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第36話 そして彼は来る

 12階層に足を踏み入れてまず感じたのは、寒気だった。


 それはむしろ『嫌な予感』とも言うべきだったのかもしれない。

 ただ漠然と、何とも言い難い悪寒がした。


「なんか、妙だな……」


 神妙な面持ちで、隣にいたアスタが口を開いた。


「モンスターがいないにしても、静か過ぎる」


 僕達三人が並び立っていたのは、階層の入口。

 階層の分かれ目――入口と出口には結界が張ってあるため、通常モンスターは近寄らない。神が生み出したとも()われるダンジョンの中で、二本の〈境界線(ボーダーライン)〉とその間約三メートルはモンスターからすれば『聖域』なのだ。


 そう、なんだけど。


 アスタの言うように、いくらモンスターが近寄らない区域にしてもこの静けさは奇妙だった。普通なら、階層全体に他のパーティの戦闘音やモンスターの鳴き声が響いていてもおかしくはないはず。


 奇妙で、どこか不気味な静寂。

 今まで感じたことのない類の違和感。


「なんか、不気味……」


 シャルが杖を握った手に力を込める。


「ああ、いくらここがダンジョンっつったってこれは――」


 そこまでアスタが言いかけたそのときだった。

 僕達の目の前に、何かが飛んできた。


「――!?」


 薄暗い闇のなか、それを目視して戦慄した。


 ――死骸。すでに息絶えた〈フェザー・フォグ〉の死骸だった。


「な、なんでこれがここに!?」

「――これはやばい、逃げるぞお前ら!!」


 アスタの判下した判断も時すでに遅く。

〈フェザー・フォグ〉の死体が、()()()()()()


 それに伴って、黒い霧が血飛沫のように飛散する。

 僕らの視界が奪われるのもすぐだった。


「罠だ……仕掛けた奴が近くにいるはずだ、なるべく離れるな!!」


 ただでさえ厄介な、〈フェザー・フォグ〉の『奥の手』。

 仕留め損なって撃墜された〈フェザー・フォグ〉は、死に際に黒い霧を大量に散布する。


 ――自らの生命と引き換えに。


「――きゃっ!?」


 アスタの怒号のあと、シャルのものと思われる悲鳴。

 混濁する意識と視界の中、僕は手探りで二人の姿を追う。


「シャル! まだそこにいるの!? いたら返事して!」

「おい、なんかあったのか!? ――シャル、返事しろ!」


 アスタの声は近くで聴こえる、けどシャルの返事が一向にない。

 濃い霧に包まれ、右も左も分からない僕達は一気にパニックに陥っていた。


「ユイト、まだいるか?」

「いるよ! でもシャルが……っ」


 姿の見えないアスタに向かって叫ぶ。

 あのときから感じていた嫌な予感が、まだ止まない。絶えず茫漠とした不安が襲ってくる。


「チッ、嵌められたっぽいな。探しに行こうにもこの霧だし……」


 霧の止む気配は見られない。ただ、このまま立ち止まっていても埒が明かない……。


「アスタ、手分けして探しに行こう」


 深く考えるよりも早く、僕は思いつきの提案を投げかけていた。


「いや待てよ、こんな状況で俺らまではぐれたら――」

「――シャルが今どんな目に遭ってるかわからないんだよ? なのにここで棒立ちしてるわけにもいかないでしょ!?」


 不安感からか、怒りをこめたような叫びが喉から溢れ出した。

 普段の僕ならきっと、ここで霧が晴れるのを待つだろう。


 でも今はその限りじゃない。

 言い表せない悪い予感に駆られ、生き急ぐような真似を選んでいた。


 これも多分、二人とのこれまでの日々のせいだ。


 ようやく手にした僕だけの仲間、日常、居場所。

 もう絶対に失いたくない。手放したくない。


「……そうだな。悪い、俺もどうかしてた」


 しばらくの間躊躇を見せたあと、アスタの自嘲気味な声が聴こえてきた。


「階層の外までは行ってないはずだ。もし見つけたらすぐ呼んでくれ」

「アスタ……うん、了解」


 駆け出した彼の靴音を聞いて、僕も地面を蹴った。

 行き先はおろか、一寸先さえ見ることができない深い霧。


 それでも、たとえ闇雲にでも進み続ける。霧の作用であまり身体の自由は効かないけれど、必死に動き続けた。


 壁に打ち当たっては方向を変え、がむしゃらに迷宮を疾走する。

 体力と喉の続く限り、彼女の名前を呼びながら。


「シャル! 返事して!」


 お願いです、神様。


「ねぇ、どこにいるの!?」


 できることなら、この先ずっと。


「シャル!」


 僕の大事なものを、奪わないでください。



「――ユイトくん!」



 無意識に振り向いていた。探し求めていた、彼女の声。彼女の返事。


 僕の叫びが、届いたんだ。

 なりふり構わず、声のした方へ急いだ。

 そしてすぐさま、足を止めた。





『よう、やっと来たな。――()()()()()よぉ?』





 たしかにシャルはそこにいた。

 けどその周りには、見覚えのある男達の顔が並んでいた。


「ユイトくん、ごめん……私……」


 両手首を後ろで縛られたシャルが、伏し目がちに呟く。

 シャルを捕らえていたのは、この間ステーキ屋で見かけた盗賊たちだった。


「……んで、なんでこんなことを!!」


 拳を握りしめた僕の問いに、大柄の男がにやりと嘲笑って答える。

 その腕にはやはり、赤のバンダナが巻かれていた。


「なんでって、そりゃ人質にするために決まってんだろ? なんたって俺らは盗賊なんだからよぉ!」


 大柄の男の一声で、一同が笑い出した。紛れもなく、笑い声は僕を(あざけ)っていた。


 また、これだ。


 僕が目先の幸せを掴み取ろうとした途端、それを邪魔する奴らが現れる。

 何かを信じて前進してきた僕は、またここで嘲笑われて否定される。


 そんな僕の不運に、今回はシャルまで巻き込んでしまった。これも全部僕のせいだ。

 僕の無力で、周りの人が害を被る。


「……っ!」


 右手の爪が掌に突き刺さる。その間も男達は笑い続けていた。


 悔しい。でもそう思うだけじゃどうにもならない。

 僕の手で、自分の手でなんとかしないと。


「お願い、します……」

「あぁ?」

「シャルを……その子を放してください! 責任なら僕が取りますから、お願いします!」


 笑い声が止まった。僕は彼らに頭を下げていた。

 これしかない。今の僕には、これしか。


「ハハッ、ハハハハハハ!! 聞いたかお前ら、こいつが責任取るってよぉ!!」

「ガキのくせに、下げる頭だけはいっちょ前に持ってやがったッ!!」


 笑えばいい。笑われればいい。

 それで解決するなら、僕は耐えられる。


「で、責任取るって話だったな?」


 頭を下げる僕に、大柄の男はゆっくりと歩み寄る。

 その手には幅広の刃の(なた)が握られていた。


 正直、恐怖しかなかった。相手は盗賊だ。何をしでかすか分かったもんじゃない。


「そうだなぁ……金は全部奪ってくとして、ついでにその高そうな服と装備も貰ってくとするか!」

「――っ!?」

「おいおい、そんなカオすんなよ。もう一人の赤いガキも呼んで、二人仲良く素っ裸で歩きゃいいじゃねぇかよ! この嬢ちゃんと一緒になぁ!」


 男の歪んだ笑顔が間近に迫る。僕は視線を背けることもできず、無言で立ち竦むだけだった。


「ほら脱げよ! あの嬢ちゃん返してほしいんだろ!?」


 男の威圧的な声が耳元で響く。

 周囲を取り囲む盗賊の男たちがにやにやと無遠慮な視線を向けてくる。状況は最悪だ。


「おいお前……ずっと突っ立ってナメてんのか?」


 うるさい。黙れよ。

 そもそも、なんで僕はこんな奴らの指示を聞かないといけないんだ?


 相手は盗賊だ。探索者じゃない。

 これは理不尽以外の何物でもない。

 だったら、僕が刃を握っちゃいけない理由はどこにもないはずだ。


 そう気づいたときには、僕の手は腰のマチェットに伸びていた。


「――ユイトくん、駄目!!」

「へ、へぇ、()る気か? いいぜ……丁度ぶん殴る相手に飢えてたところだ!!」


 鉈を投げ捨てた男は豪腕を振りかぶる。

 一方の僕は、マチェットに添えた手を振り抜けずにいた。


 拳が眼前まで迫り来る――。


『殴り合いか? おもしれー、俺も混ぜろよ』


 拳が、寸前で止まる。

 赤髪の彼は、颯爽と現れた。


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