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第23話 曇りかけの夜空

 陽は落ちきって、街を(あかり)が点々と照らし始める。


 多くの商店が店仕舞いをし、ユイトの入り浸る南のメインストリートからも人通りが希薄になっていく中、探索者ギルドには未だ忙しなく職務にあたる職員たちの姿があった。


 学園都市アーディアの中心地――ダンジョンの〈エントランス〉からも程近いギルドには、昼夜問わず探索に赴く探索者たちが訪れる。そのため、探索者ギルドの職員たちが常に残業と人手不足を嘆いているのは最早言うまでもない。


 いっそそれは深刻なまでに。

 そう、探索者ギルドはブラックなのだ。

 ここ、『探索者ギルド・アーディア南支局』でもその光景は今宵も繰り広げられている――。



  ***



「ラック、あんた仕事する気はあるの?」


 ギルドに受付嬢として勤めるヒューマンの少女、フーカが低い声音で呟いた一言。


 夜型の探索者たちがギルドに押し寄せる『第二の激戦区』ともなるこの時間帯ともなれば、この発言の異常性はあっという間に浮き彫りになる。もっとも、異常なのは彼女の睨めつける同族(ヒューマン)の青年だが。


「仕事か……そんなもんもあったっけな……」


 ラック、と呼ばれた茶髪の青年はぼんやりと色素の薄いカーキ色の瞳で宙空を眺めている。遠い記憶を懐かしむような、遠い目で。


「『あったっけな』じゃなくて、今あんたも現在進行形で仕事中のはずなんですけど?」

「そうだな、この果てなき〈迷宮創造ラビリンス・クリエイト〉をそう呼ぶのならそうかもしれない……」


 感傷に耽るようにそう言い放ち、やれやれとラックは宙空から自らのデスクの上に視線を戻す。隣で眉間に皺を寄せながら直立するフーカも同じくその一枚の紙切れに目を落とし。


 渾身の深いため息を吐き散らした。


「あのさ……ただ迷路作るのを『迷宮創造ラビリンス・クリエイト』とかほさぐのは百歩譲ってまあいいけどさ、一体この完成度はなんなの?」

「フッ、オレの僅かな休憩時間を生贄に捧げた末の賜物さ。ちなみに所要時間は約十三時間――」

「へぇ、すごいわね。そんなに時間を無為にできるなんて天才なんじゃない?」


 凄まじい完成度を誇る手書き迷路(ラック作)を巡る泥沼の論争が展開されるも、根負けしたフーカが半ば諦め出すのは割とすぐのことだった。


「もう……なんでこいつクビにならないの」


 こめかみを押さえるフーカが吐いた一言は、ごもっともである。


 この茶髪の青年ラックはいちギルド職員でありながら、そのときの気分次第では職務を完全に放棄して堂々と遊び耽ることもある、紛うことなき『問題児』なのだ。


 だが今となってはその姿も風景に溶け込み、彼を粘り強く言い(とが)めるのは幼馴染みのフーカのみとなっている。


「まあ現状、オレを使役するだけの仕事がないってところだろ。逆に考えてな」


 デスクに肘をつき、頬杖で余裕の表情を浮かべるラック。


「あんたがそうしてる間にも、このデスクにはこうやって大量の書類が溜まっていくんだけどね」

「……オレが本気になれば、このくらい――」

「言っとくけど、今月は手伝わないから」

「……………………」


 異様なこの沈黙で全てを察したフーカはそのまま立ち去ろうとする……が。




「ああ、そうだよ! 軽い気持ちで始めた迷路作りが思いのほか弾んでこの有り様だよ!! 現実逃避しようったってこれはもう詰みゲーだよぉっ!!」




 情けなく半泣きでしゃしゃりだす青年に、フーカは容赦なく軽蔑の視線を突き刺す。

 情けなさの最上級のような本音を吐露したラックは、氷の女王のごとく冷ややかな目の幼馴染みに両手を合わせ、顔を伏せた。


「フーカ……いや、フーカ様、お願いします! この哀れな男にどうかお慈悲と救済を……っ!」

「自業自得って言葉がここまで似合う人間って、ほんとあんたぐらいよね」

「ほんとに! ほんとに頼むっ! 今度またいつものステーキ奢って差し上げますのでっ!!」

「あんたの奢りで食べるステーキなんて、もう心底食べ飽きたんだけど……」


 必死の形相で懇願――もとい引き止めにかかるラックに対し、やれやれとフーカは言い分をあしらっていく。最早この光景すら、ここまでの流れすらギルド(ここ)では日常茶飯事なのだ。

 そう、ここまでがテンプレ。


 呆れた、とフーカが自身の眉間を指でほぐしていると。


「……フーカ先輩、ラック先輩は今これは何を?」


 彼女たちの後ろを通りかかった狐耳の亜人族(デミ・ヒューマン)の少女が足を止め、おずおずとフーカに小声で訊ねた。


「リシェル、気にしないで。いつも通り、ラックが仕事をすっぽかしてクビ寸前に追い込まれてるだから」


 リシェル、と呼ばれた狐耳の彼女は近々このギルドで学生バイトとして働くことになった、いわばフーカ達の後輩である。尚、当然ながらその働きぶりはラックをはるかに上回るようだ。


「えっ、ラック先輩クビになっちゃうんですかっ!?」

「そうなんだよ! リシェルも助けてくれえっ!!」

(後輩に頭下げられるメンタルには感心するわ……)


 挙句の果てに可愛い後輩にまで救援を要請するラックに、フーカは半ば諦め、そして折れた。


 尊敬すべき先輩に頭を下げられ、おろおろとしっぽを不規則に揺らすリシェルの前でフーカが宣言する。


「……〈Ryo-Ran(リョーラン)〉のステーキ、三〇〇グラムで勘弁してあげる。リシェルは?」

「えっ、と……じゃあ、私もそれで」

「女神達よ……ありがたや……」


 自らの払うことになる代償には目もくれず、ラックは感謝の念を全力で表した。

 不承不承といった様子で、まず初めにデスクの上の書類を仕分け始める三人。


 羊皮紙たちがこれでもかと散乱し、非情なまでに文字通り見事な仕事の『溜まり場』と化したデスクの上。


 フーカとリシェルが物という物を片付け、二人に半ば監視される形でラックは空いたスペースで事務作業に取り掛かった。


 すると、上段の書類を整理していたフーカが手を止め、ふと手にした羊皮紙に目を落とした。


「あ、これ……ユイトくんの書類だ」


 ぽつりと呟いたフーカの言葉に反応したリシェルが近寄り、横から彼女の手元を覗きこむ。二人が見つめていたのは、フーカの担当する探索者、ユイトのダンジョン探索報告書(レポート)だった。


 ギルドでは、所属している探索者たちの探索の進捗具合の管理・集計のために、担当職員と本人による報告書(レポート)の作成と提出を業務の一つとしている。一度探索を終えるごとに記録される内容は、日付と時間帯、到達階層、入手したドロップアイテムなど。


 無論、その記録のためには探索者自身が探索を終えるごとにギルドに立ち寄る必要があるため、数日分の進捗を一枚の報告書に記すという場合の方が多いが。


 そんなわけで、フーカは自身の記録したユイトの報告書(レポート)を眺めていたのだった。


「あっ、私この子知ってます! 確か今週あたりにフーカ先輩の担当になった子ですよね!」

「うん、リシェルが知ってるとは思わなかったけど……」

「えへへ。黒髪の男の子はこの辺りだと珍しいですから」

「まあ、そうね……」


 二人が会話している最中、タイミングを見計らったようにラックが報告書をフーカの片手から抜き取った。


「ヒズミ・ユイト……ヒズミってあんま聞かない名前だな。黒髪でこの名前……こいつ極東人なのか?」

「やっぱり、そうなんでしょうか……? この街には極東出身の方も多いですし。フーカ先輩は、本人から何か教えてもらってないんですか?」

「うーん……私は何も。……あと、ラックはとっとと仕事に戻る!」

「スンマセン」


 紙を丸めた棒で折檻され、ラックはしぶしぶデスクワークに戻る。

 その話題は一旦切り上げ、三人が各々の作業に取り組もうとする中。


 フーカだけはしばらく手を止め、報告書(レポート)に記された自らの筆跡を読み返していた。

 その視線の先はやはり、例のスキルを記した欄。


(【再生(リバイヴ)】……ランクはSSで効果は不明、か……)


 同列には、789回と表記された残り発動回数。


 脳裏に浮かぶ年半ばの少年の顔には見合わない、不穏な文言。

 フーカが思うに、少なくともあの少年は何かしらの事情を抱えている。


 身勝手な憶測に過ぎないとは自覚しつつ、フーカは直感的に悪寒に似たものを感じ取っていた。


(いや……でも、考えすぎるのも私の悪い癖だよね……)


 一人で早とちりな不安を抱えこんでいても仕方がない、フーカは自分にそう言い聞かせる。


 そして何事もなかったように彼女も事務作業に加わり、なんとも言えない慌ただしさに包まれた探索者ギルドの長い夜は続く。



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