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第25話 トライアル

 薄暗い空間に、光の筋が飛び交っている。


 不気味に蠢くモンスターたちの鈍い足音と、僕達三人の足音が暗闇で重なり合う。すぐ足下にいるゴブリンたちに向けて、僕は止めどなく刃を振るった。


 ここはダンジョンの7階層。


 ギルドのロビーで手短に自己紹介を終えた僕ら三人は、その足で早速アーディアの中心部にある〈エントランス〉からダンジョンに潜っていた。


 それから現在に至るまで、僕らのパーティ何事もなく順調に歩みを進めている。いっそ順調すぎるくらいに。


 そして気づけば、僕が単独で突破した5階層はとうに通過していた。


「っし、まず一体!」


 僕の視界前方、アスタは自身の拳で5階層のボス、〈タイラントゴブリン〉を勢いよく殴り飛ばす。


 アスタの拳もとい手甲(ガントレット)に纏わる『雷』が、放たれた一撃をなぞるように軌跡を描く。その金色の稲光はまるで、薄暗いダンジョンで僕たちを導く光のようだった。


「残り二体……ユイト、一体任せていいか!?」

「うん!」


 アスタの緊迫した問いかけに頷く。

 黒いマチェットの柄を強く握りしめて、僕はダンジョンの湿った草むらを踏みしめる。


 僕も頑張らないと。

 役に立てなきゃここにいる意味がない。


(戦うんだ、僕も……!)


 今この前線を支えているのは、間違いなくアスタだった。


 守りに特化しているのが〈龍鎧の紋章〉だと聞いていたけど、アスタはその枠には全く当てはまらないらしい。それはむしろ、思いっきり攻めに徹してくれていると言ってもいいくらいに。


 格闘術に長けたアスタが前衛として戦線を切り開き、僕は中衛、魔導士のシャルロッテさんは

後方支援。ここまで、即席でこのポジションを確立して突き進んでいる。


 実際、これが最も安定した構成だった。


「っ、!」


 咄嗟に身を引き、〈タイラントゴブリン〉の振りかざした石斧を躱す。

 一撃一撃は重たいけど、やっぱり身のこなしという点では僕の方が圧倒的に優位だ。


 しっかり攻撃を見切って、ここぞというタイミングで決め手となるカウンターを見舞う……のが一番難しいんだけど。


 なんとか安全地帯に回り込んで、逆手で掴んだマチェットの刃を滑り込ませる。


『ゴグァッ!?』


 浅い。

 繰り出した刃は横っ腹の肉を切り裂くにとどまった。


 このマチェットは例の支給品のナイフよりも切れ味は鋭いけど、今回みたく分厚い肉で固められたモンスターには致命傷を与えるのが難しい。弱点の〈魔石〉に直接ダメージを与えようにも、アスタの右ストレートみたいな一撃必殺を繰り出す術はない。


 前回一人で同じ敵に挑んだときとは違い、ここまでダンジョンをくぐり抜けてきた分の疲労がある。

 体力回復でもしない限り、万全の状態では臨めない。


 ――僕が敵の肉をあらかた削ぎ落としてとどめを刺すのが先か、疲弊した僕の脳天に石斧が振り下ろされるのが先か。


 ……と、焦りを覚えていた僕に。


「ユイトくん、屈んで!!」


 背後から聞こえたのは、他でもないシャルロッテさんの声。

 〈タイラントゴブリン〉と正面から相対していた僕は、素早く身を屈めた。その直後。


「――【トルネード・アクア】!」  


 後方での詠唱終了を合図に、竜巻のように渦を巻く水が敵の顔面を直撃したのだった。

 水の勢いに押され、巨躯は後ろへと体勢を崩す。のけ反った上半身はがら空き。


(今……っ!)


 モンスターの心臓部、〈魔石〉のある胸部一点に狙いを定め。

 踏み出した一歩から、僕の全力を叩き込む。


「――――ッ!!」


 防御をかなぐり捨て、全身全霊で敵目掛けて突き立てたマチェットの刃。

 それは確かに、真っ直ぐ分厚い肉を貫通していた。柄を伝って感じる、固いものが砕ける感触。


『ゴ、ゴグァァッ……』


 巨体が後ろへと力なく倒れ込む。


 僕はすぐさま、マチェットから手を放して後ずさった。大きな音を立てて地面に伏した〈タイラントゴブリン〉の肉体が、音も無く灰となって崩れ落ち始める。


(や、やった……)


 途端に肩の力がため息と一緒に抜けていった。


 丁度その位置に残された〈魔石〉と自分のマチェットを拾い上げて、モンスターたちの気配がなくなったダンジョンの片隅で天井の一点を見上げた。


「何とかなったな、ユイト!」


 茫然と立ち尽くしていた僕の背を、アスタが軽く叩いた。

 深みのある赤髪を揺らして、目を細め親しみを込めた笑顔を送ってくる。

 

 すっかり気の抜けた僕も、自然と微笑み返していた。


 手甲(ガントレット)を装着した右手を掲げて、アスタはハイタッチを求めてくる。けど。


 見たところ、アスタが両手に装着している手甲(ガントレット)は、彼の持つスキルによるものなのか常に『帯電』しているのだ。

 その電圧もかなり高いらしく、小さな体躯の低級モンスターに関しては触れただけで感電死させている。


 だから一瞬、僕はハイタッチに戸惑った。


「アスタ、その手って……大丈夫?」

「ん? あぁー、今は魔法付与(エンチャント)切ってるから大丈夫だぜ。――ほら、」


 パチン、と手のひら同士が軽快な音を響かせた。電流ビリビリを覚悟していた僕は思わず拍子抜けする。


(よかった……)


 普通にハイタッチを交わした僕は、おもむろに背後――シャルロッテさんのいた方へ振り返った。


「シャルロッテさんもありがとう、助かっ――」


 って、居ない?

 さっきまでそこにいたはずなのに……


「シャルロッテ、さっきまでそこにいたよな?」

「そのはずだけど……」


 僕たちが目を離したほんの数秒で、シャルロッテさんはこつ然と姿を消していた。予想外の事態に僕とアスタが冷や汗を流して焦っていると。


「終わったよ、魔石の回収!」


 あさっての方向から、シャルロッテさんが足早に駆け寄ってきたのだった。さっきまで僕のすぐ後ろで杖を構えていたはずなのに、いつの間に……


「お、お疲れさま……?」

「なんだ、魔石拾ってたのか。急に居なくなって焦ったわ……」

「えっ!? ご、ごめん! いつもは私の役目だからつい癖で……」


 重たそうなナップサックを背負った彼女は、はっとした顔のあとで曖昧な微笑みを浮かべる。

 おかしな話だけど、今回の探索でのドロップアイテムの大半はシャルロッテさん持ちだ。

 

 僕とアスタが普段からバックを持ち歩いていないって理由もあるけど、「近距離の二人は身軽な方がいい」という彼女の意見に押し切られてしまったのが、一番の理由だったりする。


 でもやっぱり、女の子に荷物持ちを任せるのは申し訳ない……


「それはそうと、その鞄重くない? やっぱり交代で持った方が……」

「だな、女子ばっかに荷物持ち任せるのは不平等だし」

「わ、私は大丈夫だよ? 学校じゃいつもやってることだからっ……」


 遠慮がちにシャルロッテさんは両手を振る。

 可憐で柔らかい笑みに僕はまたもや押し切られそうになってしまう。

 けど、それを良しとしないのところはやはりアスタだった。


「今は学校の授業じゃないんだし、遠慮はナシでいこうぜ。その程度俺たちなら平気だって。な、ユイト?」

「うん、全然平気だよ!」


 正直自信はない。大丈夫かな……

 さすがに女の子に無理をさせる訳にはいかないから、頷くほかなかったけど。


「ありがとう、二人とも……私ももっと、二人の役に立てるように頑張るね!」


 ナップサックをアスタに預けて、シャルロッテさんは健気に笑みを咲かせた。銀色の杖を抱きしめて首を傾げるその姿に、癒され――いや、励まされた。


「よし、じゃあ今日は三人で行けるとこまで行くか!」

「うん、行こう!」


 威勢よく次のステージ目指して歩き出す二人のあとに僕もついて行く。


 これが、パーティ。ダンジョン探索の醍醐味。

 この三人で先を目指すことに確かな充実を感じながら、心做しか軽くなった足取りで僕は一歩前に踏み出した。




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