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第58話 大丈夫

前回までのあらすじ!!(唐突)


いろいろあって記憶喪失になったユイトは、以前の記憶の手がかりを探すためにアーディアの街へ出かけていた! 立ち寄ったステーキ店〈Ryo-Ran〉の串焼きで腹も満たし、意気揚々とギルドに向かったユイトだったが…

 

――あろうことか、受付嬢のフーカに出合い頭にぶたれてしまった!オーノー!


なんてことだ、親父にもぶたれたことないのに!!

「……え?」

 

 僕の担当だという職員のフーカさんに、僕はやっと会うことができた。


 なのに、彼女は一言も発することなく、速攻で僕の頬を一発殴った。


 誰か説明してほしい。

 これは……一体どういう状況なのか。


「あの、僕、なんでぶたれたんですか……」


 純粋な疑問を、純粋にぶつける。

 ぶたれた頬がひりひりと痛む。


 殴られたというよりは、その一撃は平手打ちに近かった。

 あとから痛みが来るタイプの、強かな一撃。


「ごめん、なんでかな……」


 フーカさんは、伏し目がちだった目を僕から逸らす。

 それにしても、不思議な答え方だった。


「なんでって……なんですか」

「……ううん、本当はね、君に言いたいことは色々あったはずなの。なのに、ユイトくんの顔見たら、全部どっかいっちゃってさ……」

「な、なるほど……」

「だから、今のは違うの……ほんとに、ごめんね」


 彼女の声色が小さくなるにつれ、徐々にその顔も俯きがちになっていく。


 僕が返答に困っていると、更に困ったことにフーカさんは静かに嗚咽を漏らしながら泣き始めた。


「ごめん……ごめんなさい……」

「あの、とりあえず、大丈夫ですか?」

「……大丈夫じゃ、ない」

「え」

「大丈夫じゃないから!」


 フーカさんは顔を赤く泣き腫らしながら、今度は怒った。


 さすがに表情がころころ変わりすぎだ。

 普通に怖い。


(えぇ……)


 不安定な情緒のまま、フーカさんは半分涙声で捲し立てた。


「――だって、一週間だよ!? ちょっと前まではほとんど毎日来てくれたのにいきなり顔見せなくなって、天災は起こるわリーファちゃんも大怪我して帰ってくるわで、こっちは不安で不安でっ……!」


「いや、それは……」

「おまけにいざ帰ってきたら、なんか平気そうな顔してるし髪色もおかしくなってるし! ……こっちの心配だって知らないくせにさぁ!!」

「っ……ご、ごめんなさい」


 色々考えた挙げ句、彼女の言葉に対して返せるのはその一言だけだった。


 彼女には少なからず心配をかけていたとは思ったけど、僕の考えは甘かった。


 一週間も生死不明のまま待たされていたら、信頼関係に関わらず不安は募るものだ。

 彼女の心配の度合いはどうであれ、僕が謝るべきなのは変わりのないことだった。


「ごめんじゃないわよ、もう……心配したんだから」


 心配したんだから――その一言が、僕の胸に深く突き刺さった。


 ここまで僕のことを心配して、怒ってくれた人は今まできっといなかったからだ。これまで、誰かに心配をかけ得るようなことはしてきても、それをそのまま伝えてくる人なんていなかった。


 こんな温かい怒られ方は、おそらく生まれて初めてだった。


 他人の激情を、初めて温かいと思った。

 自分を心配してくれてる人がいることを、ありがたいと思えた。


「ごめんなさい」


 だからもう一度、僕はフーカさんに謝った。

 涙を拭いたフーカさんは、少しだけ晴れた表情になっていた。


「まぁ……いいわよ。許す。私こそ、二回もぶってごめんね」

「? 僕一回しか打たれてませんけど……」

「まあ、細かいことはいいから」

「???」

「それで? 今日は何しに来たの?」

「あ、今日はその、ステータスの更新をですね……」

 


    ***



〈ヒズミ・ユイト〉 ランク2 レベル16


〈所持紋章〉 龍爪の紋章


〈基本ステータス〉 

耐久:879 攻撃:1013(紋章補助) 防御:452 

機動:945(紋章補助) 技術:543


〈戦闘素質〉

精神:1102 生理的耐性:993 魔力:11


〈所持スキル〉

再生(リバイヴ)】ランク:SS

・自動発動。

・被撃発動。

・残り発動回数:501回

【】

【】



 ステータスの記録を更新するため、僕はステータスプレートを受付の石板にかざした。


 その結果が、これだった。


「待って、なにこれ……嘘……」


 しばらくしてフーカさんが茫然と呟いた。


 数値の並びに目を向けても、いかんせん僕は前の数値を知らないからなんともコメントできない。


 フーカさんの驚きっぷりを見る限りでは、ただ事でないことだけは確実だ。


「前の記録では、たしかランク1のレベル13だったよね?」

「……そうだったんですか?」

「それが今はランク2って、どういうこと……? まさかユイトくん、一週間ずっとダンジョンに潜ってたの?」

「いや、そんなわけ……」


 ない、と言い切ろうとして、できなかった。


 リーファから聞いた情報が正しければ、僕は“三日間ずっと”ダンジョンで戦っていたわけだ。

 数値の上がり幅がたとえ、彼女の驚くようなものであってもおかしくはない。


「スキルの発動回数もいつの間にか少なくなってるし、謎だらけだよ……」

「あはは……」

「ほんとに心当たりはないの? 何と戦ってたとか、そういう記憶は……」

「うーん、〈エルダートレント〉と戦ってたってことぐらいしか……」

「そう、えるd…………って、はぁあああああっ!?」


 受付のカウンターで、フーカさんは突然大声で叫んだ。

 周りの他の探索者たちも一斉にこっちに振り向く。


 ほとんど僕のせいなんだろうけど、今日の彼女は感情の振れ幅が大きすぎて若干怖い。


「ごめん、あの、とりあえず詳しく……説明してくれる?」

「ふ、フーカさん? 顔が怖いんですけど……」

「私は今は、冷静さを欠こうとしてる」

「は、はいっ」



   ・・・


 

「はぁ……………………………………………………………………」

 


 以上、フーカさんのクソ長溜め息。


 わざわざロビーのソファーに移動させられた僕は、これまでにあったことを根掘り葉掘り聞かれた。


 僕が答える度に、フーカさんのリアクションは疲労からか薄くなっていった。もう彼女のリアクションだけで反応集が作れてしまうくらいだ。


「もう、なんか頭痛くなってきた」

「大丈夫……じゃないですよね」

「うん、だいじょばない」

「……」


 フーカさんは多分、他人のことを考えすぎるタイプの人なんだと思う。

 心配しすぎはきっと、疲れるだけだ。

 ……なんて言ったら怒られるだろうけど。


「……それで、君はこれからどうするの?」


 コーヒーを啜って、落ち着いた様子のフーカさんは問う。


 彼女が聞きたいのはきっと、『まだこの街で暮らしたい』とか、『そのためにお金を稼ぎたい』とか単純な答えじゃないんだろう。


「まだ、探索は続けるの?」


 ――ここまで過酷な体験をして、それでもなお探索者を続けるか、否か。


 その質問にはきっと、フーカさんなりの反対のニュアンスがふんだんに含まれている。ここまで僕の身を案じてくれた彼女だ、心のどこかで僕が「ノー」と答えてくれることを願っているに違いない。


 それでも、僕の答えはイエスだ。


「それは、もちろん続けますよ」

「まあ、そうだよね……君、ずっと何でもないような顔してるもん」

「その点、記憶がなくてよかったんですよ」

「それも、そうだね。思い出さない方が幸せなこともあるっていうし」


 諦めからくる清々しい笑みを浮かべて、フーカさんは僕の目を見た。

 彼女は今の一瞬で、いくつもの感情を押し殺したに違いない。


「私はもう、止めないよ。でも……ユイトくんならきっと、大丈夫だと思う」


 彼女の優しさが、今はどうしようもなく温かかった。




 

めんどくさい女、フーカ・ラミネス。

次回はユイトが散財します。

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