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第29話 ネコ耳と落し物

 探索者ギルド・アーディア南支局にて。

 ユイトたちが予定通りダンジョン探索へ向かったのと同じ頃、あの少女もここを訪れていた。


「ラック、受付お願いできるー!?」


 ギルドの受付カウンターの奥、職員たちが事務作業にあたるデスクから。茶髪のポニーテールを揺らす職員のフーカが、同じく職員の青年に呼びかける。


「はぁ? いや何で俺が……」

「こっちは今手が離せないの! どうせあんた暇してるんでしょ?」

「いや、こっちは今朝飯食ってr――」

「ひ・ま・で・しょ?」

「はいひまです(服従)」


 それは関係ないでしょ、と言わんばかりの鋭い視線を向けられ、ラックは逆らうことなく渋々朝食のクロワッサンを手放した。


 出勤前に朝食を済ませておかなかったことを後悔しつつ、受付カウンターの空いている窓口に立つ。


「はーい、なんの用でしょうかー」


 果たして、肩を竦める彼の前に居た相手は。


「探索者依頼の発注をお願いします」


 色素の薄い金色の髪をした、ネコ耳の少女だった。

 凛とした態度で発注書を差し出す彼女だったが、カウンター越しに向き合うラックとの身長差はだいぶ開いているように見える。


「げっ、まーたお前かネコ耳優等生……」

「相変わらずお客さんに対して失礼ですね」


 窓口で対面した少女にラックは顔を歪め、差し出された用紙を彼女の手から引き抜いた。

 未だ幼さの残る顔の彼女もまた、ジト目で彼を迎え撃つ。


「いいかネコ耳、こちとら朝食もまだロクに食えてないんだぞ?」


 彼女を諭すようにラックは人差し指を向けた。


「はあ」

「はあってなんだよ!」

「朝までお仕事されていたんですか?」

「いや、9時まで寝てた」

「自業自得ですね」

「正論いうなよぉ!!」


 核心をつかれたラックに、少女の冷めきった視線が突き刺さる。彼女も彼女で、職員としてのラックのダメ人間っぷりはだいたい理解しているつもりなのだ。


「お前なぁ……もっと大人には優しくしなきゃだめだぞ? 大人だって心は弱いんだからな!」

「早くお仕事してください」

「はい分かりましたすみません!」


 彼女の一蹴でラックは口を噤んだ。

 提出された発注書の束に、面倒くさがりながらも一枚一枚目を通していく。


「これ、全部ポーションの試用依頼か?」

「そうですよ」


 少女が提出したのは、自らが作成したポーションの〈試験運用(トライアル)〉を依頼するものだ。


 探索者たちに探索ついでにその依頼を受けてもらうことで、製作者は生の感想を得ることができ、探索者はそのポーションを使うことで一時的ながら自分たちの戦力を増強することができる。


 両者に利益をもたらすこの仕組みは、ポーションの質と探索者の生存率の向上に大きく貢献しているのだ。


 そして無論、そんな依頼を発注する彼女はポーションの開発に尽力する研究者の一人である。


「この短期間でこんな量とか……お前普段どんな生活してんだよ……」

「教えません。個人情報なもので」

「知りたかねぇよ! ……休め、って話だよ。お前みたいなガキんちょが、なにもここまで頑張ることないだろ?」


 ラックのその一言に、少女は虚をつかれたように目を見開いた。

 遠回しに気遣いを見せた彼の一面を、意外だとでも言いたげに。


「そう、ですけど……私は――」

「あら? やけにラックが熱心に応対してると思ったら、リーファちゃんだったのね」


 ラックの背後からフーカがひょっこりと顔を見せ、リーファ、と呼ばれた彼女はネコ耳をピクリと動かして言いかけた言葉を呑み込んだ。


「フーカさん、こんにちは」

「こんにちは。今日もまたクエストの発注?」

「はい、いつもお手数お掛けしてすみません……」

「全然いいわよ、ラック(こいつ)の仕事が増えるだけだし……ね?」

「なにゆえオレを見る……」


 相も変わらずの主従関係の二人の様子に、リーファは思わず頬を緩ませた。ひとまず探索者依頼の手続きをひと通り済ませた彼女は、ふと思い出したように上衣のポケットからあるものを取り出す。


「あの、これさっき道で拾ったんですけど……」


 彼女の小さな手のひらに載せられたそれは、黒塗りの鞘に納められたシンプルなナイフだった。

 それはすなわち、数十分前に彼女が出会った探索者の少年の『落とし物』でもあった。


「これ、確かギルドの支給品の……」

「はい、ここに来る途中で会った探索者さんが落としていったものなんです」


 フーカはそれをおもむろに手に取り、一応記名などの特徴を確認する。支給品ということもあってか、持ち主が律儀に記名しているということはないようだ。


(……でも、これを持ってる人って)


 手にしたナイフから、フーカはとある人物を連想する。

 リーファから手渡されたときから、薄々気づいてはいたのだ。


「あのー、オレ戻っていいっすかね? つーか早く朝飯食いたい……」

「待てい。朝食は昼まで我慢よ」

「鬼かよ」

「……で、リーファちゃんはこれの持ち主に会ってるんだよね? 特徴とか覚えてる?」

「特徴ですか? えっと……」


 瞼を閉じ、リーファは脳裏に一人の少年の姿を思い浮かべる。

『変な人』と彼女が失礼にも片付けてしまった、黒髪の探索者。


「黒髪に赤い目、黒の上衣を羽織っていて、身長はそんなに高くなくて、一人称が僕でちょっと病んでそうな弱々しい感じでした」

「おい後半ほとんど悪口じゃねーか」


 だが、リーファの述べた特徴はフーカの予想を確信に変えるには充分すぎた。


「やっぱり……絶対ユイトくんだわそれ……」

「ユイト? そんなやついたっけ?」

「あんたは黙ってて」

「あい」


 こめかみ辺りを押さえて嘆息するフーカに、一切の事情を知り得ていないリーファはきょとんとした顔で訊ねる。


「お知り合い、ですか……?」

「知り合いっていうか、私が担当してる探索者の子なのよ……」

「なるほど……」

「だから私が預かっておくのもアリなんだけど――」


 と、その時。


 顎に手を添えて考えあぐねていたフーカを、背後から同僚の声が呼んだ。

 窓口の仕事をラックに任せたのも、元をたどればフーカの多忙が原因なのだ。


「リーファちゃんごめん、私仕事戻らないと! あとのことはラックによろしく!」


 フーカがそう言い残し、返事代わりに不満げなラックの溜め息がこだまする。

 目の前には、話の途中で窓口に取り残された少女が一人。

 ぽつんと佇む彼女の猫耳は、寂しさを表すように垂れ下がっていた。


「……まあ、そこまで気にする必要ないんじゃねーの?」


 返されたナイフを片手に持ち、数秒遅れてリーファが顔を上げて返答する。


「…………え、私に言ったんですか?」

「なあお前、オレのこと嫌い?」

「別に好きでも嫌いでもないです……」

「無感情って一番悲しいんだぜ、14歳」


 何とも言えないやり取りを挟み、ひとまずといったところで二人はナイフの処遇を決めることにした。


 といっても、ラックの中では結論はとうに出ているのだが。


「どうせさ、そんな月一〇〇〇エルドぽっちで貸出の支給品なんか大事にしてる奴いないと思うぞ? あってないようなもんだよ」

「ボロクソ言うじゃないですか……」


 一応、彼も探索者ギルド(ここ)の職員である。


「まぁな。だから別に、本人にわざわざ返すようなもんじゃねぇってこと。どうせだからお前で持っとけば?」

「私がですか? ……他人(ひと)のものですよ」

「これも何かの縁ってことで、お守り代わりにでも身につけときゃいいんじゃね? オレの権限で無料にしといてやるからよ」

(それはさすがに勝手すぎる気が……)


 口では食い下がるリーファだったが、ラックの適当な説得に不思議と押し切られてしまった。


「……じゃあ、とりあえず持ってます。ユイトさん……にまた会えたらそのとき返せばいいいですし」

「ん、そうしろ」


 納得がいったようにリーファはナイフを上衣に仕舞い、降ろしていた鞄を背負った。

 ラックは大きく欠伸をしながら彼女の提出した発注書の端をカウンターで揃える。


「それじゃあ、探索者依頼(クエスト)の件よろしくおねがいしますね」

「おう、お前はちゃんと寝ろよ。身長伸びねぇぞ?」

「余計なお世話です。ラックさんこそ、きちんとお仕事してくださいね」


 お前なぁ……と去りゆく少女の華奢な背に悪態をつきつつ。

 客の居なくなった窓口から、ラックは紙束を手にデスクへ戻った。

 



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