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第53話 猫耳ナビゲーション

「学園の案内?」


 レイチェルさんに散髪をしてもらった少し後のこと。

 用事を終えて帰ってきたリーファの提案で、僕達は学生寮の玄関へと向かっていた。

 

「ここで暮らすなら、色々知っておいたほうがいいこともありますから」

 

 ……とのことだ。

 なんでも、彼女が学園内を案内してくれるらしい。

 

 何故か僕はここで暮らす前提になっているけど、そこはややこしくなるから突っ込まないでおいた。

 

 ここに来たばかりの僕に案内しれてくれるのはありがたいけど、ここまでしてもらうとなんだか、申し訳無い気持ちにもなる。僕が記憶を失っているからとはいえ、これじゃあリーファに頼りっきりだ。

 

「ここが玄関です」

 

 言われるがままリーファに着いていくと、玄関らしき場所へたどり着いた。

 下駄箱のようなものが並べられた空間の先は、そのまま学園の敷地へと繋がっている。

 

「ここで靴に履き替えてください。あ、ユイトさんの靴は私が預かってましたので、こちらをどうぞ」

「うん、ありがとう……」

 

 僕はスリッパからリーファの出したロングブーツに履き替え、玄関をあとにした。

 長袖の病衣にロングブーツなんて変な格好だけど、文句は言っていられない。

 

 外に出て背後を振り返ると、三階建ての宿舎がそびえ立っている。僕の部屋は、正面の玄関から見て左側だ。

 

「どうかしたんですか?」

 

 宿舎を仰ぎ見る僕に、リーファが訊ねる。

 ヒールつきのロングブーツに履き替えた彼女は、若干背が伸びたようにも見えた。

 

「あ、いや、大したことじゃないんだけど……ここ、学生寮だよね?」

「はい、そうですね」

「僕、ここの学生じゃないのに住んでていいの?」

 

 宿舎の玄関前で、リーファは僕の質問に一瞬考え込むような素振りを見せた。

 意味深な間を置いて、彼女はまた口を開く。

 

「……すみません、それはあとでお答えします」

「あとで……?」

「今はひとまず、案内がてら軽く歩いて回りましょう。歩けそうですか? 病に……いえ、病み上がりのお兄さん?」

「いま病人って言おうとした?」

「気のせいですよ」

 

 冗談なのかも曖昧なやり取りを交わしつつ、僕達は宿舎を出て左側に歩き始めた。

 一際大きな一本道を進んだ先に見えるのは、不思議な構造をした校舎だった。

 

「あれが第三学園の校舎です。中庭を囲むように、三つ校舎が建ってます」

「おお……」

 

 立派な校舎だ、とまたしても月並みな感想。

 

 西洋の学校らしく、曲線と直線を組み合わせた上品な造りだ。

 正面から見ると分かりづらいけど、リーファの言うように三つの校舎が上から見て「コの字型」に並んでいるのがわかる。

 

「向かって左側が高等部の使う東棟、中央が研究室や実験室……あと学長室がある南棟、右側が初等部と中等部の使う西棟です」

「へぇ……棟ごとに教室もわかれてるんだ」

 

 校舎をひとつずつ指さしながら淡々と説明するリーファは、さながらツアーガイドみたいだ。

 三階建ての校舎を順々に眺めていくと、南棟に一面ガラス張りの部屋があるのに気づく。

 

「あ、もしかして、あの大きな窓があるのが学長室?」

「察しがいいですね。あの大窓は、何代か前の学長が『学園全体を見渡せるように』と設置したそうです。あそこは学校の中では一番眺めがいいんですよ」

「たしかに、いい眺めなんだろうなぁ……」

「生徒はそう簡単には入れませんけどね」

「あはは……」

 

 あのいい景色を独り占めできるのも、学長の特権ってことらしい。

 生徒が学長室に入る理由なんて、悪い方の呼び出しくらいしか思いつかないけど……

 

 休日だからなのか人気のない校舎に近づくリーファの小さな背に、校舎を眺めていた僕はまた質問を投げかけた。

 

「リーファがいつも使ってる校舎は、どの棟?」

「私、ですか? 私はいま研究生なので、使ってるのは南棟くらいですかね……」

 

 彼女がさらっと言ってのけたその文言に、僕は引っかかりを覚えた。

 

「研究生、って……リーファはここの生徒なんだよね?」

「正確に言えば、違います」

 

 リーファの思わぬ返答に、僕は足を停めた。

 ここの生徒じゃない……?

 そもそも彼女の言う『研究生』って一体?

 

「私は昨年度にここの高等部を卒業した卒業生なので、もうここの生徒とは呼べないんですよ」

 

「そ、卒業生!?」

 

 さらなる衝撃に頭がこんがらがる。

 

「ま、待って、リーファって今何歳なの……?」

 

 リーファが高等部を卒業したのが去年だっていうなら、彼女は今、僕より年上!?

 

「む……急に失礼な質問ですね」

 

 拗ねた、というより怒ったような顔のリーファに、僕ははっとする。

 

 たしかに、いきなり女性にする質問じゃなかった。

 というか、今は年上疑惑すらあるのだから尚更失礼だ。

 

「ご、ごめ――いや、すすすみませんでしたっ!!」

「? なんで急に敬語なんです?」

「先輩には敬意を払うべきかと思いまして……」

「何を勘違いしているのかわかりませんけど、私今年で15なので、ユイトさんより年下ですよ?」

「あ、そう、なの……?」

 

 今年で15歳ってことは、僕の一個下。よかった、年上疑惑は晴れた。

 でも、そうなると次は……

 

「あれ、でもそしたら高等部卒業が14歳だから……え、どういうこと? 年齢詐称……?」

「さっきから情緒どうなってるんですか? そんなに混乱することじゃないですって……」

「わからないよ……リーファって一体何者なの?」

「私、そんな変なこと言いましたか? こわいんですけど……」

「わからない……この世界って、なに? 僕の生きる意味って、なに?」

「わかりました一旦頭冷やしましょう」



  ・・・



「どうですか? 少しは冷静になれましたか?」

 

 中庭のベンチで放心状態の僕に、リーファは若干不安げに近づく。

 

 色々考えすぎてしまった僕は、あれから彼女の言う通りバカ真面目に頭を冷やしていた。いま僕の額には、リーファがどこからか持ってきた冷えっ冷えの濡れタオルがぶちまけられている。


 ちなみに超冷たい。

 

「あぶなかった……危うくこの世の真理に到達するところだった」

「そうなったらあなた人間やめてますね。……追加の濡れタオル持ってきたので、かけときますよ」

「つべたい……重い……」

 

 二枚重ね、しかも水分をふんだんに含んだタオルが乗っかった頭はもう、千切れそうなくらい重かった。

 余計体調がおかしくなりそうな僕をよそに、リーファもベンチに腰掛け、何かをもぐもぐ食べ始める。

 

「……さっきの話ですけど」

 

 間をつなぐようにリーファは話し出す。話に置いて行かれそうになった僕はタオルをずり落として向き直った。

 

「年齢詐称の話?」

「そうですけどそうじゃないです」

 

 思考が正常に戻った僕の質問に、リーファは間髪入れずにツッコミを入れた。

 その間も彼女は、手にした麻袋から取り出した何かを口に運んでいる。

 そこはツッコんだほうがいいのだろうか。

 

「さっきユイトさんが言った通り、私は昨年度、14歳で高等部を卒業しました。ですが、本来なら高等部は18歳で卒業するはず。だからそれはおかしいじゃないかどういうことだこの野郎、という話でしたね」

「まったくもってそのとおりです」

 

 なにやら探偵のように推理を始めるリーファ。

 

 冗談っぽいことも言ってる気がするけど、彼女の横顔は表情の変化に乏しいからそこは判定しづらい。正気に戻った僕はただ、実直に彼女の話に耳を傾け続けるだけだった。

 

「実を言うと、簡単なことなんです。私がただ、12歳で高等部に飛び級したというだけで」

 

 至って平然と、口調も変えずにリーファは真実を口にした。

 確かに、普通に考えるとそうなる。


 そのための理屈が見つからなかっただけで、僕も一度はその結論に行き着いた。

 そうか、飛び級……その手があったか。

 

 にしても、現実で言ったら当時の彼女は12歳の高校生ということになる。

 想像できない。

 

「なるほど、完全に理解した」

「死ぬほど嘘くさいですね……」

「つまりリーファは類稀なる天才ってことでしょ」

「そういうことです」

 

 適当にそう返しておきながら、リーファの表情は心做しか自慢げに見えた。

 そこを否定しないのが彼女らしさだったりするのかもしれない。

 

 にしても、僕のいた世界とは基準が違うにしろ、12歳で高校レベルは普通にすごいのでは?

 

「どうしました? もっと褒めてくれてもいいんですよ?」

 

 でも、本人がこう言うのなら褒める気にはなれない。残念ながら。

 よって僕は、濡れたタオル二枚を手に沈黙を決め込んだ。

 

「……」

「……」

 

 束の間の静寂。その間も彼女は何かをもぐもぐしていた。

 

 空を見上げると、陽が傾きかけている。色々あった一日も、もうすぐ終わる。

 

 今日一日、驚きの連続で未だに受け止めきれないことばかりだけど、ここから僕は新しく一歩を踏み出すべきなんだ。今は思い出せないことも、いつかまた僕のもとに戻ってくるはずだ。

 

 僕が前に進めさえすれば、きっと――

 

「…………な、なんですか今の間は。泣きますよ?」

 

 僕が物思いに耽っていると、リーファは静かに怒りだした。

 あの発言から今までしばらく放置された恥ずかしさからか、頬をほんのり赤く染めている。

 

「ごめん、なんの話だっk……」

「うるさいです。これでも食っててください」

 

 急に早口になったリーファは、僕の口に何かを突っ込んで黙らせた。

 これ以上何も喋るなということらしい。

 

「バカなこと言ってないで、そろそろ学園の案内に戻りますよ!」

 

 何かを咥えさせられた僕を置いて、彼女は歩き出した。

 ベンチに置き去りにされた僕は、口にぶっ刺されたそれを手に取って茫然と眺める。

 

「これ……煮干し?」

 

 紛うことなき、煮干し。

 一匹の煮干しと見つめ合いながら、僕はその場に突っ立っていた。

 




煮干しっておいしいですよね(唐突)

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[一言] 更新お疲れさまです。 リーファと仲を深めつつの学校たんけ───煮干し?
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