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第60話 よみがえる

波乱の第六章スタート。

 翌朝、僕は久々に装備を身に纏っていた。


 鏡の前に立って、改めて『戦いに行く』自分の姿を目に映す。


「思ったよりしっくりくるな……」


 紋章の情報漏洩対策も兼ねて身につけたガントレットつきの手袋に、金属製の膝当てと肘当て。オーバーサイズ気味のローブを羽織ったその様は、自分で言うのもなんだけど、どことなく探索者っぽい感じがした。


 僕が元々所持していたらしい黒のマチェットは鞘に納め、腰に装備する。


 昨日買ってきた剣も、数本ホルダーに刺して携帯できるようにしておいた。使い慣れてはいないけど、戦力不足に陥るよりはマシだ。


「で……なんなんだろ、これ」


 左手首につけたブレスレットを見つめた。

 

 金色のきらびやかなチェーンに蒼の宝石が嵌められた、僕が待つにしては美麗すぎる代物だ。僕がこの部屋で目覚めたときから身につけていたものだけど、残っていた装備品の中で唯一、効力や使い道がわからない。


 大方誰かからもらったものだとは思うけど、当然その相手の記憶もないわけで。

 それでも、今はなんとなくお守り代わりで肌身離さず身につけている。


「ユイトさん、準備できました?」


 半開きになっていたドアから、リーファがひょっこり顔を出す。


「ん、多分大丈夫」


 今日の探索は僕が病み上がりということもあり、リーファに付き添われることになっていた。


 なんでも、『一人で行って何かあったらまずいです絶対に』ということらしい。断る理由もないから承諾したけど、あの念の押し方からして、何かしらまた別の理由があるんじゃないかと僕は邪推する。


「それじゃ、行きますか」

「うん、行こう」



  ***


 

 学園を出て数分後。

 僕とリーファは街のシンボルである時計塔――【セレスティア・クロック】に到着していた。


 他の探索者たちの流れに乗って建物に入ると、そこにあったのはダンジョンへと続くいくつかの階段。他の探索者たちは、吸い込まれるようにその階段を下っていく。


 天井の高い建物の上部には、整備用の通路や複雑に噛み合った歯車を見ることができた。


「本当にここ、時計塔の中なんだね……」


 僕はついその感慨深さを口に出してしまう。


 リーファも同じように頭上を見つめて、歯車の駆動音を聞いているようだった。


「そうですね。この時計塔が建てられたのはずっと前ですが、それでもやっぱり不思議な感じがします」

「ここにダンジョンの入口があることが?」

「はい、それもありますが……そもそも、時計塔が建つ前から【エントランス】自体はここにあったんです」


 それは言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()時計塔が建てられた、ということだろう。


 得体の知れない怪物が潜む巣窟の、入り口にの上に。

 改めて考えてみれば、彼女が不思議に思うのは無理もないかもしれない。


「シャワールームや休憩所を併設するだけでも良かったのに、どうして時計塔なんでしょうね」

「それは……ロマンがあるからじゃない?」


 僕はとてもロマンを語れるような人間じゃないけど。


「適当なこと言わないでくださいよ。さあほら、くだらない会話はやめて、私たちも行きましょう」

「う、うん……」


 先陣を切ったリーファに続き、僕も階段へと向かう。


 地下へと続く階段は、当然だけど暗い。


 ブラックホールみたく、一度入ったら出てこれないような気さえしてくる暗黒への入り口だ。

 死を連想させるような暗闇に、僕は無意識に息を呑んだ。


「…………」


 一段目を踏み込んだところで、僕の足は止まる。

 どこからかやってきた違和感が、僕の足を掴んでいるみたいだった。


「どうかしましたか?」


 立ち止まる僕に、リーファが振り向く。

 彼女の背に広がる暗闇が、嫌に目についた。


「ああ、いや……」


 うまく言葉にできない感覚に襲われる。自分の行動そのものが理解できなかった。


 ここまで来て、どうして僕は立ち止まってる?

 この足の震えは一体何だ? 

 どうしてうまく言葉が出てこない?


 ――僕は、“忘れた”んじゃなかったのか?


「なんでもないよ」




 それから僕は、先に進んだ。


 一階層でスライムの群れを突破し、少しづつダンジョンの雰囲気にも慣れてくる。


 ただ、それでも。


 さっきから纏わりつくあの言葉にできない感覚が、頭から離れない。体調は万全なはずなのに、身体が思うように動かない。


「ユイトさん、大丈夫ですか?」


 そんな僕を見かねたリーファが僕に訊ねる。

 

 暫定的なパーティの前衛として進む僕の後ろを、リーファはハンドボウガンを手に援護してくれていた。難易度的にさすがにまだ手を借りることもないけれど、居てくれるだけでありがたい。


「顔色、悪いですよ」

「……そう?」

「やっぱり病み上がりですし、そこまで急がなくても……」


 リーファの心配はありがたかった。

 けど今は、それに甘えている暇はないとも思った。


 ここでまた自分のやるべきことを歪めてしまったら、今度こそ後戻りできなくなりそうで。


「……いや、進もう。僕はなんともないよ」

「無理しなくてもいいんですからね。戻りたくなったらいつでも言ってください」

「ん、わかってる……」


 虚勢を張っている――自分でも痛いほどそう感じていた。

 隠しきれない何かを抱えながら、僕はそれでも先を急いだ。


 二階層。今度はゴブリンたちの群れに遭遇した。

 相手は三匹。このマチェットと〈神の記憶(メモリア)〉があれば、苦戦はしないはずだ。


「危なくなったら、私もボウガンで援護します」

「うん、お願い!」


 軽く前傾してマチェットを構える。


 ゴブリンたちは前方の僕に気づくと、棍棒のようなものを片手に走ってきた。


 飛びかかってきた一匹の攻撃を、刃で受け流す。 

 向かってくる二匹目には蹴りを入れ、後方へ吹き飛ばす。


「――ふっ!」

『ゴギャッ!?』


 向かって左、三匹目の死角を狙った一撃は左手のガントレットでうまく防いだ――


(いた)っ!?」


 ……はずだった。

 左手の指に一瞬痛みを感じ、僕は飛び退く。


「――!」


 薄い手袋が破け、薬指と小指から出血していた。 

 薬指に至っては爪が剥がれかけている。


 衝撃で変な方向に曲げられたせいか、動かそうとすると痛みが走る。

 折れて、いるのかもしれない。


 手甲側の装甲で攻撃を防ごうとしたのに、身体がうまく言うことを聞かなかった。


 感覚が鈍っているのだろう。


「い、痛い……」


 出血の止まらない傷口を見て、声と両手が震えだした。


 今僕がやっているのは命の奪い合いなんだと、今更気づく。

 一方的にこちらが勝ち続けるわけでもない、生きるか死ぬかの命がけの戦い。


 ここで死ぬ可能性だって、十分あり得る。

 そんな過酷な世界だったはずだ。

 気付くのが遅かった。


「いや、だ……」


 情けなく、怖気付く。


 探索者を続ける、と口では簡単に言っておきながら、待っているのは命の保障もない殺し合いなのだ。自分の無鉄砲さを呪いたくなる。


 それと同時に、とある記憶を連想して思い出した。


 ここよりもっと下の世界で、殺され続ける記憶だ。

 僕はきっと、この程度の痛みなら飽きるほど体感している。


 この身に受けた凄絶な傷や痛み、絶望も全部――

 最悪なタイミングで、あのときの記憶が鮮明に蘇ってきた。


(なんで……僕は忘れてたんだ?)


 四肢をもがれる。眼を潰される。

 内臓を抉られる。頸を折られる。

 

 あのときの感覚が全身を駆け巡る。

 絶対に思い出したくなかったのに。


 どうして早く気づけなかった?

 このまま進めば、また僕は傷付く。


 そして、その先にあるのは――


 ――死。


「――いやだ……嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない!」

 

 そして今気づいた、さっきから付き纏う感覚の正体は――()()だ。


 あのときの体験が僕にとっての悪夢、心傷(トラウマ)となり、この身体に宿っている。忘れられないあのときの地獄が、ずっと、この身体に。


 戦いたくない。

 傷つきたくない。

 死にたくない。


 手は震え、足も竦んだまま、僕は武器を投げ出した。


「――っ、ユイトさん、逃げてください!」


 視界の端に映ったリーファは、ボウガンで二匹のゴブリンと応戦している。

 彼女が撃ち漏らした残り一匹は、迷わず動けない僕に突進してくる――


(ダメだ、逃げなきゃ……)


 醜い表情をした怪物が、目の前まで迫っている。

 怖い。来るな。近づくな!

 

 逃げたくても、膝を屈した脚はもう思い通りには動いてくれない。


 掲げられた棍棒が、顔面に向かって振り下ろされる。


 死を、覚悟した。



 

『――【爆炎魔法(イラプション)】』



 

 その刹那、誰かの声がきこえた。

 目を開くと、敵は灰になっていた。

 

 

Chu! シリアスでごめん

生まれてきちゃってごめん(激重)

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