第33話 手にしていた幸せ(前編)
実質お泊り回ですが、健全です。むしろ健全すぎる三人のお話。
ステーキ店を出てから、数時間後のこと。
僕たち三人はなぜか、とある宿の大部屋にいた。
「すっげー! こんなふかふかなベッドはじめてだぜー!」
部屋に入ってすぐ、アスタが豪快にベッドインした。
確かにこの部屋は、この町でも高級の部類に入る宿の、それも大部屋だ。
それなりに豪華でないと割に合わない。
あっさりベッドに喰われたアスタを眺めながら、僕はシャルの横で突っ立っていた。
実を言えばついさっき、ステーキ店での会計でアスタの所持金が底を尽きたために、今こうなっている。「今夜泊まるにも金がないんだよな……」と割と真面目なトーンでアスタは言っていた。
そこでシャルが提案したのが、思い切ってもう三人で同じ宿に泊まろう、というもの。確かに、奢らされた僕達にも責任が少なからずあるのはわかる。アスタの金欠の原因は半分僕たちみたいなもんだ。
……でも、一つだけ僕は反論したい。
――男女が同じ部屋で一夜を明かすなんて、どう考えてもやばい!
(いや、なんでほんと三人一緒の部屋にしたんだ!?)
部屋を決める段階で、三人バラバラの部屋にするとか男女で分けるとか、選択肢は色々あった。
なのに、だ。
「全員で一部屋に泊まった方が安くね?」というアスタの発言により、めでたくこうなった。
なんで僕は、あの段階でもっと反論しなかったのだろう。
「思ったより広い部屋だね〜、ユイトくん」
後悔に暮れる僕に、シャルは純粋な笑顔を向けている。
今思えば、肝心のシャルは大部屋で泊まることに一ミリも反対していなかった。
だから僕も、「シャルがいいならいっか」で済ませてしまったわけなんだけど。
なんというか、警戒心がなさすぎて逆に僕が心配になる。
ピュアというか穢れを知らないというか。シャルの純粋さには、僕も変な目線から不安を煽られる。
それとも、その純粋さの裏には押し殺した気持ちがあったりするのだろうか……
「ユイトくん、どうかした?」
「えっ? ああ、なんでもない……」
邪な思考に走っていた僕を、シャルが連れ戻す。
シャルがこう言っている以上、余計なことを考えるのはやめよう。
「すっげぇ……わたあめみたいだ……」
僕らのことはお構いなしに、アスタは新感覚のベッドに包み込まれている。男女同部屋なんてこれっぽっちも気にしていない様子だ。
そして入室から数分で、アスタは眠りについた。
いくらアスタといえど、ベッドの魔力には勝てなかったみたいだ。
ひとまず僕とシャルもベッドに腰掛けてみる。思ったよりふかふか度合いが高い。
「……もうこんな時間だし、僕たちも寝る?」
「うん、そうしよっか」
備え付けの魔石灯を消し、部屋は闇に包まれた。僕たちもそれぞれベッドに入り、横になる。
右隣のベッドにはシャルがいて、左隣にはアスタがいる。なんだかこうしてみると不思議な感覚だ。
僕も二人といると気を許してしまうものだけど、出会って数日でまさかこうなるとは思っても見なかった。まあそれだけ、今の日々が充実しているってことなんだろうけど。
なんとなく落ち着かない僕は、天井のシミをじっと見つめてみる。
人は三つ点があると顔に見えてしまう、みたいな現象をふと思い出した。シミクラ現象?
シミが三つ見つかる前に寝なければ。
「――ねぇ、ユイトくん……起きてる?」
割と近いところからささやき声がして、本気で焦った。
部屋は広いけれど、ベッドとベッドの間は見たところ三十センチぐらいしかない。
振り向けばシャルがすぐそこにいて、なんとも言えない気持ちになる。
「起きてるよ。なんか、寝れる気がしない」
「だよね。こういうのってなんか、修学旅行みたいでさ、寝るのがもったいないって感じがする」
シャルの言っていることに、僕は思わずうなずいていた。
修学旅行の夜、早く寝付いてしまうやつなんてそうそういない。
大体は皆と話すのが楽しくて、布団に入ったあとも数時間は話し込んでしまうものだ。あの独特の雰囲気は中々人生でも味わえるもんじゃない。
それでも、今こうして目が覚めてしまうのは、また別の理由なんだろう。
「ユイトくん、私ね、さっきのステーキの味まだ残ってるんだ」
「僕もだよ。あんなの中々食べられるもんじゃないし」
「そうだね。はぁ……いつか、毎食あそこのステーキ食べられるくらいお金持ちになれたらなぁ」
「毎食ステーキは飽きるんじゃない?」
「飽きないよ。だってあんなに美味しいんだよ?」
「……シャルって、意外と食いしん坊だったりする?」
「えっ、しないよ! 多分、だけど……」
とりとめの無い会話を、僕たちは小声で続けた。ほんとはアスタも交えて色々話したかったけど、あいにく寝息まで立てて眠ってるから起こすわけにもいかない。
それにしても、さっきまであれだけ色々心配していた割には、僕は自然体でシャルと話していた。会話の内容自体は何でもないようなことばかりだったけど、時間を忘れるくらいには楽しかったんだろう。
自分は今幸せなんだな、そう漠然と思った。
自分でも気づかないうちに、僕は幸せで充実した日々を、仲間を手にしていたんだ。
きっと、この世界に来る前の僕からしたら羨ましいくらいの充足感が、この日々には満ちている。
生きていてよかった、そんな月並みで大げさな言葉が、今なら言える気がした。
「んん……」
話すのに夢中になっていた僕は、いつの間にか眠っていた。
耳元でした物音で目を覚ました僕は、左右のベッドにそれぞれ目を向けた。
左隣では、相変わらずアスタが気持ちよさそうに熟睡している。
右隣のベッドには、シャルはいなかった。
このへんの話はなんかまとめると文字数多すぎたので、前後編に分けてます。
中々展開進まなくてすみません…




