第1話 アラームは神様の声で
注意:少し前のネットミーム等が含まれます。
眩しい。
何故だか分からないけど、眠っていられない。
瞼を射抜く眩い光が、眠りを妨げていた。
『……おい、起きんか少年』
少年? それって僕のこと?
上から声がするけど、聞き慣れない声だ。
しわがれて掠れたような、年老いた男の人の声。
……ひょっとして、おじいちゃん?
「――おじいちゃん今何時!?」
びっくりして跳ね起きた。覚醒。
いや、よく考えればおじいちゃんはもうとっくに死んでるし……
「誰がじいちゃんじゃ。寝ぼけとるのか?」
声が真横からして振り向く。
もっとびっくりした、やっぱりおじいちゃんじゃなかった。
つるっぱげの後頭部をこちらに向けて、白い装束を着た老人が寝っ転がっている。もちろん僕に面識はない……はず。
その見知らぬおじさんと僕は、大きなちゃぶ台を挟んでいた。寝ぼけ目をこすって辺りを見渡してみると、そこはどこか懐かしい昭和の居間。
畳の敷かれた床、紐の垂れた天井の電球、カバー端がほつれた座布団。
そして背後には、雑多な紋様の描かれた襖。
箱型テレビからお笑い番組が垂れ流されていたその空間は、小さい頃夏に行った、地方に住む祖父母の家を不意に思い起こさせた。ノスタルジックというか、古き良きというか。
「あー、アタマから落っこちて、脳みそがおかしくなったようじゃな」
気だるそうにお尻をかきながら、おじさんはこちらを見ずに呟く。アタマから落っこちた、ていうのは若干引っかかるけど。今はそれは後回しでいい気がした。
……ていうか全然こっち向かないじゃんこの人。
あと、誰?
「あの……どちら様ですか?」
とりあえず、聞くしかない。この変な部屋の手がかりを得るには、この人に訊ねるしかない。そう思うことにする。
「儂か? 儂は神じゃ」
平然と、そう言ってのけやがった。
……………………え?
三点リーダー八個分の沈黙と混乱が漂う。
またダルそうに尻を掻きながら、続ける。
「……っても、そんなすぐには信じないじゃろうな。こんなグーダラジジイが神様なんて信じる奴は、頭沸いとる」
「か、神様なんですか……!?」
「そうじゃ。お主には信じられるか?」
「ちょっと無理です……」
「うむ。お主は正常じゃ」
えっと、チョットイミガワカリマセン。
とりあえず現時点での情報を整理すると、昭和っぽい部屋の隅っこで神様を名乗るおじいさんが寝っ転がってる……ってことでいいのかな? 文字にすると余計わかんないけど。
わけもなく肩が竦む。どうしたものか……。
こめかみを親指で押さえていると、ある考えにたどり着いた。僕がなぜいきなりこんな場所で目覚め、『神様』とこうして話しているのか。
もしかして、ここは……
「あの、ここってもしかして天国ですか?」
「……お主のような勘のいいガキは嫌いじゃよ」
「あ、天国なんですね」
妙な返し方されたのは百歩譲ってひとまずさておき。どうも、ここは天国らしい。
まだ信じられないけど。そうと決まれば、僕も少しずつ思い出してきたかもしれない。
現世で僕は……死んだ。自殺した。飛び降り自殺だった。
何故か?
辛かったから。現実に嫌気が刺していたから。
この先の人生に絶望したから、死んだ。
そうだ、そうだった。で、そのあとは?
そのあとはどうなった?
「そっか、僕死んだんだ……」
その結論に行き着いたとき、こみ上げてきたのは喜びでも悲しみでもなかった。
虚無。圧倒的な虚無感。
現実との別れを果たした自分への、何とも言えないやるせなさ。特に自分の行動を後悔することもなく、肯定するわけでもなく。ただ茫然と、その事実を呑み込むことができた。
でも、少し。
きっちり死に切れたことは、嬉しいかもしれない。
「……」
しばし重たい空気が流れ、神様も空気を読んだのか口を閉ざしていた。僕に背を向けたまま、僕に感傷に浸る時間を与えているような。
……そう、だよね?
「あ、あのー……神様?」
「むぅ? 黙っておれ青二才。儂は今ウ○娘をやっておるのじゃ」
「はぁ……はぁ!?」
神様なんかゲームやってるんだけど?
僕への説明そっちのけでソシャゲやってるんだけど?
どういうこと?
「神様……じゃないですよね貴方?」
「何を言うとるか、儂は神じゃ!」
「ウ○娘やってる人が神様やってていいんですか?」
「神だってウ○娘ぐらいやるわ! 推しの育成よりこの世に大切なものがあるとでもいうのか? 否ッ!! 推しに費やす時間こそが至高なんじゃあっ!!」
「ああ、もうダメだこの人……」
もう頭痛い。頭痛が痛い。
この人にはやっぱり話が通じない。
こんな老人に声荒らげるのもバカバカしくなってきた。
「……もういいです。僕もう帰ります」
ため息が一つ。おもむろに背後の襖を開けたそのとき。目の前に飛び込んできた景色に思わず言葉を失った。
「――!」
青い空間。と、それを埋め尽くす白いもや。
やがてそれが雲だと気づいたとき、その全貌をようやく理解した。
空だ。ここは空の上で、この部屋は空に浮いている。
「本当に、天国?」
喉からそれだけ、言葉がこぼれ落ちた。それ以上の感想が出てこない。
僕の語彙力がないってことも充分有り得るけど。
「おい、その下は地獄じゃぞ」
神様(?)の声に意識が舞い戻される。
振り向くと、神様は寝っ転がっていた体勢から姿勢を正してちゃぶ台の前であぐらをかいていた。糸目がちの目から覗く双眸が、静かに棒立ちの僕を射抜く。
「まあ、座れ。日隅唯都」
……僕の名前だ。
唐突に神様の口から出た自分の名前に、背筋が凍りつく。
じゃあやっぱり、この人は……
「お主の今後について、神である儂から話がある」
真摯に、そして静謐に。
向けられた鋭い眼差しに、その事実が裏付けされる。