第二部プロローグ 『夢幻』
第二部の導入、プロローグに当たる話です。
プロローグだけ載せて一日空くのも嫌なので、偶数日ですが投稿します。
奇数日更新の法則を自分から破りました。やってやりました。
ただ、雲を見上げていた。
いつからそうしていたかわからないくらい、意識は茫然としている。
まるで僕の身体までもが、雲になって浮かんでいるみたいに。
視界の隅には、葉を生い茂らせた枝が映っている。
寝転がっている僕の頭上で、大木が風に当てられていた。腕に柔らかな草の感触を感じる。
ふと思う。僕は、ここを知っていると。
見渡す限りの大草原と、澄み切った青空。緩やかな丘の上に立つ、巨大な樹。
それを見慣れていることすらも当然のように思えるくらい、幾度となく目にした風景。
でも僕は、ここが『どこ』なのか、現実なのか幻想なのか、そういうことはまったく知らない。
そんなことを考えることも野暮に思えるほど、ここは僕にとっての『当たり前』の一部なんだと思う。
「ここは、どこなんだろう……?」
誰に問うわけでもなく、呟いた。頭がよく回っていないからか、声色もふわっとしている。
当然誰も答えるわけもなく、その問いは自分に返ってくる。そして、僕はまた考える。
「どこ、なんだ……?」
どういうわけか、思考が完結しない。問いばっかりが頭に浮かんでいる。
「ここは……」
頭の中で、疑問が増殖し続ける。白紙にこぼれたインクのように、真っ白だった脳内を埋め尽くす。
やがて、その中に一つ引っかかった疑問を、僕は手繰り寄せた。
「僕は――僕は誰だ?」
気付けば、僕は天に手を伸ばしていた。空振った手のひらが、掴み取る何かを探している。
自己の消失。自分という存在に疑問を感じる。
これが俗に言う、記憶喪失というやつだろうか?
『――いいえ、違います。これは夢です、唯都さん』
頭上で声がした。声の主は、草原に仰向けになる僕を覗きこむ。
艷やかで輝かしい金の髪に、何もかもを見透かすような金の瞳。純白のワンピースに身を包み、頭の上に金色の『輪っか』を浮かべる、完璧で可憐な一人の女の子。彼女の神秘に、僕は言葉を忘れた。
あまりにも綺麗だ。だけど、その一言で済ませてはいけないような気がする。
この神秘を、僕はずっと前から知っている。
でも、思い出せない。彼女の名前が――大事だったはずの人の名前が、どうしても。
容姿も、声も、笑い方も全部、僕の記憶の中にある。そのはずなのに。
その持ち主の名前を、忘れている。
『思い出さなくていいんです。わたしのことは、忘れててください』
文字通り天使のような笑みを、彼女は浮かべていた。
その笑みと口調に諭されてしまったのか、僕は開きかけた口を閉ざした。
思い出そうと必死だった脳内が、また一瞬で空っぽになっていく。
代わりに、どうでもいい疑問を彼女に投げかける。
「ねえ、ここは天国なの?」
違う、彼女にそう言われるのもなんとなくわかっていた。半分は冗談のつもりだった。
「僕は、やっと死んだの?」
無意味な問いを訊ね続けた僕に、彼女はゆっくりと目を閉じて答える。
『だから、死んでませんってば。ここはあなたの夢の中、あなたの見ている幻想です』
「僕の夢の中なのに、なんで、僕の知らない君がここに?」
『ふふっ、さあ? なんででしょうね?』
僕をからかうように、彼女は目を細めて笑った。
そして、空を仰ぐ僕のもとに一歩だけ歩み寄り、しゃがみこむ。
『あなたは生きています。残酷な現実を目の当たりにしても、まだ。唯都さんにはまだ、天国なんて早すぎます』
彼女の白い手、細い指が、僕の額にかかった髪に触れる。
まるで繊細な子供をあやすみたいに優しく、彼女の手は僕の頭を撫でた。
『だから、これからもそうしてください。あなたにはまだ、やるべきことがたくさんあるはずです』
瞼が落ちてくる。意識が遠のいていく。
夢の中の僕が眠りにつく。夢の主が目を閉ざすと、世界はゆっくりと崩壊を始める。
そこでやっと、僕は目を覚ました。
明日より第48話&第五章始まります。




