第24話 パーティ結成
翌日。
ユーリさんのお店で購入したマチェットを腰に携えた僕は、朝から探索者ギルドに立ち寄っていた。
武器と同じく入手したての携帯用魔石灯とポーションセットは、腿の防具兼ホルスターに収納して持ち歩いている。
ほんの少し外見はそれらしくなったことを嬉しく思いつつ、それでも今の僕は内心の緊張を隠せないでいた。
「6番テーブル、だったよね……」
自分に念を押すように、自然と口が同じ言葉を繰り返してしまう。
というのも、今日は何気に特別な日だったりする。
これから同じパーティのメンバーとして苦楽を共にすることになるであろう二人と、今日初めて対面することになるのだから。指定された時間と場所、しかも相手が初対面の人となっては僕も当然緊張せざるを得ない。
どうして人間、人との待ち合わせとなると緊張しないではいられないのだろう……。
(いやいや、落ち着こう……。こういうのは第一印象が大事だから……!)
速まる脈動を抑えるべく、おまじないみたく深呼吸をひたすらリピートする。そう、他人からの評価は第一印象に大きく左右される(らしい)。初対面から緊張でおどおどしてたらダメだ。
強がったって仕方ない、人間だから仕方ない。
(もっと、シャキッとしよう!)
空元気に近い意気込みとともに、僕は不安を振り払って歩き出す。
連日のように数多の探索者で溢れかえるフロアを通り、それぞれのテーブルに置かれた番号札を顔を振って確認する。テーブルの並びからして、6番テーブルは壁際(というより窓際)にあるらしかった。
フーカさんから受け取ったメモを片手に向かうと、果たしてその席には一人の少女の姿があった。
ちょっと珍しい薄いグレーの髪に、水晶玉のような透明感のある瞳。茶色の上衣の下に白のブラウスとネクタイを着込むその容姿は、僕の中の学生のイメージと一致した。
窓の外をじっと眺めるその横顔からはどことなく、流れる水のような凛々しさが滲み出ている。
一呼吸置いて、僕は彼女に話しかけた。
「あの……シャルロッテさん、ですよね?」
僕の声に反応して、彼女は驚いたように肩を揺らす。
ややあってこちらに振り向くと、外ハネした一房の横髪が顔を覗かせた。
「は、はい! 私、です……えっと、貴方は?」
「ヒズミ・ユイトです。今日から同じパーティになるみたいなので、よろしくお願いします」
「ヒズミさん、ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
と、いった具合で初対面の挨拶を交わしたはいいものの。
「……」
「……」
お互い緊張しきってしまっているためか、そこからうまく会話が続かない。
完全なる僕のコミュ力不足だ。
気まずい空気が二人の間で流れ始める中、思わずそばにいる誰かに救援を求めそうになる。
まだもう一人のメンバーも来てないし、勝手にパーティの話を進めるのは色々まずい。
かと言ってこの場をうまく繋げられるような話題は……ない。
……これが、探索者の現実か。
「――!」
すると、それは完璧なタイミングで。
テーブルの前で突っ立っていた僕の前に、救世主は現れたのだった。
「ん、もう二人とも集まってたのか」
深みのある紅の髪の好青年は、僕らに片手を上げて軽く挨拶した。歳は僕とあまり離れてはいないみたいだけど、僕より一回りほど大きな背丈の彼は、僕らのいるテーブルに歩み寄ってくる。
「えっと、アスタさんですね」
シャルロッテさんが確認するように訊ねた。
「ご名答。にしても、まだ集合時間十分前だぜ? 早すぎだろ、お前ら」
好青年特有の、爽やかで余裕のある笑顔。
アスタさんの登場で、気まずかった空気が一気に緩み快方へ向かった。彼の頼りがいのありそうな『兄貴オーラ』の効果は絶大だったのだ。普通にすごい。
「さてと……せっかく三人揃ってることだし、早速軽く自己紹介でもしとくか? 順番は適当で」
「あ、じゃあ僕からでもいいですか?」
「おうよ」
一番手を取ったとはなんとなくだけど、スキルの公表とかする流れになったら僕は後々面倒くさいことになりかねない。初回から変な空気感を作らないためにも、ここは自分でなんとかするしかない。
「ヒズミ・ユイト、年齢は今年で16です」
「今年で16……あ、同い年なんですね」
シャルロッテさんが安堵したような微笑みを浮かべる。一応同年代で集まってはいるみたいだけど、同い年となるとより親近感が湧いたりするのかもしれない。実際僕もそうだった。
そこに、アスタさんが砕けた口調で言う。
「それなら、俺達あんまり歳は離れてないっぽいし、敬語は基本ナシにしねーか? そんなに畏まることもないだろ、やりずらいし」
コミュ力の鬼か。
妙な距離感を作る必要もなさそうだし、僕もその方向で行くことにした。
「アスタさん……アスタは、ちなみに今年で何歳?」
「俺か? 今年で17だけど」
「先輩……」
「先輩だ……」
僕とシャルロッテさんの反応がシンクロする。
「いや、別に変な気遣いとかいらないからな?」
なぜか謙遜してしまうアスタは、片手で軽く首筋を搔いたあと、また会話のペースを作り出していく。
「ユイトは〈龍爪の紋章〉だったよな?」
「うん、一応……」
「てことは攻撃特化か。いいよな~、龍爪。俺なんて防御特化の〈龍鎧〉だぜ? 防御とか性にあわないどころじゃねーよ……」
「あはは……」
神から付与される〈紋章〉の種類がランダムな以上、所持する〈紋章〉が本人の性格や体質と噛み合わないこともある、と前のギルドでレーナさんから聞いたことがあった。
ムキムキな男の人が〈龍翼の紋章〉で回復職になったり、逆にか弱い女の子が〈龍鎧の紋章〉で盾役を任されたり。
アスタもそのいい例の一つだったりするんだろうか。
なんて、身も蓋もない考えはさておき。
順調に自己紹介の順番は回って、シャルロッテさんの番になった。
「シャルロッテ・フロイデ、ユイトくんと同じ16歳……です。よろしく」
心の緊張が解れたのか、シャルロッテさんは少し照れながら相好を崩していた。
可愛らしく首を傾げる度に、横髪のアホ毛(?)がぴょこぴょこ揺れる。かわいい。
アホ毛も気になるけど、僕はもう一つ訊きたかったことを質問することにした。
「シャルロッテさんのその恰好、学校の制服?」
「うん、そう。第1学園の魔法科に通ってるの」
「第1の魔法科!? あそこって確か魔法科が一番強えとこじゃなかったか?」
アスタが身を乗り出して訊ねる。
異世界らしく学校にもちゃんと魔法科とかあるんだ。楽しそう。
「そうなんだけど……私はほんとに落ちこぼれみたいなものだから、あんまり期待はしないでほしいなぁ……」
「いや、そもそも第1に通ってる時点でエリートだろ! な、ユイト?」
「え?……あ、そう、なんだろうね」
急に振られて正直、困った。
学園のこと全般に関しては無知な僕は、それらしく同意するしかない。この街に来た以上、それくらいのことは知っておくべきだったみたいだ。
シャルロッテさんがアーディア学園に通うエリートだと判明したところで、話題はダンジョン探索についてのことへ移り変わる。
「シャルロッテが魔法特化の〈龍眼の紋章〉だろ? そしたら一応、現時点ではパーティとしてバランスはいいのか」
「そこらへんは、ギルドがうまく根回ししてくれたってことなのかな?」
「だな。回復はポーションとシャルロッテの魔法でなんとかなりそうだし」
「わ、私は回復魔法なんて、あんまり……得意じゃないから……」
重圧を感じてしまっているのか、シャルロッテさんは自嘲気味に縮こまってしまう。
彼女一人にプレッシャーをかけるべきじゃないのはわかってるけど、もっと自信を持ってもいいんじゃないかとも思っている僕がいた。人のことは言えないだろうに。
「……ま、上層なら上手い感じに連携すれば大丈夫だろ。っても、やってみなきゃわかんねぇけどさ」
最後にアスタがうまく話をまとめ、ついでにその流れで自己紹介の順番もアスタへと回った。わざとらしい大きな咳払いのあと、アスタは満を持して話し始める。
「アスタ・トリニティ、17歳。紋章は〈龍鎧の紋章〉で……って、これもさっき言ったか。あとは……」
うーむ、と腕組みをするアスタは考え込む素振りを見せながら天井を仰いだ。何とも言えない沈黙が流れる。
「……あれ? 俺もう言うことなくね?」
結論に達した、という顔だった。
間の抜けたアスタの表情に思わず笑みが溢れる。
「確かに、アスタは司会進行で十分自己紹介してたからね……」
「うんうん、お疲れさま」
シャルロッテさんが頷き、控えめな笑みを向けた。
「まあ……そういうことならいいか!」
「自己紹介はこのくらいにしておく?」
「だな。っし、そうと決まったら――」
ガタッ、とアスタはテーブルから勢いよく立ち上がった。
そして、威勢のいい声を張って高らかに宣言する。
「早速行くとするか!」
「うん、そうしよっか」
シャルロッテさんも杖を片手にテーブルを離れ、二人の主語のないやりとりに置いてけぼりにされた僕は、疑問符に頭を侵食されて突っ立っていた。
「えっと……行くって、どこに?」
「探索者が揃ったなら、行く場所は一つだろ?」
アスタが振り返り、僕を見て爽やかに破顔する。
「いっちょブチかまそうぜ、俺たち三人で!」