第50話 異世界ヒキニート
記念すべき第50話…なんですが、何すかこのサブタイトル?
ふざけてるんですか?
…唐突な自虐はさておき、新キャラのお出ましです。
「あの、勝手に人の部屋入らないでもらえます?」
リーファが低めのトーンで注意する。
呆れながら静かにジト目を向けるその姿は、さながら猫の威嚇のようだ。
威嚇としての威圧感は低めだけど。
対して、その威嚇対象さんは呑気にあくびをしながら返答する。
「勝手にじゃないってばー。お邪魔してるよって言ったでしょ?」
「それはお邪魔する前に言ってください」
正論だ。
リーファの目つきが一層鋭さを増した。こわい。
彼女が鋭利な視線を突き立てるその相手は、未だ悠々とソファーに寝そべっている。
肩まで届く艶のある黒髪に深紅色の瞳、そして目を引くオオカミの耳としっぽ。
オオカミの亜人族――法則的には狼人族とでもいうのだろうか――らしい彼女は、その容姿だけを切り取れば『美人』という言葉が似合う女性だった。
でも結果的には、現在の振る舞いがそれを台無しにしているように思える。
(なんなんだ、この人……?)
二人のやりとり様子を傍から見ていた僕は、ひとり困惑するしかなかった。
ソファーに毛布を被って陣取り、テーブルに彼女のものと思しき本を大量に並べる狼の少女。
真っ白な素足を晒して横になる彼女の姿は、多少だらしなくても、僕にとっては色々目のやり場に困る格好だった。というか無防備すぎる。
ついにリーファに追い出されそうになると、彼女は毛布にくるまって丸くなり始めた。
「ヒキニート風情で私の部屋に自由に出入りできると思ったら大間違いですよ」
「はぁ!? 誰がヒキニートだ! ボクは絶対出ていかないからなぁー!」
「もう、この人は……」
なんだろう、失礼だけどものすごくダメ人間の匂いがする。
――狼の亜人族、黒髪赤目、ボクっ娘、ヒキニート(?)。
いま彼女の持ち合わせている属性を列挙してみる。なんて噛み合わせの悪い……
リーファはガチトーンで舌打ちし、諦めた様子でキッチンの方へてくてくと歩いていく。
調理器具を取り出しながら、彼女は表情を変えて僕の方へ振り向いた。
「ユイトさん、おかゆ、今から準備するのでちょっと待っててください」
「ああ、ありがとう……」
釈然としないまま、僕は反応が遅れつつも曖昧に返事をする。
リーファからなんの説明もなかった狼の少女は、毛布にくるまったまま意味深に僕を見つめていた。
「やあ、寝坊助くん」
「ど、どうも……?」
「ずいぶん長い二度寝だったみたいだね」
彼女は人当たりのいい笑みを浮かべ、ソファーの上をぽんぽんと叩く。
彼女に促され、僕はひとまず隣に座った。
「あの、貴方は……?」
「あれ? キミとは初対面だっけ?」
「そうだと思うんですけど……すみません、目覚めてからなんか記憶が曖昧で」
「なるほどね。ま、あれだけ眠ってたら当然かー」
ソファーの上で丸まっていた彼女は、毛布を脱ぎ捨てて会話を仕切り直すように伸びをする。
長袖の上にケープコートを羽織った彼女の上半身が、露わになる。
「じゃあ改めて。ボクはレイチェル・ナイトフォール。
見ての通り無職だよ。よろしくね、寝坊助くん」
「(見ての通り?)はい……よろしくお願いします」
「フフ、そんな畏まんないでよ~」
無職という不名誉な属性までもが、この瞬間彼女に正式に追加されてしまった。
楽しそうにゆらゆらソファーの上で揺れる彼女――レイチェルさん。なぜか『寝坊助くん』というあだ名で定着してしまっている現状にこれでいいのかと思いつつも、僕はあまり深く考えないようにした。
そんな僕達の様子を片目で窺いながら、リーファは調理場で着々と料理の支度を進めている。
「にしても、キミはいいよね〜」
レイチェルさんは唐突に僕を妬むような眼差しを向けてきた。
「え?」
「リーファちゃんの手料理をタダで食べれるなんてさー。ボクからはお金まで巻き上げようとしてくるんだよ?」
レイチェルさんの発言に、調理中だったリーファは猫耳をぴくりとさせて反応する。
僕達の会話を聞きながら料理をしていた彼女は、もう純粋に器用だと思う。
「人聞き悪いこと言わないでください」
「だって本当じゃん」
「あなたが食費を払わないからじゃないですか」
「キミねぇ……無職にそんな金があるとでも?」
(ひ、開き直った……!?)
潔いまでのレイチェルさんの暴論に、僕はもはや感心すると同時に。
彼女のような人になってはいけないのだと、心のどこかで思うのだった。
・・・
「お待たせしましたー」
それからだいたい二十分後。
リーファは完成したおかゆを運んできた。
木のお椀に盛り付けられたそれは、どこからどう見ても卵入りのおかゆだ。
彼女のアレンジなのか鮭っぽいものが入っているけど、普通に美味しそう。
というか、特に何もツッコまなかったけど――
……ヨーロッパ風のこの異世界におかゆがあるって、色々おかしいのでは?
「これ……おかゆっていうか雑炊じゃない?」
横から覗き込んできたレイチェルさんが何気なく横槍を入れる。
いやたしかに見た目はほぼ雑炊かもしれないけど。
というか雑炊があることも色々おかし(ry
「おかゆですが何か」
「いや、これ明らかに卵入りの鮭雑炊でしょ!」
「私がおかゆと言ったらそれはおかゆなんです。なのでユイトさん、安心してください。それはおかゆです」
「……うん」
さっきのレイチェルさんを超える暴論をリーファが提唱したところで、僕は冷めないうちにいただくことにした。よく考えたら、おかゆというチョイス自体彼女が病み上がりの僕を少しは気遣ってのものなんだろう。
……中身は雑炊なのは別問題。無問題。
「いただきます」
木のスプーンで一口分を掬って口に運ぶ。
ちょっとぬるめで丁度いい温度のお米と具材が口の中へ流れこむ。
普通に、おいしい。
全体的に味が薄くなりがちな卵がゆの中で、散りばめられた鮭がいいアクセントになっている。メインとなるお米の食感も、柔らかすぎず硬すぎずの絶妙な具合で仕上がっていて、おかゆとしても食べやすい。これは普通にいける。
「ねぇ、食レポとかないの〜?」
「おかゆに食レポもクソもないですよ」
頑張って脳内で食レポしていた僕に、二人は言外に視線で感想を求めてきた。
「いや、普通に美味しいです……」
言葉にしてから気づく。感想が月並みすぎる。咄嗟に口に出すとどうしても語彙が弱くなる。
そもそもこれって食レポでもないような……。
「へぇ〜。さすがはリーファちゃんの手料理だけあって好評だね」
「まあ、それは……ありがたいことですけど」
控えめにそう呟くリーファをよそに、僕は二人に見つめられながらおかゆを食べ進める。
それにしてもなんで僕はこんなに見られながら食事しているのか。
かといって迷惑とも言いづらいけど。
「あ〜、なんかボクまで食べたくなってきちゃったな」
「言っておきますけど、レイさんの分はないですからね」
「だよねー」
「それと、私このあと用事があるのでこの辺で失礼します」
「ん、いってらっしゃ~い」
自分の部屋なのにリーファは律儀にそう告げて去っていった。
ドアを開けて部屋をあとにする彼女を見送りつつ、僕はおかゆを冷ましながら食べ進める。そして今更レイチェルさんと二人きりになってしまったことに気づき、気不味さに襲われ始める。
……肩を落として落胆していたはずのレイチェルさんの視線は、あろうことか僕の方へ向けられていた。
「一口ちょうだい?」とでも言いたげな目。
おそらく年上の彼女から注がれる物欲しそうな視線の圧力に、不思議と僕は何かを察してしまう。
特に誘惑されているわけでもないのに、僕はその目のくすぐったさに根負けした。
「……一口、食べますか?」
「食べる!! ありがとう!!」
いや即答。「え、いいの?」みたく、初手は遠慮されるものだと思ってた僕の認識が甘かった。
根負けした僕に喜んでしっぽを振るレイチェルさんに、僕は一口分を掬ったスプーンを差し出す。
でも、これは俗に言う『あーん(正式名称不明)』と間接キスのダブルパンチになってしまうのでは、と思った僕は咄嗟にスプーンを引っ込める。
……それでも、レイチェルさんは食いついたけど。
「んー……なんか味うすくない?」
当の彼女は、僕の懸念は微塵も気にすることなくケチまでつけていた。
もしこの一部始終をリーファが見ていたら、今度こそ彼女は部屋から追放されていたと思う。
「おかゆですし、これくらいが普通じゃないですか……?」
「うーん、それもそうか。雑炊を想定してたボクが間違ってたよ……」
「あ、あはは……」
「ま、一口くれてありがとね」
レイチェルさんの感想はともかく、僕はそのままおかゆを食べ尽くした。僕が味を薄く感じなかったのは病み上がりだったからなのかもしれないと思いつつ、一応食器を洗って元の場所に戻しておく。
「ね、その髪邪魔じゃない?」
皿洗いの最中にレイチェルさんに訊ねられ、僕は改めて自分の髪型を確認してみる。
半分白髪になってしまったインパクトが大きすぎたけど、前髪やら後ろ髪やらが伸びきっていた。
もともと長めの髪型だったこともあって、眠っていた間に伸びた分も含めるとやっぱり長い。
「確かに、最近切ってなかったです……」
「もしよかったらボクが切ってあげようか?」
「え、いや……さすがに悪いですよ」
満面の笑みを浮かべるレイチェルさんに、僕はほんの少しだけ不信感を抱く。
いくらなんでも、ほぼ初対面の人に髪を切ってもらうなんて、僕だって……気が引ける。
というか、この人さっき自分で無職って言ってたし……
「遠慮しなくていいって〜。あ、それともボクの腕を疑ってる?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ何も問題ないよ! さ、早くボクの部屋まで行こう!」
彼女に急かされるように背中を押され、おかゆを食べ終わったばかりの僕は否応なしに部屋の外へ連行される。
ここに来てから振り回されてばっかりな僕の拒否権は、彼女の前では塵に等しかった。




