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第15話 どうして

今回は表現的にエグめな話です。当たり前のように残酷描写があるのでご了承ください。

「12、階層……」


 残酷な現実を突きつけられ、唯都は今度こそ言葉を失った。

 下の階層への落下。

 言い換えれば、()()()()()()


 それが一階や二階ならまだしも、十階分の通路を貫通していた落とし穴によって、ダンジョンとしての難易度は非情なまでに『急上昇』した。

 まだダンジョンに潜って日の浅い二人にとって、ここ――12階層はもはや未知の領域なのだ。


「そうだ、早く逃げないと……!」


 モンスターに会敵する前に、早く。

 身に迫る危機を察知した唯都は、深く考えるよりも先に身体が動いていた。右も左も分からない状況ではあるが、モンスターに囲まれる前に一刻も早く行動を起こすべきだ。


 ……だが、その矢先。


「うっ、くそっ……痛ってぇ」


 弱々しい呻き声を聞きつけ、唯都は振り返る。


 そこには、地面に這いつくばったルークの姿があった。

 彼の両脚は、彼らとともに落下してきた瓦礫の山に埋もれ、身動きの取れない状況にある。

 逸る気持ちを抑えて我に返った唯都は、彼のもとへと駆け寄った。


「ルーク、大丈夫!?」

「ああ、なんとかな……」

「でも、その脚は……」

「瓦礫で潰されてるだけだ……たぶん折れてはねぇよ」

「……わかった、今助けるから!」

「悪ぃな……」


 地面に伏したルークに近づき、唯都は瓦礫の撤去を試みる。

 バールを器用に用い、てこの原理で破片を取り除いていく。

 こんなときだけは、バールがあって良かったと思う唯都だった。


「よし、これで大丈夫」

「ああ、助かったぜ……」


 瓦礫から脱出し、ルークは唯都の手をとって這い上がる。足下のふらついているルークに唯都は肩を貸し、二人はようやく体制を立て直した。


 ――ここから、逃げないと。


 ギリギリのところで冷静を保っている唯都の頭の中には、常にサイレンが鳴り響いていた。

 足を痛めた様子のルークの足取りには不安があったものの、今最優先に考えるべきはここからの脱出だ。


「これ……出口、どっちなんだろう」

「基本的には、下ってけば下の階層に行くから……上り坂になるように歩けば着くんじゃねぇか?」

「なるほど……」

「……言っとくけど、オレ今超適当なこと言ったからな」

「えっ」


 冗談だよ、とこの状況で屈託なく笑って見せるルークに、焦っていた唯都の気持ちもいくらか和らぐ。できるだけ冷静な判断が求められる今、焦って周りが見えなくなるのが一番危険だ。


 モンスターに気配を知られないように、二人は足音を潜めて通路を歩く。その後ろを、唯都たちに迫る危険にアンテナを張りながらラファエラはついていった。


 彼らの目指す地上へは、ここから12階層分の道のりがある。

 階層を貫通する地上への連絡通路も一本だけ存在するが、所在のわからない二人がそこを目指して闇雲に歩き回るのは、リスクが大きい。距離は絶望的なものであっても、この選択が最善策であることに変わりはないのだ。


 だが依然として、モンスターとの遭遇は最大の危機ではある。


(落ち着け……これ以上焦っても、仕方ないんだから……)


 唯都は自身を落ち着かせ、一歩ずつ着実に進み続ける。

 唯都に肩を借りているルークも、足を引きずりながら懸命に前進していた。


 冷や汗が流れ、唯都は顔を上げる。眼前に映るのは、先の見えない闇。

 その闇に、小さな光が見えた。


「あれは……」


 闇に沈む、一対の光。

 不安に駆られる唯都にとって僅かな希望にも見えたそれは――


「モン、スター……!?」

「くそっ、マジかよ!!」


 それは、鋭い眼光だった。黄色い眼光を揺らめかせながら、怪物はその全貌を露わにする。


 ――中級モンスター、〈ダークハウンド〉。


 闇より出でし猟犬は、標的を前にして低い唸り声を上げた。大型犬ほどの体躯に凶器となる牙を持ち合わせたその獣の気性は荒く、狙った獲物には最期まで喰らいつこうとするほどだ。


 遠方の凶暴な獣を前にした二人の足は、その場に縛りつけられている。

 しかもその光の数からして、相手はどうやら一匹ではなさそうだ。


 こいつらには勝てない――直感がそう言った。

 二人が先程まで相手にしていたゴブリンやスライムとは、何もかもが別格なのだ。


「っ、ルーク、逃げよう! この道は駄目だ!!」

「お、おう! わかった――」


 反応の遅れたルークも、唯都とともに引き返すことを選んだ。

 唯都に肩を借りながら足を動かす――が、傷を負った足がもつれ、その拍子で躓く。


「やべっ……」


 ルークはその場に倒れ、彼らの行動を察知した〈ダークハウンド〉たちが一斉に迫りくる。

 絶体絶命。唯都の頭は、今の状況をその四字熟語で形容した。


「ルーク!!」

「悪い、先行ってくれ!」


 ルークの決死の判断に、唯都は躊躇う。

 ここまで来て、自分は仲間を見捨てて逃げるのか。


「オレのことはいい! この足でも逃げながら戦うくらいならできる!」


 壁に手をついて立ち上がったルークは、腰に携えた片手剣を引き抜く。

 銀色の刃は怪物たちに向けられ、彼の瞳もまっすぐ敵を見据えていた。

 足取りは未だ覚束無いが、その覚悟だけは間違いなく本物だった。


 血肉に飢えた猟犬が迫り来る。

 最後まで判断を下せないままの唯都の手を、傍で見ていたラファエラが掴んだ。


「唯都さん、逃げてください!」

「……っ、わかってるよ!」


 非情な決断を下し、唯都はラファエラとともにその場から離れる。

 ――大丈夫、ルークはきっと約束を破ったりしない。絶対に生きて追いついてくるはずだ。


 自分に言い聞かせるように、唯都は心のなかで繰り返した。確証なんてものはどこにもない。

 ラファエラとともに引き返しながら、唯都は彼のほうへと振り返った。


 そして唯都だけが、猟犬たちの背後から迫る()()()()を捉えた。


「来いよ、野良犬ども! 未来の大英雄サマが相手になってやんよ!!」


 威勢よく発破をかけたルークは、両手で持った剣を高く掲げる。

 すぐ足下まで接近してきた猟犬たちに、彼の意識は注がれている。


 その結果、彼の剣が振り下ろされることはなかった。




 彼の剣が、両腕もろとも吹き飛んだのだ。




「……え」


 遅れて反応を示したルークは、ようやく猟犬たちの背後に目を向けた。


 そこには、両腕に鎌を備えた『死神』が佇んでいた。四足歩行で音もなく迫ってきていたその死神は、巨大なカマキリを模した醜悪な形相だった。


 ――中級モンスター、〈ソードマンティス〉。


 主力武器となるその両腕の鎌は、無防備な人間の四肢などは容易く切断してしまう。

 間違っても今の彼らが出逢っていい相手ではない。


「いや、おい……ははっ、マジかよ……」


 両腕――二の腕から先を失ったルークの片脚に、猟犬が噛みつく。

 戦意をも喪失した彼の目は虚ろになり、身体に牙が食い込んでいるにも構わず、乾いた笑い声をあげ続けた。


「嘘だ……そんな、ルーク!!」


 崩れ落ちる彼の身体を目の当たりにした唯都は、何度も彼の名を叫び続ける。戦う気力のなくなったルークは声も上げず、無抵抗にモンスターに襲われていた。


「ルーク!! 早くっ、早く逃げよう!!」

「唯都さん、ダメです! 危険すぎます!!」


 ルークのもとへ向かおうとする唯都の腕を、ラファエラは掴む。今あの場所に突っこんだところで、実力の達していない唯都はルークもろとも食い殺される。


 だが、彼はそれを解っていながら、ラファエラの手を振り払ってでも進もうとした。進めなくても、必死に手を差し伸べた。


 ルークが死ぬ。

 初めてできた仲間が。信じてくれた同志が。

 また、自分と関わった人が死ぬ――


「死んで、たまるかよ……死にたく、ねえよ……」


 虚空を見つめながら、ルークは呟く。

 その声には、微かに涙の色が混じっていた。


「オレは……英雄になって、じいちゃんみたいにたくさん、人をっ、助けて……」


 脚を食いちぎられ、ルークの身体が傾く。

 地に伏した彼は猟犬たちに囲まれ、その姿はあっという間に唯都たちから見えなくなった。

 近くの岩肌を、血飛沫が真っ赤に塗りたくる。


「なのにオレはっ、こんなところで……っ!」


 血に飢えた怪物に囲まれた彼の口から最期に溢れ出したのは、後悔だった。


 英雄になりたかった。

 じいちゃんに恩返しがしたかった。


 やっぱり、死にたくない。

 生きたい。

 なのに、オレはもう。


 なんでだよ。

 ちくしょう。

 ちくしょう。

 ちくしょう――




「――――ちくしょぉおおおおおおおおおおおおああああっ!!」




 凄絶な断末魔が響き渡った。

 彼の悲痛な叫びに、唯都は頬を引き攣らせて膝から崩れ落ちた。


「また、だ……」


 力ない声で呟いた唯都の瞳から、一筋の涙が流れ出た。


 喪失感。無力感。孤独感。罪悪感。

 あらゆる負の感情が彼を押し潰そうとする。

 ルークの叫ぶ声は、もう聞こえない。


「また、()()()()()()……っ」


 後悔を、罪悪を、吐き出して。

 モンスターたちの咀嚼音が響くダンジョン12階層は、絶望に包まれた。

 


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