第57話 立ち止まった場所で
ギルドを出た僕は、また大通りに戻った。
僕の担当の職員さんが戻るまで暇ができたわけだけど、やっぱり寄る所も見つからない。
ふらふらと人の流れの中を漂うように歩いていく。
腹の音が鳴り、そろそろ昼前であることに気づいた。
「そろそろ戻ろうかな……」
昼ごはんもリーファが作ってくれるみたいだし、一旦戻ってもいい頃合いだろう。収穫は乏しいばかりだけど。
そう思った僕は、第三学園に戻ろうとして踵を返す。
そこでふと、足を止めた。
「……ここって」
とある店の看板に、僕の視線は釘付けになる。
店名は『Ryo-Ran』、見たところステーキ屋らしい。
その看板に強烈な既視感を覚えた僕は、無意識に立ち止まっていた。まるで、この店の存在そのものが僕に何かを訴えかけているようだった。
もしかしたら、僕は以前ここに来たことがあるのかもしれない。
(とりあえず、入ってみるか……?)
今日一番、僕の頭に訴えかけてきた場所だ。
きっと何らかの手がかりが得られるに違いない。
僕の手が自然と店の扉に伸びる。
扉を開くと、そこには明かりのない暗い空間が広がっていた。
暗がりの中、店内には大きめのテーブルやカウンターがひっそりと佇んでいる。薄暗いからか、飲食店にしては少し不気味な感じがした。
この時間に営業している店にしては活気がない……というか、お客さんが一人もいない。
「おや、お客さんですか?」
呆然と入口で立ち尽くしていた僕は、店内にいた店員らしき男の人に話しかけられた。
長めの黒髪を後ろで束ねた、愛想の良さそうな糸目がちな青年だ。
「あ、はい!」
「来てもらって嬉しいんやけど、ウチまだ準備中なんですよ〜」
「えっ、そうだったんですか? すみません、勝手に入ったりして……」
やけにお客さんが少ないわけだ。
開店時間くらい見ておくべきだったかもしれない。
店内の掃き掃除をしていた店員さんは、引き返そうとした僕に訛りのある喋り方でこう投げかける。
「――お兄さん、もしかして前に来てくれたことあります?」
その問いに対する答えは、まだ曖昧なままだ。
ただ確かに、この場所は僕に対して何かを訴えかけ続けている。
僕の脳裏に潜んだ何かを、刺激し続けている。
「あ、すみません、見覚えがあるようなないような感じだったんで」
「どうなんでしょう……、自分でもわからないんです」
「はぁ……何か、複雑な事情でも?」
「いえ、いいんです、僕は……」
誰かに迷惑を掛けてまで、取り戻したいものじゃない――半ば、そう諦めかけている自分がいた。
そうして扉にもう一度手をかけた僕に、今度は野太い声が投げかけられる。
「――あら、帰っちゃうのお客さん?」
慌てて振り向いて声の主を目の当たりにした僕は、一瞬背筋が凍った。
分厚い胸筋のおねえさん……いや違う、“化粧の濃い筋骨隆々のおじさん”がそこに立っていた。
「え、えっと……はい」
「そう……あなたは、それで本当にいいの?」
「え?」
「――何か、悩んでいることがあったんじゃない?」
胸の内に隠していたものを、言い当てられたような気がした。
この人の前ではきっと、隠し事は通用しない。
直感的にそう理解する。
「なんで、それを……」
「そんなの、カオを見ればわかるものよ。それで、どうかしら? まだ開店前だけど、ドリンクぐらいならサービスできるわよ?」
「姐さん?」
黒髪の店員さんが、大柄なその男の人に振り向く。
糸目の店員さんに、おじさんはにこやかに答えた。
「なに、困ってる人の話を聞きたいだけよ」
「……なるほど。それじゃ、準備しときますね」
「あの、悪いですよそんな……!」
店員さんまで、カウンターの方で何やら支度を始めてしまった。
もう断るにも断れない。
いたたまれない気持ちで立ち尽くしていた僕に、大柄なおじさんは温かい感じの笑みを返した。
「遠慮しなくていいのよ。だから、少しだけ聞かせてくれる? あなたの悩み事」
それから僕は、これまでのことをかいつまみながら彼らに話した。
途中、他の店員さんも集まってきて質問を受けながらも、リーファから聞いたことをもとにそれに答えていった。
悩み事は人に話せば気持ちが軽くなるっていうけど、あれは本当みたいだ。真面目に聞いてくれる人がいるってだけで、僕の抱えていたものは少しづつ削ぎ落とされていくようだった。
「そう、それで手がかりを探しにここに来たのね」
オネエの店長さん――リンドウさんは、店の中心となって僕の話を聞いてくれた。
一見すればその体格から威圧感のある人だけど、話している感じからはただのいい人みたいだ。
「色々あったみたいだけど、それじゃあこれからが大変ねぇ……」
「記憶がないにしても、そのままでええって割り切れるわけでもあらへんしなぁ」
「そうなんです……このままじゃダメだ、って思ってはいるんですけど」
差し出されたブドウジュースの入ったグラスを片手に、僕も話し続けた。
店長さんの厚意で、僕はドリンクに加えて串焼きまでサービスしてもらっていた。
色々と寛容なこの人たちの前ではどういうわけか、何でも話せてしまうような気さえしてくる。
「……ねぇ、それで結局、キミはこの店に来たことはあったの?」
厨房の方で話を聞いていた紫髪の女性――エリカさんが、少し間を置いて僕に訊ねる。
何かが頭に訴えかけてくる感覚はあれど、記憶まではまだ曖昧だった。
「それが、僕もよく覚えてなくて……」
「――わ、私は覚えてますよ!」
曖昧な僕の答えに、ミントグリーンの髪の猫人族の店員さんが声を張り上げた。
彼女の名前はたしか、髪色からそのままミントさんだ。
「わたしが転けてステーキをお客さんにひっくり返しちゃったとき、ユイトさん……もたしかそのお客さんと同じテーブルにいました!」
「……ミントチャンすまん、似たような話多すぎて思い出せんわ」
「ええっ!?」
重要な証言が出たかと思えば、一瞬にして信憑性が揺らいだ。
というか、似たような話が多いということは、ミントさんはもしかして常習的にステーキを……?
「まあ、ミントの記憶力は信用できるし……間違ってはないはずよ」
「ですよね、エリカ先輩! そうですそうなんです!」
色々ツッコミたいところはあれど、ミントさんの証言はやはり大きな手がかりだろう。
でも、『同じテーブルにいた』ということはやはり――
「じゃあそのとき僕は、誰かとここを訪れていたってことですよね?」
「確かに、それはそうやなぁ」
「そのとき一緒にいた人の特徴とか、思い出せたりしませんか?」
頼みの綱のミントさんに、僕は訊ねてみた。
「えっと……ステーキをひっくり返した方が赤い髪の男の人で、あともう一人は、わたしと同い年くらいの女の子だったような……」
「……ほんまに記憶力バケモンやな」
「その頭でどうやったらドジっ子になるのかしら」
「ううっ……」
扱われ方からして、ミントさんはやっぱりドジっ子なのかもしれない。
それでも、そこまでわかっただけ大きな進歩だ。
「でも、それ以上のことはあんまり覚えてないです。すみません、お役に立てなくて……。所詮わたしは失敗ばかりの給料泥棒なので……」
「いえ、手がかりとしては十分すぎるくらいですよ! ありがとうございます、ミントさん」
沈んでしまう彼女をなぜかフォローする羽目になりながら、今一度情報を整理してみる。
ミントさんの言っていた二人は、僕の人脈からしてパーティメンバーと断定していいだろう。だけどそれがわかったところで、如何せんいまその二人とコンタクトをとる手段がないのが現状だ。
「……その二人って、それからここに来たりしてませんでしたか?」
僕の質問に、ミントさんは店長さんと顔を見合わせる。
「いえ、わたしの知る限りでは……」
「アタシもお客さんの顔は覚えるようにしてるけど、最近は見てないわねぇ」
「そうですか……」
二人の行方を追えないのは残念だけど、ここまで情報が得られたなら十分だ。
あとは自力でいこう。
いただいた串焼きも食べ終わったところだし、僕はそろそろお暇することにした。
「僕、これからまた別の用事があるので、この辺でお暇します」
「そう、それじゃあ気をつけてね」
「はい。相談に乗ってくださった上に串焼きまでご馳走していただいて、本当にありがとうございました!」
「またいつでも来てええで~」
店長さんたちに見送られ、僕は店をあとにした。
***
そのあと僕は、予定通り探索者ギルドに戻った。
そこでやっと例の僕の担当の職員さんと会うこともできて、それはまあ良かったんだけど……
「……え?」
なぜだろうか――
出会頭に、僕は彼女にぶたれた。
久々のRyo-Ranメンバー登場でした。
次回の冒頭もまたユイトがぶたれます。
 




