第19話 CONTINUE
それからすぐに訪れた、12階層にて3回目の死。
〈ダークハウンド〉の群れに遭遇して、ギリギリのところで敗北した。もっと効率のいい闘い方を模索するべきだと思った。
残り997回。
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12階層にて11回目の死。
そこで僕はやっと〈ソードマンティス〉に打ち勝つことができた。ほとんど相討ちに近かったけど、 決死の一撃が届いた。ようやく一矢報いることができた。
「や、った……」
生き返った僕は、達成感を糧にまた進み続ける。
残りは989回。
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23回目の死。
復活してすぐ、さっきから同じ場所をぐるぐると歩き回っていることに気づいた。他の探索者の人が来たら出口を聞きたいけど、なぜか一向に人とすれ違わない。
絶望感と心細さに押し潰されそうになりながら、なんとか自分を保てるように頑張ってみる。
(諦めて、たまるか……)
こんなところで残り900回近くも死んで終わる人生なんて、絶対に御免だ。モンスターたちの落とした魔石を一応拾い集めながら、僕はあてもなく歩き続ける。
残りは977回。
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53回目の死。
その頃にはもう、〈ダークハウンド〉の一匹や二匹は余裕で倒せるようになっていた。〈ソードマンティス〉はまとまってかかってきたら勝てないけど、一対一ならなんとか互角まで持ち込めている。
それはそうと、ラファエラからもらった『力』の効力が徐々に弱まってきている気がする。あくまで今の実力は、ラファエラの援護があって成り立っている仮初めのものでしかない。
早いところ脱出しないと、最悪本当に詰みゲーになる。
「まだ、止まれない……」
麻袋に入れた魔石の数は、もう数え切れない量になっていた。これを換金したら僕もきっと億万長者……なんて、都合がよすぎるか。
ともかく、地上に着くまで歩みは止められない。
残りは947回。
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113回目の死。
10階層に到達。
もはや見慣れた猟犬やカマキリたちとは、もうおさらばだ。見たことのないモンスターたちと遭遇するようになったけど、あいつらに比べればやっぱり格下だ。
あと、そろそろ死んだ回数をプレートで確認するのも面倒になってきた。
足取りが重い。無傷で復活しても、どういうわけか疲労が溜まっている。
「疲れたよ……もう」
そこで初めて弱音を吐く。自分を保つために無理矢理にでも言わないようにしてきたけど、もう限界だった。
「ほんとに、いつになったら着くのさ……めんどくさいなぁ……」
今まで保ってきた大事なものが、歪み始める。
できるならすべて投げ出したい。もう死ぬのは懲り懲りだ。
「なんで、僕がこんなこと……っ!!」
拳を壁に打ちつける。沸々と湧き上がってきた怒りは、自分でもうまく制御できなかった。
「なんで、僕ばっかり……」
心の中にあった芯の部分が、揺らぐ。心も身体もボロボロだ。
残りは、887回…………
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おそらく、199回目の死。
身体が思うように動かない。正確には、考えていることと行動が一致していない。
疲れ切って思考そのものを放棄した『僕』に代わって、誰かが身体の制御権を握っている。
それはまるで、熱でも出して寝込んでいるときのような感覚だった。目の前で起こっている現象や自分が起こしている行動すべてに、現実味が感じられない。
僕の中に芽生えた何者かが、僕の身体を操っている。完全に無意識下だったはずの僕は、一方的にモンスターを嬲り殺しにしていた。
『死ねよ』
当たり前のようにゴブリンの頭をバールで吹き飛ばし、残った身体を剣で滅多刺しにした。鳥型のモンスターの足を掴んで引きずり降ろし、素手でその翼を引き千切った。返り血をふんだんに浴びながら、生きたままのモンスターから魔石を無理やり奪い取った。
『邪魔なんだよほんと……ウザいからいちいち突っかかってこないでくんないかな』
自分事とは到底思えないような荒々しいやり方で、僕は迫りくるモンスターたちを叩き潰していく。そのやり方は客観的に見ても残酷かつ残虐で、容赦は一切なかったように思う。
傷も痛みも忘れたように、血塗れの僕はそれでもただ前に進んでいた。
たまに失敗して死ぬようなことがあっても、すぐにまた立ち上がる。
そして、遭遇するモンスターたちを無心で手当り次第殺して回る。
その繰り返しだった。
元の僕から目的だけを受け継いだもう一人の自分は、まるで殺戮マシーンのようだった。歩くことと殺すことしか知らない、限りなく単純で効率的になった思考回路。
一見正しいように思えるその思考は、僕の頭が完全におかしくなったことを証明するには十分だった。
『まーたゴブリンかぁ……こっちはもう見飽きてんだよ……』
バールを地面に引き摺って歩いていた僕は、視線の先にいたゴブリンを見て溜息をつく。
すると特に何も考えることなく、バールを振りかぶりながら一直線に駆け出した。僕の気配に気づくことが出来なかったゴブリンは為す術もなく肉を断たれ、血と肉片に姿を変えた。
『まあ、殺した分だけ金になるし、別にいいかぁ〜!』
死体の胸から魔石を引き抜き、僕の口端は不自然に吊り上がる。とっくのとうに限界を超えてしまった僕の思考は、もうどうしようもできないほどにぐちゃぐちゃだった。
『そうだ! どうせ死なないなら、できるだけ稼いでから脱出しよう!』
僕は何を言っているんだ。
そんなことのために『あの子』は力をくれたわけじゃないだろうに。
『そうすれば僕はきっと億万長者だ!
あはははははははははははははははははは!!』
壊れた機械のように、僕は喉が枯れるまで高笑いを続けていた。
――なんでこんなことになったんだろう。
至って冷静に、僕は今の自分を俯瞰しようとしていた。
こんなことになるんだったら、もう二度と生き返れないほうがマシだった。
こんな醜い自分を見せられ続けるなら、死んだままでよかった。
「あははは……もう、嫌だ……」
笑い疲れて頬を引き攣らせた僕の目から、一筋の涙が流れた。
もう、全部が嫌だ。




