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#8 Raychell Nightfall

12月くらいに上げた番外編の上げ直しです。

第9章からまた少しずつ書いていきます

 口にするものすべてに、味がしない。

 それに気づいたのは、だいたい一年前のことだ。


 


 コーヒー以外の一切の食物・飲み物から、味が消えていた。それ以外何をどれだけ食べても、飲んでも、どれも無味無臭。パンはパサパサなだけで気持ち悪いし、スープなんて全部お湯を飲んでいるようで正直吐き気がする。


 ボクの人生の楽しみの一つが、いつの間にか奪われていた。

 

 医務室のハイネ先生曰く、過度なストレスによる味覚障害とのこと。

 その原因は、実はなんとなくわかってる。


 ――第二学年の、忘れもしないあの夏の日だ。

 

 あの一件があってから、ボクの時計は止まった。ボクを中心に動いていた色んなものが、全部一遍に停止してしまった。ボクは、中身のない抜け殻になった。


 あの事件でボクは、色んなものを失った。

 大事なたった一人の家族も、たくさんの仲間も、人としての尊厳も。

 全部、喪った。


 ……うしなった?


 いや、違う。

 

 ボクは、()()()んだ。


 大事にしていたものを、この手で。

 無慈悲な選択を迫られた、あの地獄の果てで。


 


    ***


 

 

「倒してきた? ランク1の探索者が、あの化け物を?」


 ユイト君の話を、初めて聞いた日。

 正確には、彼が()()()()に運ばれてきた日のことだ。


 その日、夜遅くになって、リーファちゃんが傷だらけで帰ってきた。

 学長による捜索願が出されてから、ちょうど丸二日経った頃だった。


 あれだけ人を心配させておいて結局自力で帰ってきたことには驚いたけど、そのときの彼女は自分の心配なんて一切してなかった。ただ、自分の背中におぶっていた少年の手当に必死だった。


「たしかに酷い怪我だったけど……それは流石にないでしょ」


 当然だけど、ボクはユイト君のことを初め訝しんだ。

 

 だってそうだ。どれだけ優れたスキルを持っていようとも、あの化け物――〈エルダートレント〉と渡り合うためには、少なくともランク3は必要なんだから。ランク1の駆け出し探索者なんて、普通なら身体半分削られるくらいで済んだらいいほうだ。


 だから、倒すなんてもっての外。

 馬鹿げた作り話だと、探索者なら誰であろうと一蹴するだろう。


「――本当なんです。現に私は、彼に助けられて今生きてるんですから」

 

 だけど、リーファちゃんの目は本気だった。血の滲んだ左腕を押さえながら俯くあの子の目は、言葉では言い表せないほどの説得力と気迫を孕んでいた。

 

 そもそもの話、彼女は滅多なことがない限りは嘘はつかない。

 こういう切迫した状況なら、尚更だ。


「この三日間、彼は休まずに戦ってくれました。私と一緒に、あの階層から脱出すると約束して」

 

「三日間って……いやいや、人が補給無しでそんな時間闘える?」

 

「闘ったんです。……信じられないかもしれませんけど」

 

「はぁ……そう」


 有無を言わせぬ彼女の眼差しに、思わず溜息が漏れた。

 

 信じられないけど、信じる他ない。

 リーファちゃんなりの冗談、というわけでもなさそうだ。

 

 彼女がここまで馬鹿げたことを言うのは、何気に初めてだった。


「彼はたしかに、闘ったんです。あの場所で、絶望に抗いながら」


 頬傷のある横顔で、リーファちゃんはそう言った。

 その言葉にボクは、また別の感情が湧き上がってくるのを感じた。


「……そっか」


 称賛でも感嘆でもない、また別のもの。

 それは、強いて言うなら。


(――じゃああの子は、ボクとは()()だな)

 


 

 自己嫌悪、だった。



 

 地獄を目の前にして逃げたボクと、逃げずに立ち向かった彼。

 一人で逃げてすべてを失ったボクと、自己犠牲ですべてを守り抜いた彼。


 死にたくなるほどに真逆で、正反対で、対極。

 ヒズミ・ユイトという人間に、ボクは途方も無い劣等感を抱くことになった。

 

 だって、そうだ。

 あの子は言うなれば、もう一人のボクなんだから。


(……なんだよ、今更……)


 あのとき、ボクが皆をおいて逃げなかったら。

 あのとき、ボクが諦めずに最期まで戦っていたら。

 ボクが、選択を間違えずに済んでいたら――。


 そんなもしも――()()()()の妄想を体現していたのが、ユイト君だった。

 ボクが暗い夢の中で思い描いていた理想が、そこに具現化したんだ。

 

(なんなのさ……キミは)


 一瞬、彼と比べた自分の現実に嫌気が差した。

 

 彼はきっと、これから先も前を向いて生きていくのだろう。

 やり方が自己犠牲だろうと何だろうと、自分の力で人を助けたという成功体験を胸に。同じ『分岐点』に立ち、ボクとは反対の選択肢を選んだんだのだから、当然といえば当然の結果だ。


 成功者である彼は、失敗者のボクとは違う。


 でも、それでも。

 正しい選択をした自分が歩いていく様を見て、嫌悪感は抱かなかった。


 それどころか、ボクは彼を応援する気になった。

 彼だって、もう一人のボクだ。少なくともボクにとっては。

 どんな形であれ、自分を応援するのは普通のことじゃないか。


 だから、ボクは――




『諦めるにはまだ早いんじゃない? 受験生君』




 彼の前では、カッコつけたくなるのかもしれない。

 

 ロクに説得力のあることも言えないのに、不思議と彼の前では先輩風を吹かせたくなってしまう。慣れないことまでして彼に無理にでも前を向いてもらおうとしたのも、思えばその所為だ。


 ボクは確かに、彼に期待していた。

 自分とは違う彼に、身勝手な希望を託そうとしていた。

 

 彼には、ボクとは違う人生を歩んでほしい。

 ボクに出来なかったことを、たくさん成し遂げてほしい。


 本当に身勝手な期待だけど、彼ならきっとやってくれる。

 彼なら、ボクの代わりにこの世界を変えてくれる。


 


 もうすぐ死ぬ運命の、ボクの代わりに。

 



第9章プロローグを4月10日あたりに投稿します

投稿頻度は未定です

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