 そこに立っていた人物は、静かな足取りでユーリらのいるカウンターへと向かった。その顔に見覚えのあった彼女は、持ち前の能天気さを一瞬引っ込める。

 

「あれ、確かあなたは……」

「探索者のフェイだ。姫の力を借りたいのだが、よろしいか?」

「ああ、かぐちゃんに用だった? いいよ、全然……」

 

 艶のある赤髪に端正な顔つきをしたエルフは、傍にいた少女のもとで跪いた。

 

「姫、君の“予知”が必要だ」

「うん、わかった」

 

 フェイに連れられて、かぐやは店を出ていった。

 その背中を、何も知らされてないユーリが見つめる。


 


 数時間後。

 

「ご協力感謝する。これはせめてもの礼だ」

 

 かぐやを連れて店に戻ってきたフェイは、カウンターに大金の入った麻袋を置いていった。

 その袋を見てたじろいだユーリの頬を、冷や汗が伝った。

 

「うん、ありがとう……毎回、こんなに」

「いや、これでも足りないくらいだ。情報料と思ってくれればいい」

 

 それだけ言って、フェイは店を立ち去った。

 

(こんな大金と引き換えの情報って、一体なんなのさ……)

 

 去っていったエルフの背中を訝しみつつ、ユーリは閉店後の店内を片付け始める。カウンターの奥には、居住スペースへと戻っていくかぐやの小さな背中があった。

 

「ねぇ、かぐちゃん」

 

 頼りない彼女の背中に、ユーリは呼びかける。

 

「あの人の言ってた情報って、何のこと?」

「……未来について」

「え……未来?」

「そう」

 

 かぐやの瞳からは、何も読み取れない。

 茫洋とした彼女の姿は、暗い店内も相まってどこか儚げだった。

 

「この世界の未来が、少しだけ狂い始めた――それを伝えただけ」


 


 

 

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