第31話 探索者でもステーキが食べたい!(前編)
半分ネタに振ったステーキ回です。おあがりよ!
「あのさ……一ついいか?」
客で賑わう店内、アスタは改まった調子で言う。
僕はテーブルでメニュー表を眺めながら耳を傾けた。
「ん、どうしたのアスタ」
「いや、注文してから言うのもアレなんだけどさ……」
パタン、とアスタがそっとメニュー表を閉じる。そして叫んだ。
「なんか全部すっげぇ高いんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
うん、そう言うと思った。
事の発端は、遡ること数時間前。
ダンジョン探索を終えた僕ら一行は、ギルドに立ち寄ったあとでシャルが行きたいと言っていたとある料理屋に入店していた。
それがここ、ステーキ屋『Ryo-Ran』だ。
なんでもシャルの通う第1学園でも噂になるほどの評判があるらしく、グルメ通の間でも有名なんだとか(シャル談)。
店内はよく見かける『酒場』よりはお洒落目な雰囲気だけど、時間が時間なのか今はお酒で盛り上がっている人も多い。繁盛しているのは間違いなさそうだ。
でも、ステーキ店――それも「高級」と銘打たれることもある――とあっては、料理の値段も半端じゃない。
ソロ時代の僕の一日の稼ぎが一瞬で消し飛ぶような数字が、当然のごとくメニューに張り付いている。
ここで奢らされるアスタには、もうまったくもってご愁傷さまとしか言いようがない。
南無三!
「ごめんね、アスタくん……こういうところは誰かの奢りでしか来たくなかったから……」
「かわいい顔してエグいこと言うなよぉ……」
シャルの台詞が人間の真理を突き過ぎてて怖い。ここは僕も適当にフォローしないと。
「ま、まぁ味の方は間違いなさそうだし……滅多に来れないだろうしさ」
「味はともかくだけどさぁ……ここ、店として大丈夫なのか?」
「店としてって……なんで?」
「だってさ、見てみろよあれ」
大袈裟に訝しげな目をするアスタが顔を向けた先に、僕も視線を合わせた。
すると、そこに居たのは……
『あら~、いらっしゃいお客様~! ンフ♡』
にこやかにお客さんを迎え入れる美人のお姉さん……ではなく。
ガチムチ褐色肌のおじさん。
「店主オネエだぞ……?」
「…………」
そう言われるとなんとも。
入店したときから気になってはいたけど、厨房に立つ店主らしきあの人は、どっからどう見ても化粧の濃いおじさんだった。異世界にあんなわかりやすいオネエがいてなるものか。僕は認めない。
「……で、でもよく言うでしょ? 『女は愛嬌、男は度胸、オカマは最強』って」
そこへブチ込まれるシャルの下手すぎるフォロー。異世界でそんな文言を聞くことになるとは。
「え、普通に初耳なのは俺だけなのか?」
「あれ、そう? ユイトくんは聞いたことあるよね?」
「うん、あるよ(適当)」
「ほら、アーディアじゃ常識なんだよ」
「そんな常識があってたまるか」
丸テーブルの上でそんな茶番が繰り広げられる中。
カウンター席の奥の厨房から、淡緑色の髪に猫耳の亜人族の女の子がお盆の上に料理を載せて歩いてくるのが見えた。多分僕たちの注文したステーキだろう。
(今日は猫耳の子によく会うなぁ……)
存在自体決して珍しいわけではないんだろうけど、あんまり頻繁には見かけない気がする。
だからこういう日はなんとなく勝手にラッキーだと思っている。勝手すぎるけども。
なんて思ってるうちに、給仕服姿の少女が熱々のステーキを持ってやって来た。
「お待たせしました、サイコロステーキ二〇〇グラムです」
「あ、それ俺っす」アスタがぴっと手を挙げる。
「鉄板お熱くなっていますのでご注意――あっ、わぁっ!?」
そこで何故か、女の子が転んだ。その場で。
手放されたステーキが鉄板ごと勢いのまま宙を舞う。
「――っ、させるかぁああああっ!!」
いち早く反応したアスタが立ち上がり、空中、それも素手でダイナミックにそれをキャッチする。
そしてその勢いで、後ろ向きに近くの壁に衝突。この間0.5秒。
僕が気付いたときには、アスタは壁で灰になっていた。
「え、アスタ!?」
「も、もももも申し訳ありませんお客様ぁっ!!」
全てを犠牲にした咄嗟の行動に出たアスタに、元凶の猫耳の女の子は必死にペコペコ謝る。
一方のアスタは、両手で抱えた鉄板を手に爽やかな笑顔で返した。
「はは……大丈夫っすよ……ステーキはね」
アスタの言うようにステーキは無事だったけど、アスタが無事じゃない。大惨事だ。
『おい、見たかあの赤髪のガキ……』
『ミントちゃんの投下した爆弾を受け止めただと……!?』
『ありえねぇ、ミントちゃんのドジを身をもって帳消しにしやがった……』
『こいつは痺れたな、勇者……いや、英雄!!』
すると、周りのお客さんも不思議とざわつき出していた。
さらに注目を集めたアスタに、店内で賞賛の拍手が巻き起こる。
当のアスタは、満更でもないような表情で頭をかく。
(なんだこれ……)
これが、本物の異世界ノリってところなのか。いくらなんでもカオスすぎる。
でも僕は、普通に感動していた。
「ほ、本当に申し訳ありませんお客様! お怪我はございませんかっ!?」
「なに、ステーキを守るのが俺の仕事っすから……かはっ」
「代償が大きすぎるでしょ……」
・・・
なにはともあれ。
全員分のステーキが何事もなく届いたあとで、僕達はやっとのことで夕食にありつくことができた。さっきすっ転んだアスタも、今は大人しくサイコロステーキをフォークでぶっ刺している。
幸い、僕とシャルの分は飛んでいかなかった。よかった。本当によかった。
「美味しい……」
そして肝心のステーキの味は上々だった。値段に保証された味というかなんというか。
自分の思う高級ステーキの味にピッタリハマっている。
「あー、これは体張った甲斐があったわ」
肉汁溢れるサイコロステーキを口に運びながら、アスタは呟く。
彼の身を挺してまで自分の食料を守ることができる精神は、僕には到底真似できない。
ちなみにさっきの猫耳の店員さんは、先輩らしい関西弁の人に「ミントチャンも気をつけなあかんで〜」と軽く注意されていた。他の店員さんとお客さんの反応を見る限り、あれは恒例行事みたくなっているようだった。
失敗を許し合える職場はいいとは思うけど、お客さん側からみてそれはどうなんだろうか……
「……ところで、アスタくんは平気なの? 鉄板とか直に掴んでたけど……」
シャルの問いはごもっともだ。一切の躊躇なく投げ出されたステーキを受け止めにいったアスタの手は、あのとき明らかに鉄板を掴んでいた。
皿ごと吹っ飛んでるのに何故か無事なステーキについては……あえて言及しないけど。
「? 俺は〈鎧の紋章〉だから大丈夫だぞ?」
「そういう問題じゃないと思う……」
「さすがは奢らされる側の男、面構えが違うね」
「へへっ、まあな」
おだてられて得意げに鼻の下を人差し指で擦るアスタは、まるでジャ○プの主人公みたいな少年味にあふれていた。鼻か頬に絆創膏でも貼ればあとは完璧だ。
「お前らもよく味わって食えよ~?」
「「はーい」」
自分でそう返事しておきながら、ここは幼稚園か、と心の中でツッコミを入れてしまう。
やはりアスタの兄貴感――いや、『父親感』は否めない。パーティでの歳上ポジは偉大だ。
そうして、僕が極厚ステーキの右半分にナイフを入れようとしたときだった。
「――ああ!? 酒がもうねえってどういうことだ!!」
厨房の方から、怒声がきこえてきた。