第17話 DEAD END
『全部お前のせいだ』
酒に酔った義父さんがよく僕に言った言葉だ。
日頃の鬱憤を晴らすように僕に暴言を浴びせかけては、酔った勢いでいつも僕を殴った。
『お前がこの家に来てから、全部おかしくなったんだよ』
僕はその家の子供じゃなかった。
小さい頃に両親を亡くした僕は、母さんの姉の家に引き取られた。
いわゆる義理の家族というやつだけど、そこに家族の絆や温かさなんてものは一切なかった。
その家庭にあったのは、冷めきった家族関係と、余所者の僕をないがしろにする冷徹な視線だった。
義父さんは毎日仕事で疲弊して帰ってきては、家族にその不満をぶちまけている。
義母さんは今の夫に飽きて、夜な夜な知らない男の人と会っている。
義姉さんは高校をサボって出掛けていて、夜もほとんど家にいない。
義兄さんは金銭面の問題で大学に進学できずに、家に引きこもっている。
そして僕は、義父のストレスのはけ口にされ、他の人からは無視されている。
そんな家庭のどこに温かさなんて有り得るだろうか?
『お前は疫病神だ』
今思えばその罵詈雑言も、僕を悪者にするためのくだらない口実だったのだろう。
でも、あながち間違いではなかったのかもしれない。
実際、僕を引き取ってからあの家の家計が苦しくなったのは事実だ。
癇癪持ちの義父さんの稼ぎが元々あまり良くなかったのもあるけれど、余所者の僕まで養うためのお金なんて最初からなかったのだ。
その結果、義母さんは夫の酒癖と家事に疲れて家庭を顧みなくなった。みるみる質素になっていく生活に耐えきれなくなった義父さんたちも、次第に歪んでいった。
僕は、疫病神だった。
その罪悪感から、僕はお義父さんの振るう暴力にも反撃できず、反論もしなかった。この痛みを受けきるのが僕の使命であり、家庭内における役割だとさえ思ったりした。
灰皿を投げつけられ、背中に火のついたタバコを押し当てられ。
服や髪で隠せるところを痣ができるまで執拗に殴られ、蹴られ。
それでも平気な顔で毎日学校に通うことが、僕の日常の一部だった。
『あんたさ、早くこの家出てけば?』
ある日、義姉さんが珍しく僕に話しかけてきた。
その日は特にお義父さんの機嫌が悪い日で、僕はいつもなら傷つけられない頬を思いっきり殴られていた。力なく床に横たわっていた僕を、義姉さんは冷めた目で見下ろす。
この家の人はみんな、生気の感じられない暗い目をしていた。
僕は何か答えたような気がするけど、多分彼女には無視されていただろう。
『ほんとさ、毎日あいつに殴られてんのによくまともに生きてるよね』
吸い殻の散乱したテーブルを見やって、義姉さんは舌打ちした。倒れた椅子を拾い上げ、制服姿で当たり前のように自分の煙草を吸い始める。
彼女は元から、義父さんのことを嫌っていた。
『こないださ、母さんまた離婚の話してた。離婚したらあんた、どっちにも拾われないんじゃない?』
その通りだ、と僕は思った。邪魔者でしかない僕の面倒を見るなんて、二人ともお断りだろうから。
そうしたら僕は、独りだ。
『あんたはいいよね。将来まで心配してくるようなウザい親もいなくてさ』
義姉さんの吐いた煙が目にしみた。
いいわけない、僕は多分そう答えた。
『ならなんで何もしないわけ? 殴り返すなりすればいいじゃん。バカなの?』
義父さんは彼女からすれば実の親だ。それなのに、どうしてここまで淡白にものが言えるのか不思議でならなかった。
もちろん、そんな勇気は僕にはないけど。それを知っていて、彼女は僕をからかうように言ったのだ。
『それかもう、あいつ■せば? それが一番手っ取り早いんじゃない』
冗談半分で義姉さんは言ったつもりだったんだろう。
でも、この後押しがあったから僕は――
――いや、待て。
なんで今になって、僕はこんなことを考えてるんだ?
なんで今更、こんなどうでもいい過去を回想し始めたんだ?
僕は今、ダンジョンでモンスターと戦ってるんじゃなかったのか?
「……………………あれ?」
身体が、動かない……?
というか、僕の右腕は? 両足は?
僕の身体は今、どうなってる?
もしかして、負けた?
「なん、で……?」
ひたすらに僕は自問し、冷静にその答えを考えようとする。
ラファエラの決死の援護のお陰で、勝算自体はあったはずだ。
少なくとも最初は、〈ダークハウンド〉の群れを相手に善戦していた。武器は心許なかったけど、天使である彼女の遺した力は絶大だった。
それでも、闘っていたのは『僕』だった。
モンスターに囲まれながら戦い抜く術なんて知らないし、まともに剣なんて握ったこともない。ましてや〈ソードマンティス〉みたいな変則的な戦い方のモンスターを相手取るだけの技術もない。
力を手にしても、それを制御する方法を知らなかった。
いきなり神様みたいに強くなれるわけもないのに、僕は油断した。
だから負けた。それが結論だ。
「なんだよ、それ……」
地面に倒れ込みながら、僕の喉は乾いた笑い声を発する。
倒れ込む僕を〈ダークハウンド〉たちが取り囲み、背中側から僕の肉に喰い付いていた。身体を喰われているはずなのに、不思議と痛みは感じなかった。
折れたルークの剣が転がっている。僕は必死に左手を伸ばす。
でも、その手に指はもうなかった。
僕はもう、闘えない。『詰み』だ。
――ああ、ここで終わりか。
特に感情もなく、そう思った。
自殺して異世界に来た者の末路としては、妥当だと思う。
どう足掻こうがバッドエンドにたどり着くのが、僕の運命だ。
このエンディングも、僕は受け入れるしかない。
――GAME OVER――
[CONTINUE?]
▶︎YES
NO




