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第34話 手にしていた幸せ(後編)

冒頭で出てくる『夢遊病』(夜驚症またはパラソムニア)というのは、睡眠中に意識のないまま歩き回ってしまう状態だそうです。僕も元々はとある作家さんの小説で知った言葉なのですが、響きが神秘的で好きなので入れてみました。


身近にいたらちょっと怖いですが。

「シャル……?」


 寝ぼけ眼を擦って、部屋を見渡す。アスタの寝息だけが響く暗い部屋を、僕は少し徘徊する。

 すると、部屋の窓の外、ベランダのテーブルセットにシャルは腰掛けていた。


 彼女の色素の薄い灰色の髪が、夜風になびいている。


 たった一人、月明かりの下に佇むシャルの横顔はどこか夢遊病者めいたところがあって、どうしようもなく神秘的なのに近寄り難いように思えた。だから僕も目が合うまで、彼女に話しかけようとはしなかった。


「あれ、起こしちゃった?」

「ううん……僕が勝手に起きただけ」

「そっか。……こっち、来てみる?」


 そうするよ、とだけ僕はいった。


 覚束ない足取りでベランダに向かうと、そこからはアーディアの街並みが一望できた。街灯が照らす道には人通りはほとんどなく、風の音や鳥の声以外に耳に届くものはない。僕たち以外の人間が皆いなくなってしまったような、そんな感じがした。


「私たち以外、誰もいないみたいだね」


 僕が思っていたことを、シャルは言い当てた。


「アスタはすぐそこにいるけどね」

「そうだけどさぁ……なんか、ロマンチックでしょ?」

「そうかな?」

「そうだよ。ユイトくんって、意外とロマンがわからない人だったりする?」

「しないよ。多分だけど」


 奇しくもさっきの会話のデジャブになっていることに気づいた僕とシャルは、声量を絞って笑いあった。

 

 それからなんの変哲もないテーブルセットで向かい合って、お互い視線は外の景色に向けた。そんな時間が、しばらく続いた。


 あまりにも物音がしないから、シャルのいったことが本当になったんじゃないかと思うくらいだった。


「ねぇ、何も()かなくていいの?」


 しばらくの間を置いて、シャルが口を開いた。その曖昧な言い方に、僕は質問で返していた。


「何もって、何を?」

「それは……ほら、あるでしょ」

「例えば?」

「……『好きな人いるの?』とか」

「え……聞いてほしかったの?」

「ち、違うよ! でも、こういう雰囲気なんだからそういうのもあっていいかなって……」


 シャルが急にそんなことを言うもんだから、僕も内心動揺した。彼女はそういうキャラじゃないとばかり思っていたのかもしれない。それとも、彼女はもしかすると深夜テンションなのか。


「つまり、シャルは雰囲気を大事にしたい人なわけか」

「……ロマンチストって言って」


 それはごもっともだ。

 さて、ああ言われたはいいものの、なんて訊けば彼女は満足するだろう。

 こういうとき、女子に対する当たり障りのない質問って、具合的になんだろう?


(眠くて頭が回らない……)


 比較的僕はそういうことに敏感なわけでもなかったから、余計に悩む。

 だから気の利いた質問ではないけれど、思いついたことを僕は口にしていた。


「――学校でのシャルって、どんな人?」


 少し頬が赤らんでいたシャルが、拍子抜けしたように声を漏らした。


「ぇ……そんなことでいいの?」

「そんなことってなにさ……ちゃんと僕が気になったことだよ」

「嘘でしょ……? ユイトくんってほんとに男の子?」

「シャルこそ、そんなキャラだったけ?」


 シャルがどんな質問を期待していたのか、僕にはもうわからなかった。やっぱり女子って難しい。

 それはそうと。シャルは不満そうな顔をやめて、ぽつぽつと話し始める。




「――私ね、学校に居場所がないんだ」




 その一言目を聞いたとき、僕は胸に穴が空いたような感じがした。

 同時に、僕は思ったよりも致命的なミスを犯してしまったのだと気づいた。


 それでも、シャルは薄い微笑みで話し続ける。


「私の通う第一学園って、ユイトくんも知ってる通り、優秀な魔道士(キャスター)が沢山いるの。中には、アーディアでも上位に入っちゃう人もいるくらい。……でも私は、お察しの通り、その中でも下の下なんだ」


 自嘲的に語るシャルを見て、僕はとっさに謝ろうとした。でも、やめた。

 シャルが本当に言いたいのは、シャルの本心はまだ、ここからだと思ったからだ。


「仲良くしてくれる友達はいるよ。皆ほんとにいい人だから、私もそれに甘えちゃうんだ」

「それは……よかったね」


「うん。でもね、時々、私は実は皆から見下されてるんじゃないか、って思うこともあって。私の思い過ごしかもしれないんだけど、なんとなくそう考えちゃうんだ。出来損ないの私にも仲良くしてくれる皆は、ほんとは心のなかでは私をけなしてて、私と対等でいてくれる人なんて一人もいないんじゃないかって。……ほんと、失礼だよね。こんなこと思ってるなんて」


「そんなこと、ないよ。誰だってそれくらい考えるし、そこまで自分を卑下するような言い方は……」


 うまく言語化できない気持ちが、胸の中で詰まっている。彼女を形だけでも励まそうとしている自分と、共感して寄り添ってあげようとする自分がぶつかり合って、気の利いた言葉は一向に出てこない。


 けれど、言い淀む僕を見たシャルは、俯きがちだった表情を一変させた。


「けどね。だからこそ、私は今この三人で過ごす時間が好きなんだ」


 蒼色のシャルの瞳に、確かに光が差した。


「思い切って学校外でパーティ組んでみたらね、二人の役に立ててるって思える瞬間が、最近は沢山あったんだ。もちろん頼りない感じではあるけどさ、ユイトくんもアスタくんも、私を必要としてくれて――私と対等でいてくれて、すごく、嬉しい」

「それは……僕もだよ」

「そうなの?」


 僕は強く頷いた。シャルの今の言葉が、僕の言いたかった気持ちを代弁してくれた気がして。


「これまで僕は一人で戦ってきたけど……今は二人がいてくれるから、二人の役に立とうと思えるから、頑張らなきゃって思ったんだ。生きててよかったって、初めて思えたんだ。……まあ、大袈裟かもしれないけど」

「ううん、大袈裟じゃないよ。きっと。私もそうだから」


 儚げだったシャルの笑顔の魅力に、僕はその時初めて気づいた。同時に、その笑顔が自分に向けられているその現実が、僕はどうしようもなく嬉しかったんだと思う。


「なんか似てるね、私たちって」


 淡い月明かりの下、僕たちはまた笑いあった。


 そしてふと、このままでいい、と僕は思った。


 このままの関係性、このままの距離感で、これからも二人と過ごしていきたい。

 今この状態から何も足さず、何も引かず、プラマイゼロの毎日を僕は愛したい。


 そんな叶うはずのない願いを、夜空に舞った一筋の光に僕は願った。



真夜中のアオハル。明かされる二人のクソデカ感情。爆睡するアスタ。


三人の青春は、果たしてこのままでいいのか!?

……次回より、第四章です。

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