第22話 アイテムショップかぐや
僕は今、とある店の入口の前で立ち止まっている。
真新しい外装の中、ガラス窓の奥にチラリと見える店内。店の外にあるショーケースには、おびただしい数の0を揃えた値札のつけられた武器がいつくか並べられていた。どれも細やかな装飾や造形を備えていて、値段に見合う出来だということは一目でわかる。
高値がつくのは、わかる。わかるんだ。
でも……でも!!
高すぎるでしょ!!
「剣一本九〇〇〇〇〇エルドって何? 素材にダイヤモンドでも使ってるの、これ……?」
手前に見えた西洋風の片手剣を見やり、呆然と冷や汗を流す僕の口先だけのクレームはだんだんとしぼんでいく。
確かに、この柄の翼みたいなモチーフは華美で全体的に凝っている。白金の刃に乗った光沢も、僕のナイフの比じゃない。絵に書いたような『高級品』と言っても過言じゃない。
それにしても九〇〇〇〇〇エルドって……
現実だったら中古車一台買える値段だ。
いい武器を揃えるって言っても、これじゃ貯金のために今度は生活費がひっ迫していく気が……
「現実は厳しいなぁ……」
がくっ、とガラスケースに手をついて項垂れる。
ため息だけが延々と口から溢れ出た。
ドアチャイムがお洒落な音色を立てる。
後ろ手でドアを閉めると、奥のカウンターからひょっこりと。
「いらっしゃいませー! お、私のカm――じゃなくてお得意さんのユイトくん!」
などと、お客さんに対して失礼極まりない挨拶をする女の人が一名。わざとらしいほどキラキラした満面の笑みが僕を見ている。たぶん営業スマイル。
「今日もうちで買い物? いろいろ揃えたから見てってねー!」
「今日も底抜けに元気ですね……」
明朗快活な雰囲気を周囲にぶちまけているこの人は、言うまでもなくこの店――『アイテムショップかぐや』の店長のユーリさん。
……店名からして、アイテムショップなのか家具屋なのか、すごく紛らわしい。
お客さんが僕以外に入ってるところを見たことはないけど、本人が言うにはそれなりに儲けているらしい。ここまで商売繁盛している雰囲気を醸し出せるのも、そのお陰だろう。表向きは。
「ユーリさん……外の剣、あれなんですか? 高すぎません?」
「ああー、あれ? 昨日ちょうど鍛冶屋さんから仕入れた一級品だよ〜。素材とか製法とかにこだわってるらしいからお値段は張ってるけど、ユイトくんならきっと買ってくれるって信じてたよ!」
「買いません。というか買えません」
「ウソだ! 金持ちの癖に!」
と言った具合に、パッと見天真爛漫な彼女の本質はバカ高い品々を売りつけようとしてくる、商売人としてはヤバい人。まあ、一度も本当に買わされたことはないからいいんだけど。
「……って、もしかして君もやっっっっっっっと武器に興味が湧いてきたってこと??」
「まあ、今日はそんなところですけど……」
「ほ、ほんとに!? ちょ、ちょっとまっててね!?」
そして、腰ほどまである長い髪を翻したユーリさんはパタパタとお店の奥に駆け出していく。そんな忙しない後ろ姿を見つめながら、僕はこれから一体何を買わされるのやらと先を思いやっていた。
ややあって、カウンターの後ろから出できたのは大荷物を抱えたユーリさん……ではなく。
「あ、お姉ちゃんのカモだ……」
綺麗なセミロングの黒髪をリボンでまとめた、幼げな女の子。
眠たげなジト目からはユーリさんと比べると一見大人びた印象を受けるけど、全体的にダボッとした服と萌え袖、それからかなり小柄な体躯を見ると少女というよりは「幼女」といったほうが近いかもしれない。
彼女の身にまとうどこか和風な装いと、色素の濃い黒髪と赤いリボンはどことなく店名の「かぐや姫」を連想させる。
そんな彼女は、ユーリさん曰くれっきとしたお店のマスコットキャラクターなんだとか。
「か、かぐやちゃん……こんにちは」
輝夜、それがそのまま彼女の名前。
本名なのかは僕も知らない。
「…………」
じっ、と彼女の光の少ない双眸に射抜かれる。無言の圧力。
頬を冷や汗が伝う。実を言うと、僕はこの子のことが少し苦手だ。
こんな小さな子にそんなことを思うのは変かもしれないけど、彼女に会う度に背筋に妙な悪寒が走るのだ。度々無言で向けられる両眼に、何かを見透かされているような。
多分だけど、この感覚の正体はきっと……
「あ、あれ? かぐちゃん、いつの間に起きてたの!?」
「来たよ、お姉ちゃんのカモさん……」
「ちょーーーーっ! それは企業秘密だから言っちゃだめー!!」
「今日こそは大儲けしてやるってさっき――」
「シャラーーップ! かぐちゃんは早くこたつに戻る! それから、ユイトくんは何も聞かなかった、いいね!?」
口を塞がれ、モゴモゴ言いながら不服そうに店の奥に引っ込められるかぐやちゃん。
秘密保持の圧力をかけてくるユーリさんにも僕はそれっぽく苦笑いを返した。
かぐやちゃんへのユーリさんの扱いは普通のかわいい妹という感じらしい。
髪色や瞳の色、名前からして姉妹というわけでは無さそうだけど……
この店はやっぱり、どこか訳ありみたいだ。
「それでっ、と。とりあえずキミの好きそうな武器の在庫片っ端から持ってきたよ。確かユイトくん、〈龍爪の紋章〉だったよね?」
ユーリさんの問いに頷き、僕は彼女の足元に目線を移す。
どさっと目の前に放り出された木箱には、大量の刀剣系の武器が鞘ごとまとめられていた。一見するとガラクタにも見えてしまう雑多なそれらは、どうやら店先に並べる前の在庫らしい。
「キミの今の得物は?」
「えっと……メインがこのナイフで、あとは――」
背中にちょこっと伸びる金属の棒を掴み、引っこ抜く。
僕が突如どこからともなく引っ張り出した鉄器に、ユーリさんは言うまでもなく目を丸くした。
「なにこれ? どっかで見たことあるような……あ! 思い出した、金槌だ!」
「バールです」
惜しく……はないか。
ピコン、とひらめいた様子だったユーリさんは一瞬で愕然と崩れ落ちた。
「バールねぇ……で、キミはなにゆえこんな物騒なもの持ってるわけ?」
「一時期、お金が足りなくて……そのときに道端で拾ったんです。今は乱戦になったときにお世話になってるって感じで……」
「ふーん? キミってやっぱり面白い人だね!」
さて、それは褒めているのか貶しているのか。
もちろん、バールなんかで闘う探索者を褒め称える人の方が面白い人だということは言うまでもないので答えは分かりきってるけど。
……ニコニコしながら言われると傷つきます。
「それにしても、ナイフと鈍器とかだいぶアンバランスだね。そうなると私も、どの武器を進めればいいのかわかんないなぁー」
空いた左手でごそごそ大きめの木箱を漁りながら、ユーリさんは片手間で会話を進める。木箱の中から西洋剣や太刀が顔を覗かせては戻されていく。
はっきり言って、僕も自分にどの分類の武具に適性があるのかはわかっていない。
〈神の記憶〉の能力強化で出鱈目に闘い進んでいることに違いはないし、味方との連携や戦術も一切考えていないから尚更だ。
ただ、刃物や鈍器を振り回して勝てればいい、とさえ思ってる節もある。
悩みに悩んで店内を見渡した僕は、またすぐ安直な思考に行き着いた。
「あの、扱いやすそうなのってどういうのですか?」
「扱いやすい……ねぇー」
ユーリさんは顎に手を添え、うーんと唸り声を発しながら店内を歩き始めた。
僕もとりあえず彼女のあとについて行く。
「バールに感覚が近そうなのは、戦鎚とか長剣あたりだけど……〈龍爪の紋章〉にはあんまり相性がよくないかなー」
「パワー重視なのは〈龍鎧の紋章〉でしたっけ?」
「そうだね。というか、攻撃に隙ができやすい重量級の武器のデメリットを、持ち前の防御力でカバーするって言った方が正しい気がするなー。攻撃力のアシスト比率は龍爪と同じくらいだったはずだし……」
こういうとき、思いがけずまともな意見をくれるのがユーリさんの意外な所だったりする。武器と紋章に関する知識はもとより、個人でショップを経営してるだけあってそれ相応の見識があるらしい。
パッと見ぼったくろうとしてるにも見える彼女のこの店を、僕が頼りにしようと思った理由の一つだ。
「でも、絶対こういうでっかい剣ぶん回してモンスター倒した方がスカッとするよねー! 私には一生できっこないけど!」
「で、ですね……」
自虐めいた冗談をかましたユーリさんはそこから一転、ポンと手のひらを鳴らした。
ほんとにこの人は表情豊かだ。
「あ、そうだ! あるよ、扱いやすくてキミの紋章とも相性が良さそうなの!」
「……ほんとですか?」
「うん! ほら、おいでよ少年!」
特段広くもない店内で興奮気味のユーリさんに強引に手を引かれ、ちょうど対角にあった棚の前まで連行されて。ほんの少し背伸びして彼女が棚から運び出したそれを、僕は両手で受け取った。
「どう? 私の本日のオススメ!」
シンプルで限りなく洗練されたフォルムに映える、鞘から覗く漆黒の刀身。
40センチほどの刃から柄までを形作る滑らかな曲線美。
手のひらに感じる武具としての重量感は、僕に確たる未来の活躍を約束しているようだった。
「これは……」
黒い輝きを放つそれから目線を離さず、ほとんど無意識に独り言のように訊ねていた。
ユーリさんがおそらく誇らしげな顔で答える。
「マチェットだよ。分類としては、鉈か短刀に近いかな」
――マチェット。
その名前と目の前にある刃に、僕はたしかに『魅了』された。
ユーリさんにそれとなく促され、鞘から刀身を抜き去る。握りやすく加工された柄から伸びる刃は、流麗な曲線を描いていた。
そして、抜刀して気づいたのは、刃物としての重さはそこまでないということ。僕の今使っている支給品のナイフよりも全体的に一回りほど大きいけど、刃自体は薄く軽量だった。
「すごい……ですね、これ」
ぽつりと口から溢れ出た言葉。
握る手に確かな直感……いや、確信を抱く。
この武器となら、やれる。
前へ、進める。
「でしょー? キミならきっと気に入ると思ったよ!」
眼前で相好を崩すユーリさんに、気づけば訊ね返していた。
「……僕、これ買います。いくら出せばいいですか?」
「おや? いくら『出せば』なんてキミにしては気前がいいね?」
自分でも馬鹿げたことを言ってるのはわかっていた。けど、そんな憂いを吹き飛ばすほどに、そのときの僕は衝動に駆られていた。
小さな頃から自分の奥底で眠っていた情熱に、今再び突き動かされるような。
そんな、強い衝動に。
「よし! そうと決まったら今日は超大出血サービスだ!」
「え……サービス……?」
高値をぶち当てられる覚悟をしていた僕は、拍子抜けしてずっこけそうになった。
サービスなんてそんな、それこそ気前のいいことをこの人がするはずは――
「このマチェット一本と、対状態異常回復薬コンプリートセット、それから手持ち用魔石灯とおまけにこの黒の指ぬきグローブ! 私命名『かけだし探索者応援セットver2』、全部こみこみで合計三五〇〇〇エルド! どう!?」
「え、えっと……??」
圧倒的情報量の暴力。
いきなり突き出された大盤振る舞いの品々に目がくらんで、値段のことなんてとうに頭からすっぽ抜けてしまう。
でも、現実的に考えてこれはアリなのでは……?
お金は……まあ、足りる?
「あ、もしこれでもまだ足りないって言うなら、『呪いのワラ人形セット』もつけて二〇パー引きにしてあげるよ!」
「か、買います……!」
「ワラ人形は?」
「ワラ人形はいりません!」
即決。
二〇パー引きの二八〇〇〇エルドをきっちり支払って、ワラ人形セット抜きの『かけだし探索者応援セットver2』を勢いに押されて購入してしまった。懐が途端に寒くなる。
「ユイトくん、毎度ありがとね。大好きだよ~!」
「!?…………あっ、はい……」
よく分からないやりとりを最後に、僕はありったけの品々を詰められた大袋を手にして店をあとにした。
外には何故か、妙に清々しい風が吹きつけていた。




