表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/115

#6 O-MO-TE-NA-SI

前後半に分けていたものを加筆修正して統合しました。

後書きに解説もつけておいたので、そちらもご確認を

 陽の光が燦々(さんさん)と照りつける、ある日のこと。

 その日、いつもなら平和である筈の南のメインストリートは、朝からほんの少し異様な様相を呈していた。


「よ、よし……オイお前ら、得物は持ったか?」


 異様……といっても、事はそこまで大事ではない。

 大袈裟に武装した大男たちが、とある店の前でたむろっているだけだ。


 ――そう、とある”飲食店”の前で。


「持ったっすけど……いや、あの、兄貴」

「何だよ?」

「ちょっと大袈裟過ぎやしませんか? 相手は()()()()()っすよ? そこまで気張ることな」

「――バッカかお前!! この店の連中を舐めてんと死ぬぞ!!」

「「急に怖っ」」


 一味のボスとその子分が、店の真ん前で言い争う。小声で。

 右腕に赤いバンダナを巻いた男たちがいるのは、アーディアのグルメ通なら誰もが知る超超有名ステーキ店、〈Ryo-Ran(リョーラン)〉の店先。斧や鈍器、丸太等で各々武装した彼らは、そこでひそひそと作戦会議をしている最中であった。


「中でもあの店長……リンドウはやべぇ。別格だ」

「や、ヤバいって……何がっすか?」

「何って、全部だよ!! ああクソッ、なんでよりによってこんなトコに――!」

「あ、兄貴……しっかりしてくだせェ!」


 スキンヘッドの頭を抱えるボスを、その子分たちは何とか奮い立たせようとする。そもそもの話、彼らもこの“カチコミ”にはあまり乗り気ではなかった。


 それもそのはず、この店で騒ぎを起こした連中は、いずれも悉く手酷い()()()()にあっているとの噂が、街中で流れている。リンドウ率いる半武装集団であるこの店に喧嘩を吹っ掛けること自体、よっぽどの腕利きでない限りは殆ど自殺行為に近いのだ。


 だが、それを承知の上で、彼らはここに集結していた。

 チンピラとして、曲がりなりにも『漢気』を見せるために。


「だがなぁ、裏口はビルマたちが塞いでんだ。二方向から挟み撃ちすれば、いくらアイツ等でも多分対応しきれねェだろうよ。それに……ガルスに手を出された手前、今更退くわけには行かねェんだ」

「……まあ、あの人クレーム言って出禁食らっただけッスけどね」

「細けえこたぁいいんだよ! ――とにかく、オレたちには退路は残ってねぇ、それを忘れんな!!」

「さ、さすがは兄貴……かっけえっすよ!」

「オレ、一生ついていくッス!」

「よぉし……じゃあお前ら、行くぞぉおおおっ!!」


 リーダー格の男が全体を奮い立たせ、彼らの士気は最高潮に達した。

 十数人の子分たちを従えて先陣を切った彼は、店のドアを勢いよく蹴り破る。


 そして手にした大斧を肩に担ぎ、ヤケクソ気味に声を張り上げた。


「強盗のお出ましだぜぇ!! 全員、出てこいやぁあああああああああああ!!」


 男の雄叫びが、開店前の店内に響き渡る。

 ややあって、テーブル席付近にいた青年がそれに返答した。



 

「お? ……ああ、いらっしゃいませー」



 

 そこでテーブルを拭いていたのは、糸目の青年、ダリアだった。

 突入してきたチンピラたちを見た彼は、それでもなお至って冷静にしている。あたかも彼らを普通の客として扱うかのように。


「は?」

 

 あまりにも平然とした彼の様子に、大男たちは若干拍子抜けする。


「いや、いらっしゃいませって、おま」

「申し訳ないんやけど、今ウチ準備中なんよー」

「はあ!? 舐めてんのかガキが!! 武器(これ)が見えねぇのか!?」

「はぇ?」

「オレらはここを潰しに来たんだよ!! これ以上舐めた真似するようなら全員殺すぞ!!」

「はぁ……」


 危機感は皆無といった様子で、ダリアは曖昧な返事をした。

 糸目のまま首を傾げると、彼は小さくため息をついて言う。


「うーん、これで今月何回目やろなぁ……」

「ああ? チッ、もういい――お前らやっちまえ!!」

 

 リーダーの指示により、子分たちは武器を構えて突入を開始した。

 五人ほどのチンピラたちが、武器を手にダリアを強襲する。

 

 一方、迫りくる男たちを前にしたダリアは、糸目がちの瞳を見開いて。



 

「作戦コード――【おもてなし】」



 

 合言葉を、静かに口にした。

 

「――ほぐぇっ!?」


 次の瞬間、先頭で大刀を構えていた男の顔面に“蹴り”がヒットする。

 

 女性特有のしなやかな長脚によって繰り出されたその飛び蹴りは、筋骨隆々な大男の体勢を一撃で崩して身体もろとも弾き飛ばす。一瞬にして吹き飛ばされた仲間を、男たちは恐る恐る目で追った。


 カウンター裏からの奇襲を仕掛けたのは、『作戦コード』を聞きつけたエリカだった。


「はぁ……またなの?」


 驚愕して立ち止まる男たちを前に、エリカは肩を落とす。

 その場に伸びている仲間を目にしたリーダー格の男は、ギリッと奥歯を鳴らした。


「チッ、たかが丸腰の女一人……怯むな!!」

「は、はいっ!」

「っ、うぉおおおおおおおッ!!」


 彼の指示で再び、チンピラたちは攻撃を開始する。

 棒立ちの状態のエリカに、手にした武器で襲いかかった。


 だが、その根性も虚しく。


「――どうせあなた達は、五月蝿いだけじゃない」


 素手の、しかも制服姿のエリカに圧倒された。


 振り下ろされる斧を躱し、顎下からのアッパーでまず一人をノックアウト。

 続く一人のガントレットによる打撃も直前で回避、すかさず首と鳩尾に手刀。

 倒れゆく仲間たちを見て怯んだもう一人には、軽く頭部に回し蹴り。


 まるでダンスでも踊るかのごとく軽やかかつ優雅に、彼女はたった一人でホールを立ち回る。圧倒的に数的不利であるのは目に見えてはいるが、彼女とチンピラたちの間には超えようのない壁があった。


 瞬発力、対応力、戦闘経験――。

 培ってきた経験値が違うのだ。

 

 どこを取っても、彼らは“本職”のエリカには到底敵わない。


「クソッ、んだよこの女!? バケモn――」

「あなた、口が臭いわ。お願いだから喋らないで」

「ナメやがって……! くたばれ!!」

 

 優雅に闘っていた彼女の背後、一人の男が飛び掛かる。

 その一撃は、完全にエリカの不意を突いた……に見えたが。


「――えいやぁあああああああああっ!?」

「ぐへっ!?」


 彼のそのまた背後から、お出かけの準備中だったミントが奇襲をかける。


 ミントはカウンター付近にあったワインボトルを適当に掴み、勢いよくチンピラの脳天に叩きつけた。とにかく力任せで無謀な攻撃は意外と功を奏し、割れたボトルから脳天にワインを浴びた男はその場に伏してしまう。


「わ、わたしだって闘えますからね! 武器はもう壊れましたけど!!」

「どけクソガキ! 邪魔すんなぁ!!」

「ひぇっ!? ごごごごめんなさ――」

 

 ワインボトルの残骸を手に怯むミント。

 だがそのすぐ横を、一発の『コルク栓』が弾丸のごとく通り過ぎる。


「レールガン、なんつって」

「ダリア先輩――!」

「ミントチャン、ワイン瓶で殴るならせめて空のやつにしいや〜」


 指鉄砲を構えたダリアが、今度はカウンター裏に身を隠していた。

 

 彼はさながら狙撃手のように、混乱した店内を移動しながら弾丸を撃ち込む。魔法による電気を帯びたコルク栓をゴム弾代わりに撃ち出し、敵のこめかみ、額、武器にヒットさせて敵を無力化していく。


 あくまでもコルク栓のため殺傷能力は高くないが、当たりどころによっては気絶は免れない。


「畜生……! 何なんだよコイツら、全員戦闘員かよ!?」


 一方的すぎる戦況に、リーダー格の男も焦りを覚える。

 ダリアの撃つ弾丸を避けながら、彼はなんとか裏口付近まで退避していた。

 

 十五人を軽く超えていたはずの手下たちだったが、彼が気づいたときには立っているのは既に残り()()となっていた。ほとんどが、噂通りの返り討ちに遭って床に伸びていたのだ。非武装状態の、“店員”たちの手によって。

 

(だがおかしい……この騒ぎだってのに店長の姿が見えねぇ)

「あ、兄貴! この人数じゃあ保たないっすよ!!」

「諦めんな! ビルマたちの援軍が裏口から来るはずだ!!」


 店の裏口は、正面入口から見て思いっきり反対方向にある。

 もう一人の指揮役のビルマたちと両側から二手に分かれて突入すれば、(正面組は大方やられてしまったが)いくらエリカたちといえど対応しきれない、彼はそう踏んでいた。


 裏口からの援軍は、切り札となるはずであった。

 

 ――彼らが、()()()()()()の話だが。




『――あ〜らあらっ、何のお話? お兄さん方ッ♡』


 

 

 背後からしたその野太い声に、男の背筋は忽ち凍りつく。

 頬を引き攣らせながら、彼は恐る恐る振り返った。


「ウフフ……ようこそ、裏の〈Ryo-Ran〉へ」

 

 そこに居たのは、満面の営業スマイルを浮かべた巨漢(オネエ)、リンドウ。

 ついに現れた敵方の首領に、チンピラのリーダーは思わず飛び上がった。


「な、なんでお前が……っ!? ビルマたちは……援軍がいたはずだろ!!」

「援軍……? ひょっとしてそれ、このコたちのことかしら?」


 ようやく姿を現したリンドウの両手を見て、男の心は完全に折れた。

 

 ぐったりとしたビルマたちは、彼に首根っこを掴まれ引きずられていたのだった。彼の見る限りでも、裏口にいた十人以上の援軍は皆揃って床に伸びており、威勢の良かった仲間の姿はそこには一つとしてなかった。


 援軍は、援軍としての役目を果たすことなく全滅した。


「あ、ああああっ……!!」

「あらやだ、やっぱりアナタたちのお仲間さんだった? それはごめんなさいねぇ。あんまりいっぱい居たもんだから、通路が通れなくって。でも安心して、みーんな気絶してるだけだからッ♡」

「お、お前っ――よくもビルマたちをぉおおおおおおっ!!」


 危機的状況に錯乱した男は、自棄(ヤケ)になってリンドウに殴りかかろうとする。

 笑顔で迎撃の構えを取るリンドウだったが、その拳は彼には届かなかった。


「邪魔よ」


 彼の側頭部を、エリカが手の甲で強かに強打したのだ。

 大した威力でもないにも関わらず、完全な不意打ちだったその一撃はついにリーダー格の男までもを気絶させ、下してしまった。


 時を同じくして、最後のもう一人もダリアの弾丸が制圧する。

 店内で暴れていたチンピラは、終いには一人残らず居なくなった。


 ようやく静かになった店内で、戦いを終えたリンドウらは気を緩める。


「あ〜ら、もう終わりかしら。あんまり出番なかったわねぇ、アタシ」

「いやいや、今回のMVPは姐さんっすよ? 裏口の奴らも全員()してしもたし」

「わ、わたしも頑張りましたよ!」

「そうね、えらいえらい。まあ、競ってるわけでもないけど」


 軽口を叩き合いながら、リンドウたちは荒れ果てた店内に目を向ける。

 脱力しきった彼らは、そのまま片付けの作業に取り掛かった。




     ***



 

 数十分後。

 

「こいつらの身柄、どうしますー? ギルドに報告しといた方がいいっすかね?」

「外に適当にぶん投げときなさい。こんなのいつものことだし、あとはあっち側がなんとかするでしょ。多分」

「御意でーす。はぁ、バイトの子たち来る前に(かた)さんと……」

 

 手早くチンピラたちの身柄をロープで拘束したエリカたちは、いそいそと店内の原状復帰を進めていた。


 戦闘に発展したのは半ば仕方のないこととはいえ、昼からはまた普通のステーキ屋として営業しなければならない。わざわざ一日だけ、不自然に店を休みにする訳にもいかないのだ。


「最近……また増えましたね、こういうの……」

「今月だけでももう三回目やからなぁ。ほんま勘弁してくれへんかな」


 こうした抗争が起きるのも、この店では特段珍しいことではない。

 というか、日常茶飯事だ。

 

 アーディアでも八人しかいないランク5探索者であるリンドウを始めとした“名高い”メンバーが多いことから、〈Ryo-Ran〉は度々今回のような血の気の多い連中に目をつけられている。リンドウたち自ら抗争をふっかっけることはないが、彼らも彼らでこうした事態への対処には慣れきってしまっているのだった。


 慣れきっている、からこそ。

 微かな異変に、エリカは素早く反応した。


「ん? ……ねぇ、待って」


 三十人近くの身柄を拘束し終えたあと。

 横たわって並ぶ男たちの顔を見て、エリカは何かに気づいた。


「あともう一人、居なかった? 銀髪で細身の」

「え、居ました? 逃げた奴はおらんかったような……」

「ほら、最後に残ってた三人のうちの一人よ」


 急に面持ちを変えるエリカに、ダリアとミントは顔を見合わせた。

 

「んー、なんかおったような……ミントチャンは覚えとる?」

「はい……うっすら? でも、逃げた人はいなかったような……」

「裏口も、姐さんが塞いどったしなぁ」

 

 彼らは不思議そうに首を傾げて、もう一度店内を見渡した。

 すると、カウンターの方にいたリンドウが突然声を上げる。


「――あらやだ、うっそぉ!?」

「――姐さん!?」

「どうかしたの?」


 カウンター裏に駆けつけた面々に、リンドウは振り向く。

 いくつものワインボトルが並ぶ棚のある一点を見据えて、彼は言った。

 

「無くなってるわ……昨日仕入れた、ヴィンテージワインが」



 

    ***




 同時刻。

 抗争の終わった〈Ryo-Ran〉の屋根の上に、一つの人影が在った。


「やれやれ……噂通り、なかなかに化け物揃いの店だ」


 短い銀髪をした細身の男は、平然と屋根の上に立っていた。

 その右手には、どさくさに紛れて強奪してきたワインボトルが握られている。言うまでもないことだが、一人あの場から逃げおおせたこの男こそが、エリカたちが感じていた『違和感』の正体であった。


「でも、まあ――」


 くすりと微笑を湛えた彼は小さく呟くと、右手の指を鳴らす。

 すると、彼の身体を包んでいた“魔法”が解け始める。



 

「――俺の魔法(へんそう)も見抜けない程度の奴ら、ってことか」

 


 

 銀の短髪やボロボロの衣服は、光を放ちながらその姿を変える。

 

 ややあってそこに現れたのは、紫色の髪にシルクハット、スーツの上にマントという魔術師(マジシャン)然とした格好の青年だった。その左目の下には、三点の雫に似た紋様が描かれている。


 彼は白い歯を覗かせながら微笑むと、シルクハットのつばを軽く摘んだ。



 

「さぁて、今晩はこいつで一杯やりますか〜!」

 


 

 紫のマントでその身を包み、眼下の大通りに歩く人々を見下ろして。

 白昼堂々、彼は忽然と姿を消した。




 

 

〈今話の解説〉


・なんで皆素手で戦ってんの?

→街中で〈紋章〉を使うことは基本的にアーディアでは禁止されているので、Ryo-Ran側は使用を控えています。チンピラたちは完全武装&〈紋章〉起動状態で法的には完全にアウトですが、チンピラなので気にしてないです。


・ダリアのコルク狙撃は魔法じゃないの?

→ダリアも店側のルールに則って〈紋章〉は使ってないので、当然魔法も使えないです。ただ、スキルの中には〈紋章〉起動中じゃなくても発動するものもあります(ユイトの【再生】もそう)。彼には触れたものを帯電状態にするスキルがあるので、その影響でコルクが電気を帯びているわけですね。


・裏口のチンピラはいつの間に死んでたの?

→正面突破組が店に入る少し前に、リンドウの手によって静かに潰されてました。



〈お知らせ〉


明日の17時以降、どこかで#7を投稿します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ