第30話 僕の居場所
現在、ダンジョン12階層。
僕、日隅唯都は現在進行系で絶体絶命です。
「ハハ、やっば……」
隣でアスタが乾ききった笑い声を上げる。
いつもの三人パーティ(結成二日目)で並び立った僕らの前に、予想を上回る数のモンスターが立ち塞がっていた。棍棒を手に群がるゴブリン、上で飛び回っているなんか黒い鳥、デカめのカマキリ、その他大勢。
「あれ、ここ12階層だよね……?」
「そのはず、だけど……あ、あれ、アスタ?」
「……道ミスったわ、これ」
「「え」」
アスタ、痛恨のミス。
どう間違えたらこんな分かりやすい溜まり場に遭遇するのかまったくわからないけど、12階層にしてはわりかし敵が多い……
というか多い。多すぎる(!
「リーダー、これどうする?」
「俺リーダーだっけ? ……まあそこはいいとして」
深呼吸で気持ちを切り替えたアスタは、銀の手甲を装備した右手を左の掌に打ち付けて。
威勢よく発破を掛けた。
「――よし、とりあえずなんとかするぞ!!」
そのまま敵陣に突っ込んでいったアスタの背中を、僕はあとから追う。
こういうとき、あえて撤退せずに自ら切り込み隊長として後続の僕達を引っ張っていくのがアスタなのだ。
「背中は預けた」とでも言っているかのように、言葉少なにチームの攻めに勢いをつける。
思わず頼りたくなるような背中をアスタは持っている。
ゴブリンを蹴り飛ばし、カマキリのモンスター〈ソードマンティス〉にも勇猛果敢に一対一を挑むアスタ。
水魔法で彼の進路を塞ぐ雑魚を一掃しながら、天井付近を飛ぶ鳥を狙い撃つシャル。
二人の戦法に合わせつつ、僕はマチェットナイフで素早く切り込んでいく。
「っ、やるしかない……!」
足下に群がるゴブリンは一振りで片付け、最優先の標的は10階層から出現するモンスター〈ソードマンティス〉。見た目は人間と同じか少し低い程度の体長のカマキリだけど、両手のカマは日本刀のように湾曲していて、それでいて鋭利だ。
一対一の斬り合いならその斬撃は目で追えるけど、それ以上となるとやはり厳しい。
「速い……っ!」
目の前に迫る敵との、二対一……いや三対一の乱戦。
〈神の記憶〉の補助でなんとか立ち回りは成り立っているものの、自分でも解るほどに僕の動きには粗が多い。高速化した思考の上では命令が組み上がっていても、それを実現出来ない。
僕の身体が、ついていけてない。
実戦経験が圧倒的に足りない。
斬って、避けて、防いで。
距離をとって反撃を試みて、今度は防がれる。
標的が多い。攻撃が分散される。攻めに集中できない。
「ユイト、焦るな!!」
真横から敵の顎に入ったアスタのアッパーカット。電撃が付随して金色の軌道が描かれる。
数瞬アスタと背中合わせで、敵の包囲網を睨みつける。
「わかってる!!」
焦ったら、余裕を失ったら。
――先が見えなくなる。
(役に立つんだろ……!)
そばに居てくれる人を大事にする、そんな自分であるために。
彼女が言ってくれた自分でいるために。
少しでも、前に進むために。
(止まるな……っ!!)
ガキィン、と鋭い刃物が織り成す音。
〈ソードマンティス〉のカマを斬り払って、武器を左手に持ち替えて胸部に渾身の突き。
『ギィッッッ!?』
刃を突き立てられ消滅する敵を尻目に、僕はもう一匹の繰り出す斬撃を飛び退いて躱す。
その刹那、視界に入った黒い影。
飛び回っていた黒い鳥が、突如両翼を羽ばたかせて鳴き喚く。
巻き起こったのは、単なる風じゃなく黒い霧だった。そこで初めてその正体を想起する。
鳥型のモンスター、〈フェザー・フォグ〉。
その羽ばたきが起こす黒い霧は視界を奪うだけでなく、吸い込んだ対象の行動までも鈍化させる作用がある。
一番厄介な相手を残していた。
最優先で倒すべきはこいつらだったのに。
「シャル! 上を優先して狙え!」
「ごめんやってる! けど間に合わない!!」
アスタとシャルの叫びが反響する中、心做しか霧はより濃くなっていくように思えた。その最中にも、モンスター達は僕を絶え間無い攻撃にさらす。
刃が通らない。刃毀れの処理なんてしてる暇ないのに。
「……それ、でも!!」
敵のカマに打ち付けたマチェットが、後ろ向きに投げ出される。
僕は咄嗟に空いた左手を腰に回し、支給品のナイフを掴もうとした――
(――――!?)
左手が空ぶった。
予備のナイフが、ない――
「ユイト!!」
アスタが僕の窮地に気付いたときにはもう遅く。
防御に徹した僕の両腕を防具ごと、〈ソードマンティス〉の鋭い剣が斜め上に引き裂いた。痛みなど感じる暇もなく、衝撃を殺し切れなかった僕の身体は壁に激突する。
「がっ、あ……!?」
地面に手をつくと、腕に激痛が走った。
血が出てる。食らった。防ぎきれなかった。
でも動かないと。
――僕は死なないんだから、こんな傷はどうだっていい!
「っ、ユイトくん!?」
「平気!! それより今は……っ、シャル!?」
霧のかかる視界に映っていた。
上空のモンスターを魔法で相手取るシャルを、死角から狙う〈ソードマンティス〉の姿が。
僕が抜けた、この一瞬の弊害。
「……させる、かっ!!」
霧を吸ったせいか身体が重い。
けど、最後の気力を振り絞って立ち上がった。
壁を蹴って前進、途中で地面に突き刺さったマチェットを拾い上げて。
勢いはそのまま敵に武器ごと真横から突貫する。
……が、マンティスは僕の奇襲に気付いてしまう。標的をシャルから僕に移し替え、剣を僕目掛けて大きく振り上げる。
(……いや、大丈夫か)
躊躇った、一瞬。
でももう迷いは捨てることにした。
命なんて、迷いなんて捨てろ。
僕は死なない。
死なないなら、相討ちだって覚悟の上だろ。
もう足は止めない。
殺せ。
――死んでも殺しきれ。
一瞬のことだった。
僕の繰り出した刃が〈ソードマンティス〉の腹を穿いて。
〈ソードマンティス〉の三日月型のカマが、僕の背中を突き刺した。
紛うことなき相討ちだった。
喉を血が上ってきた。脚に力が入らない。
「おい……ウソだろ……?」
「ユイトくん、なんで……っ!?」
二人の声が、モンスターの鳴き声に混じって耳鳴りと一緒に聴こえてくる。
僕はマチェットナイフの刃を、最後の力を込めて敵の腹に押し込んだ。
『ギィィァァァァァァァッッ!?』
耳をつんざくような断末魔が反響する。
支えになっていた敵が灰となって消えて、僕はそのまま地面にうつ伏せに倒れこんだ。
これでよかったんだ。
自分の血溜まりに溺れるように、僕はそこで息絶えた。
↺
また、死んだ。
死ぬのはこれで何回目だっけ?
……まあ、そんなのどうだっていいか。
「おい、起きろユイト!!」
近くでアスタの声がする。朦朧とする意識の中で、僕を目覚めせようとする声。
どうやらまた眠りについていたらしい僕は、ゆっくりと瞼を開けた。
「アスタ……?」
「ユイト!……よかった、身体はなんともないか?」
仰向けの体勢から起き上がると、胸の傷はおろか出血さえも止まっていた。前回と同じだ。
そこで急に我に返って状況を思い出した。
「うん、それよりここは……?」
「ああ、今ここはダンジョンの中だ。でも安心しろ、ほら」
アスタが振り向いた方向で、シャルは一人杖を持って戦っていた。
そうだ、今ここはダンジョンの12階層で。僕達はモンスターの溜まり場に遭遇して……
シャルは最後に残っていた敵の〈フェザー・フォグ〉を撃ち落とし、すぐさまこちらに駆けつけた。
「ユイトくんっ! よかった……目覚めたんだね」
「シャル……ごめん、迷惑かけた」
「ううん、いまはそんなこと気にしなくていいよ。それより、どこか怪我してない? 腕は? あと背中も……」
顔を近づけて訊ねてくるシャルに僕が赤面したのは置いといて。
やたら心配してくれるシャルに、腕にも傷がないことを見せて示した。
「ほら、もう傷は大丈夫」
「ほんとに、怪我してないんだね……」
シャルの言葉は安堵よりむしろ、驚きの感情を含んでいた。
アスタの表情も彼女と同じく、困惑と驚嘆が入り混じっていた。
少し間を置いて、アスタは話を切り出す。
「なあ、ユイト……そろそろ教えてくれないか?」
何を、とはあえて訊くまでもない。
二人が僕に抱いている疑問なんてとっくに判ってる。
「……これは、僕のスキルだよ」
「スキル?」
「そう、簡単に言えば――千回死んでも生き返れるスキル」
「――!?」
「せ、千回……!?」
アスタは目を大きく見開き、シャルはわかりやすく言葉を失っている。
こうなることは最初からわかっていた。
パーティを結成した昨日から、この光景を頭に浮かべていた。
それがこうも早く訪れるなんて思ってなかったけど。
「隠そうとしてたわけじゃないんだけど、でも言っとくべきだったよね……ごめん、二人とも」
僕がそれ以上話さずにいると、しばらく沈黙が続いた。
そんな中、アスタとシャルは互いに顔を見合わせる。二人の表情に笑みが戻るのもすぐだった。
「謝ることなんてないよ。そのスキルのお陰で私もユイトくんも助かったわけだし」
「そうだな。シャルの言う通り、俺たちはユイトとユイトのスキルに感謝しなきゃいけないな!」
ありがとな、とアスタは僕の肩を軽く叩く。
単なる『気遣い』じゃない二人の根底にある温かさみたいなものに、僕は救われたんだと思う。
こんな役立たずの僕を温かく受け入れてくれる彼らは、やっぱり優しい。
だからこそ、この三人でいる時間を守りたいと僕は強く思ったのだろう。
心根に染みわたってくる温かさに、僕が思わず泣き出しそうになっていると。
「おいおい、そんなカオすんなって。俺が夕飯奢ってやるって約束しただろ?」
夕飯……? そういえば探索前にアスタがチョロっと言ってたっけ……
「……アスタ、あれ本気で言ってたの?」
「あったりまえだ! で、どこに食いに行くんだよ?」
「僕は二人の行きたいところでいいよ」
「あ、じゃあ私行ってみたいお店があるんだけど……いいかな?」
「もちろん! そうと決まったらさっさと魔石回収して地上に戻るか!」
立ち上がって、モンスター達の危機が去った通路を後戻りしていく。
足取りの軽い二人の背中を、僕は追った。
これは僕の思い過ごしかもしれない。
出会って二日目で思うことじゃないかもしれない。けど、でも、間違いなくこう思った。
二人と同じパーティでよかった、と。
これからも、こんな時間が続いていくなら。
僕はこの世界に来てよかったと思えるだろうか。




