第21話 新天地
時系列的に20話ラストから三日後の話です。
斬閃が空を裂く。
オレンジ色にぼんやりと光を受けるダンジョン内で、僕はひたすら手にしたナイフを振りかざし続けていた。
新品の刃が獲物を切り裂く度に、銀の輝きが暗闇に舞う。
「墜ち、ろっ!」
『ゴギャッ!?』
正面に飛びかかってきたゴブリンへの一撃。
もうすっかり刃物の扱いにも慣れてきた僕にとって、このナイフは主戦力として語るに相応しいものになっていた。〈紋章〉による機動力のアドバンテージを生かしづらいバールに比べて、軽量なナイフは支給品とはいえ僕の手によく馴染むものだった。
それでも、武装において未だ不十分な僕にとってバールは万が一のためのお守りでもある。
新しく買った防具の裏、背中のベルトに今もしっかりと引っ提げているのだ。
この街に来る前から持っていた折れた西洋剣は、今は使うことなくギルドに預けている。
新たに5階層まで歩みを進めた僕は、この階層だけで既に〈プレーンスライム〉を三匹、〈ファイアスライム〉を五匹、〈ゴブリン〉を八匹片付けてきた。
区分けで言えばまだここは上層ということで、モンスターたちに著しい変化やインフレは見られない。
……ちなみに、〈ファイアスライム〉は特に炎を吐いてくるとかそういう攻撃はなくて、本当にただ燃えているだけだった。ナイフだと熱いからバールで仕留める必要はあるけど。
そんな話は置いといて。
いよいよ僕はダンジョンの序の口とも言われる5階層を突破するため、階層の最奥――〈ボスステージ〉にたどり着いていた。
「この先が、ボスステージ……」
レンガ調のダンジョンの通路の先、一本道に突如として現れた分厚い石の扉。
5階層ごとに設けられている〈ボスステージ〉には、その区域ごとのレベルに応じたボスモンスターが待ち受けているらしい。階層の大きな節目ということで、これまでとはまた一味違った闘いになりそうだ。
言うなればそれは、探索者が次のステージに進むために挑む『砦』。
さらなる高みを目指すため、神から授けられた力をもってその実力を存分に発揮する最高の場でもある。
扉に向き直り、僕は掌を突き出した。
この先で待ち受ける強敵との戦いに挑む、『誓い』を立てるため。
「――紋章起動!」
手の甲に再び光が灯る。
と同時に、重厚な石の扉が軋むような重低音を響かせながら開いていく。立ち向かう意思を示した僕に、進むべき道を切り開いていく。
扉の向こうにいた〈それ〉と正面から向かい合う。
緊張で速まる鼓動と興奮を抑えて、背面に携えたナイフの柄へ右手を伸ばす。
両眼を斜に構え、敵と視線が交差する。
ここから更に一歩、僕の闘いは加速していく。
*
小一時間後。
この街――学園都市アーディアの中心地にあるダンジョンへの入口から真南に向かった僕は、そのまま探索者ギルドへと直行した。
僕の訪れている新天地アーディアの街並みは、街の丁度中心に位置するダンジョンの【メインエントランス】から四方位に伸びる四つのメインストリートを軸に拡がっている。
そして、それぞれの通りを進んだ先にあるのが、この街が『学園都市』と呼ばれる所以の『王立アーディア学園』。東西南北の方位に合わせて、第1~第4の四つの分校に分けられている。僕の入り浸っている南のメインストリートを真っ直ぐ進んだ先にあるのが、第3学園の広大な敷地だ。
四つのメインストリートには当然それぞれ探索者ギルドの支局があって、学校帰りの学生たちが放課後ダンジョン通いすることもしばしばなんだとか。
……放課後にダンジョン探索とか、普通に楽しそうだと思うのは僕だけ?
とまあ、こっちに来てから三日ほど経った今、僕はこの新しい環境にも次第に慣れてきていた。
多種族の探索者や学園の生徒たちとすれ違うメインストリートの光景も見慣れ、僕の探索者としての活動も軌道に乗ってきていた、そんなところだと思う。
***
「フーカさん、倒してきましたよ!」
ギルドに着いてすぐ、僕は戦利品片手に受付へ足を運んでいた。
「うっそ……ほんとに倒してきちゃったの?」
僕がまさに今『フーカさん』と呼んだ彼女こそ、ここのギルドでの僕のアドバイザー担当である受付嬢さん。風の噂で聞いた『ギルドの受付嬢、だいたい美少女説』の例に漏れず、彼女の容姿は誰がどう見ても整っている。
茶髪のポニーテールが印象的なフーカさんは、僕たち探索者に対してアドバイザーとしてどこまでも優しく親身に接してくれる。だから僕はどことなく『お姉さん』っぽい印象を彼女に勝手に抱いていた。
でも、その反面……
「支給品のナイフだけで真面目に5階層まで行く探索者なんて、今の時代君くらいだよ?」
結構、ズバッと意見を言われることもしばしば。
驚きからか、はたまた呆れからか軽くため息をつくフーカさん。カウンターで頬杖をつく彼女にジト目を向けられ、僕はなんともいたたまれない気持ちになる。
「君も武器くらい好きなの買ってきたらいいのに」
「防具を揃えるのに使っちゃったので……」
「先に防具揃えるのも君くらいだよ?」
どうやら、フーカさんの中では僕は異端児のイメージで定着してしまったらしい。
「それにしても、ユイトくんここにきてまだ三日でしょ? 12階層まで行ったことあるにしても、そこまで急ぐ必要ないんじゃない? この間の魔石の報酬だけでも十分すぎるくらいだし……」
言い返す言葉もない僕に容赦なく始まるフーカさんのお説教タイム。……いや、正確にはお説教じゃなくて有難いアドバイスの一環なんだろう。
たまに純粋に愚痴を吐いてくることもあるんだけど。
「お金を稼ぐのがダンジョン探索の目的なのは当然わかってるけど、ユイトくんみたいな男の子がずんずん進んでるのを見ると、こっちはすごくハラハラさせられるのよ。またこの前みたいに、血だらけになって帰ってきたらって思うと……」
「で、でも僕には【再生】がありますし、いざと言うときにはなんとかなるので……」
「それは、そうなんだけど……」
食い下がって言い淀むフーカさんに、僕は冷や汗を流しながら先の言葉を待つ。うーん、と唸って首を傾げるとともに、フーカさんのしっぽみたいなポニーテールが揺れた。
「君だってまだ子供なんだから、自分のことは大事にしてほしいの。そのことで君を心配してる人だってきっとたくさんいるはずだから、ね?」
「たくさんって……フーカさんもですか?」
「え、ええっ!? ……うん、わ、私だってそりゃあ心配はしてるよ? けど、それは私が君の担当ってだけだから……」
当たり前でしょ、と若干照れながらフーカさんは早口で付け足す。こういう場面で赤面したりあたふたしたりと、彼女の割としっかりした乙女らしい仕草には僕も内心ドキッとさせられてしまう。
僕はたぶん、案外チョロいんだと思う。
なんて思ってるうちに、フーカさんはこほんと咳払いしてまくし立て始めていた。
「とにかく! 君もダンジョンに潜るなら自分の命は大事にしなさいっ!」
「は、はいっ!?」
「あと、あんまり年上をからかわないこと!!」
「すみません……?」
「まったく……」
よくわからない怒り方されたけど、まあいいか。
フーカさんのゆるっとしたお説教もふわふわ~っとした感じで幕を閉じ、難を逃れた僕はほっと胸を撫で下ろした。
カウンター越しの僕と彼女の間に穏やかな空気が流れ始めた頃、はっと思い出したようにフーカさんが切り出す。
「そうそう、昨日君の頼んだパーティの件、一応条件通りでメンバー揃ったよ」
「えっ、もう集まったんですか?」
パーティの件、というのも。
探索者としてこの先進んでいく上で、僕はパーティを組んでの探索は不可欠だという結論にたどり着いていたのだった。
せっかく異世界に来たからにはパーティプレーは醍醐味、という理由もあったりするけど、実際今も僕一人では苦しい場面もあるわけで。より安泰な僕の未来のためにも仲間を募るという選択肢をとった次第だ。
だけど。
「依頼したのって昨日ですよね? 集まるの早すぎません……?」
僕がパーティメンバーの募集もといマッチングを依頼したのが、昨日のダンジョン帰り夕方。それでメンバー集結の報告を受けた現在、お昼過ぎの午後一時。
あまりの迅速さに、僕はちょっと引いていた。
「この季節は特にね~。田舎町から来た探索者志望の子達が、ちょうど上り詰めてくる時期だから。今はパーティ新設にはもってこいなのよ」
「そうなんですね……」
ギルドの仕事の速さに感嘆する僕をよそに、フーカさんは一枚の羊皮紙に羽根ペンで何やらサラサラと書き記し始めた。その手を目で追っていると、すぐさまピッとその紙は僕に差し向けられる。
「はいこれ、他二人の名前と役職のメモ」
「あ、ありがとうございます……」
「集合は明日の朝十時、探索者ギルドの6番テーブルだって」
ざっとメモに目を通して、腰ポケットに仕舞う。
明日の十時ともなれば、集合からそのままダンジョン探索へ直行なんてことも有り得るだろうか。
「君もとりあえず、道具の補充くらいはしておいた方がいいんじゃない?」
ポーションや装備品はパーティの仲間内でも役立つこともあるし、フーカさんの言うこともやっぱり一理ある。
「そうですね。今回のでお金も溜まってますし」
「うん。じゃあ、これからも頑張ってね」
可憐なフーカさんの微笑みに見送られ、僕はギルドをあとにした。
来たるパーティ結成に向けて、僕の次なる行き先はアイテムショップだ。




