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第32話 探索者でもステーキが食べたい!(後編)

続・ステーキ回。

「――ああ!? 酒がもうねえってどういうことだ!!」


 怒声のした厨房を見ると、木製のジョッキを手にした大男が厨房に身を乗り出していた。

 だいぶ酒が回っているのか、その頬は赤く興奮気味に見える。


 見た人全員から即座に、『迷惑客』というレッテルを貼られそうな振る舞いだ。

 だが、彼に応対する店員さんの態度は落ち着いていた。


「もう何度も言いましたけど、そのお酒の在庫はもうないんですよ。諦めてくださると助かります」


 後ろで結んだ黒髪に、糸目がちな目。一見気の弱そうな青年が、厨房の前に立っていた。


 物腰は柔らかく、どことなく関西弁っぽい和風な感じのする訛りの話し方だ。

 さっきの猫耳の店員さんに注意していたのも、おそらくあの人だった気がする。


「助かりますだと? ふざけんな! 俺はまだ二本しか飲んでねぇんだぞ! 探せばまだいくらでもあるはずだろ!!」

「……お客さん、無いものは無いんですよ。そう言われても困ります」


 滅茶苦茶なクレームを押し付けてくる大男に、店員さんは半ば溜め息をつきながら答える。

 怒鳴りつけるような男の声に、店の雰囲気も次第に悪くなっていくのがわかった。


「可哀想だね、あの店員さん……」

「だな。一発殴りに行ってくるか?」


 しびれを切らしたアスタを、僕は必死で引き止める。面倒事に首を突っ込むのだけは御免だ。


「それとなあ、俺はお前のその態度も気に入らねぇ。こっちがこんだけ困ってるっつーのに、澄ました顔しやがって!」

「それはすんません、こういう顔なもんで。謝罪の言葉のご注文ならいくらでも承りますけど」

「そんなもんいらねぇよ! おちょくりやがって、この――」


 怒りをエスカレートさせた大男が、店員さんの顔に向かって拳をあげた。

 大きな物音に僕たちや他のお客さんも振り返り、店内は一瞬静まり返った。


「――いやいやお客さん、いきなり手ぇ出されちゃ困りますよ」


 でも気づいたら、気弱そうだった店員さんがその雰囲気を一転、大男の拳を片手で受け止めていた。大男は驚いて目を見開き、はっと我に返ったように青年の顔を見る。


「な、なんだてめぇ……っ」

「うちは喧嘩の注文は受け付けてないもんで。この拳をここで振るわれたら困ります。……なので、ここで使い物にならなくしても……ええですよね?」

「わ、わかったから離せっ!?」


 男は情けない声で叫ぶ。店員さんがどんな力の入れ方をしたのかわからないけど、明らかに大男の方が怯んでいたのは確かだ。店員さんは静かに拳から手を離すと、男に向かって柔和な口調でこういった。


「うちはこれでも商売なもんで、お客さんの気持ちに添えないこともあります。ですから、そんときは納得いかんくても引き下がってくれると、こっちも助かります。大人らしく、拳は出さずに、ね?」


 最後にふんわりした微笑みを湛えて、店員さんは糸目がちだった目を見開いた。

 彼の様子に怯んだ大男は舌打ちをすると、機嫌が悪そうに立ち去っていった。


「はっ、相変わらず血気盛んなこっちゃなぁ」


 厨房に戻る前に、彼がそう言い残したのを僕は聞き逃さなかった。





「意外と頼りになる店員さんだったね」


 それから店に喧騒が戻って、数分後。ステーキを頬張るシャルが話を切り出した。


「人は見かけによらないもんだね」

「ユイトが言えたことじゃないけどな……」

「そう?」


 褒めてるのか、はたまたけなしてるのか微妙なライン。


「でもまあ、あの兄ちゃんもよく喧嘩沙汰にならずに収めたよな。相手は盗賊だったってのに」

「えっ、盗賊?」


 盗賊、という物騒なワードが出て僕は無意識に訊き返していた。


「ああ、あの男が着けてた赤のバンダナ、《反逆教会(リベリオン)》の手下のマークだからな。酒に酔いすぎて外し忘れてんだろ」


 リベ、リオン……?

 知らないワードが出てきて途端に焦り始める。それもアーディアの常識だったりするのか。


「アスタ、《リベリオン》って何?」

「ん、それはだな……あれだ……反逆してんだよ、なんか」


 あ、これは雰囲気的にアスタも知らない感じだ。

 ギリギリまで勿体ぶった挙げ句、アスタはシャルに視線を送る。


「シャルなら知ってるよな?」

「ふぇっ!?」


 一人優雅にステーキを切り分けていたシャルに唐突に話題が振られる。


 肩を跳ね上げて驚く姿は可哀想(かわいい)

 僕達の中で唯一の学生だからその知識を借りようというアスタの判断なんだろう。多分きっと。


 少し間を置いて、シャルが手探りで話し始める。


「えーっと、《反逆教会(リベリオン)》っていうのはね、大雑把に言うと、ダンジョンで悪いことをしてる人達のこと。でも、みんなの認識としては本当にそれくらいで、名前だけが勝手に広まってる感じかな……」

「そうなんだ……」

「さすがシャル大先生。見識が深い」


 参考になるやらならぬやら。名前以上のことは誰も分かってない状態らしい。


「まぁ、今は情報が少なすぎるわな。ほぼほぼ都市伝説だし」


 一足早くステーキを完食したアスタが、気だるげに椅子を揺らして言う。

 名前以上のことが何もわかっていないなら、それ以上知るもなにもない。

 

 とりあえず僕も、ステーキの残り一切れを口に運ぶ。


「……あ、そういや〈天災〉もアイツらの仕業とか言ってたな」

「天災……」


 またもや物騒なワードの登場。

 頭がいい方の天才じゃないことと、なんとなくヤバそうなのはわかる。それ以上はわかんない。


「天の災いって文字通り、ダンジョンを創った神様が起こす災害みたいなもんだって信じられてんだと」

「最近だと、20階層の大崩落とかだね」


 そうシャルが補足したものの、僕の中で一つ引っ掛かる部分があった。


「階層の崩落って……災害(それ)をリベリオンの人達がわざと起こしてるってこと?」

「話に聞いた限りじゃ、そうなるな。だから実質『人災』とも言われてる」

「人災、か……」


 《反逆教会(リベリオン)》に、〈天災〉 。

 彼らは一体どんな目的でそんな悪事を働いているのだろう。

 この街に来たばかりの僕にとって、まだまだ知らなきゃいけないことは多そうだ。


「さて、と。全員食い終わったことだし、そろそろお勘定をっと……」


 僕とシャルも食事を終えたタイミングで、僕達三人は席を立った。


「はぁ〜、ステーキ美味しかった……」

「ゴチになります、先輩」

「ははっ、どんと任せろ」

「また三人で来れたらいいね〜」

「…………それは俺が奢る前提じゃないんだよな?」




 会計にて。


「はぁ〜い、三人で合計――――エルドね」

「ひぇええええええ……金額を耳が受け付けねぇ」

「あらもうお兄さんったら太っ腹ねぇ〜、その歳で奢りなんて」

「ど、どもッス……」

「特別にちょっとオマケしちゃおうかしら」

「ダイジョブッス……」

 

((アスタなんかかわいそう……))


 

 

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