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#5 muscle is power !!

 最近僕は、筋トレにハマっている。

 というか、ハマらされている。


「いい? 筋肉は(パワー)なの」


 僕の戦術面の師匠、エリカさんは度々そう語る。

 

 筋肉はパワー、筋肉こそ正義、筋肉は裏切らない。

 彼女の修行を受け始めて数日、そんな文言を繰り返し聞いた。


「筋トレは基礎代謝を上げて消費エネルギー量を増加させる効果があって太りにくい身体になるし、睡眠の質の向上にも、ちょっとしたストレス解消にもなるの」

「はぁ……」

「……って店長(リンドウ)が言ってたわ」

「ほぇ……」


 カンペでも読んでいるみたいに、エリカさんは流暢に喋った。

 なんでも、それもこれも全部リンドウさんの受け売りなんだとか。


 まあ、そりゃあそうだ。心が乙女とはいえあんなガチムチな身体をしているリンドウさんのことだ、筋トレを含め並々ならぬ努力を積み重ねてきたに違いない。違いないのだ。


 ただ、不思議なことに、その弟子のエリカさんは見たところガチムチというわけでもない。死んでも口には出せないけれど(なんか失礼だし)、寧ろ女性的でバランスのいい体型に見える。もしかしたら腹筋はバキバキだったりするのかもしれないけれど。


 そんな妄想はともかく。


「つまり、筋肉はパワーってことですね」

「そうよ。筋肉は力。筋肉はパワー。力isパワーなの」

「力isパワー……! って……どういう意味ですか?」

「適当に言ったからわからないわ」

 

 そう、エリカさんは肉体派というよりむしろ脳筋――というわけではもちろんなく、言葉で言い表すと煩雑になることを感覚的にわかりやすい手法で伝えてくれる素晴らしい師匠なのだ。


 というか、僕も多分感覚派だから助かってる。


「いつか、ユイトもリンドウブートキャンプに参加できるようになるわよ」

「楽しみです!」


 そんなこんなで、筋トレは僕の生活の一部となった。

 

 スクワット、プッシュアップ、プランク。

 暇な時間さえあれば、身体は勝手に動いていた。


 身体は筋トレを求める――。



 

    ***




 そんな日々が続いて、数日。

 来る試験に向けて、僕の身体は少しづつではあるが仕上がりつつあった。


「おー、いい感じに仕上がってんじゃない?」

 

 僕の服をめくって短く歓声を上げたのは、僕の隣人のレイチェルさん。

 彼女は今日も当たり前のように僕の部屋に転がり込んでは、ツーポイントプランクを終えて死に瀕していた僕に突撃してきた。仰向けに倒れる僕の腹筋(と呼ぶにはまだ未熟なもの)をしきりにぺちぺちしてくる。


「もうすぐ割れそうじゃん、腹筋」

「そう、ですね……あと当たり前のように服めくらないでもらえます?」

「なんでさー。別に減るもんじゃないでしょー?」

「そういう問題じゃ……ないん、でっ!」

「お、跳ね起きた」


 色々いじられそうになる前に、僕は上体を起こした。

 身体の節々がバキバキに痛んでいる。


「ほんと毎日頑張ってんねー。目指すは細マッチョって感じ?」

「まあ、そんなところです」

「マッチョは頼りになるしモテるもんね〜」

「……」


 そう、マッチョは何かと頼られる。リンドウさんのように。

 ただそれは、その人の筋肉が役に立つからであって、無条件にマッチョが頼られるわけではないのだ。「役に立たない筋肉は脂肪と同じ」とエリカさんも言っていた。


 役に立たない筋肉には、意味がない。


「レイさん、」

「ん?」

「僕の筋肉って、何かの役に立ってますか?」

「へ?」


 突拍子もない僕の問いに、レイさんは口を開けっぱなしにする。

 思い返してみれば、最近の僕は――


 


     ***




「ユイトさん、これ開けれますか?」


 ある日の夕食前、料理中だったリーファは瓶を手に訊いてきた。

 調味料か何かを入れていた瓶の蓋が、濡れた手のせいで滑って開かないということらしい。現実でもたまにある日常の困った瞬間だ。


 だが、僕は思った。

 今こそ、筋肉の出番だと。


「わかった。ぜひ僕にお任せを」

「? はい、よろしくお願いします……」

 

 リーファから瓶を受け取り、蓋を握った手に力を込める。

 なるほど、かなり硬めに締まっているらしい。


 並の力の入れ方では到底空きそうにない強敵だ。

 ならばここは、〈神の記憶(メモリア)〉の力を借りるまで。


「ふっ……はぁあああああああああああああああああああああ!!」


 全神経を腕に集中させる。秘められた腕力を限界まで絞り出す。

 今出せる最大出力を、この瓶に思いっ切りぶつける。


 開け、開いてくれ。


 この腕が、ここで壊れても構わない。

 ここで応えられないのなら、この筋肉には意味がない――!


 なんて、必死の格闘を続けていた次の瞬間。


「えっ、ユイトさん、待っ――」

 

 リーファの警告。確かに聞こえたピシッという音。

 僕が気づいたときには、すべてがもう遅く。



 

 その瓶は、粉々に砕け散った。




「「あっ……」」

 

 間の抜けた声が揃った。

 かつて瓶だったものを手に、僕は呆然と立ち尽くす。


「割れちゃいましたね……」

「ご、ごごごごごめんなさい」

「いえ、まあ中身は取り出せたので、いいです……」

 

 そのとき、怒らずに妥協してくれたリーファには感謝しかない。

 結局、筋肉だけあっても使い物にならないのだと悟った。


 ちなみに、蓋は最後まで開かなかった。




     ***

 

 

 

 また、他のある日。

 腕の筋トレがてら、ナーシャを二の腕にぶら下げていたときのこと。


「お兄ちゃん、つらくない……?」

「ん? ああ、余裕余裕……っ」

 

 正直、割と全然余裕ではなかった。

 

 ナーシャの体重がかなり軽めなこともあって、僕の片腕分の重量キャパシティをギリギリオーバーしなかっただけだ。ただ、バランス的に片腕だけぶら下がられるのはキツかった。


「それ、普通は父親と子供でやるやつですよね……」

「うん、でも、いい筋トレにはなるから……」

「あんまり無理しないでくださいよ?」

 

 必死に二の腕に力を入れる僕を、リーファは冷静に眺める。

 初めは大人しくぷらぷら僕の腕にぶら下がっていたナーシャだったが、そのうちとんでもないことを言い出した。


「お姉ちゃんも()れば?」


 子供の無邪気さって、怖い。僕も子供だけど。

 

 ナーシャの発言に変な声が出た僕は、なんとなくリーファに目配せする。

 これ以上はヤバい、と僕は必死に視線で訴えた。


「わ、私はそういうのは遠慮しときます」

「だ、だよね……あはは……」

「そっか……お姉ちゃんはさすがに重いもんね」

「ぐふっ」

(ナーシャぁあああああああああああああ!?)


 無慈悲なまでの無邪気さが、リーファを襲う。

 もちろんナーシャには、悪意など一ミリもない。ないからこそ、そういうお年頃の女の子であるリーファの胸には深く突き刺さってしまったようで。


「そう、ですよね……ナーシャにくらべたら、私って……」

「そんなことないから!! リーファも多分いけるよ!?」

「いえ、そんな無理しなくても……」

「ほら、片腕だけじゃバランス悪いから、ね?」

「まあ、そこまで言うなら……」

「お姉ちゃんちょろい」

 

 全部、優しさで言ったつもりだった。

 その優しさが仇となったのだ。僕は愚かだ。


「じゃあ、し、失礼します……」

「うん……うっ、」

 

 僕の左腕に、リーファの重さがのしかかる。

 でもまだなんとか、耐えられる。リーファも姉とはいえ、ナーシャとは二歳や三歳の差だ。そこまで体重に大きな差があるわけじゃ――


「あの……ユイトさん?」

「っ、な、なに……?」

「まだ、足が浮いてないんですけど……」


 それは、つまる僕の大きな誤算だった。


 僕と彼女はナーシャほど身長差がないこともあって、彼女がぶら下がるには僕がもっと持ち上げる必要がある。つまり、今この状態では彼女の体重はナーフされているということだ。

 

 というか、これが全体重じゃなかった――!?


「や、やっぱり止めたほうが――」

「い、いや大丈夫! 僕が持ち上げるから! いくよ!!」


 ヤケクソになった僕は、決死の覚悟で一気に左腕を上げた。

 そして案の定、僕は死んだ。




「――いやおっっっっっっっっっっっっっっm」




 その瞬間、左から飛んできた拳に僕はぶちのめされた。

 それはまさに、僕の自業自得だった。




     ***




 そして最後に、僕の筋肉エピソードはもう一つ。

 あれは、月が奇麗な夜のことだった。


「ユイトさん、出動要請です」


 一日修行を終えてベッドにダイブしようとしていた僕のもとに、リーファとナーシャがやってきた。それも何故か、切羽詰まった深刻な表情で。


「出番だよお兄ちゃん」

「え、いや何が……?」

「ヤツが……ヤツが、出ました」

「いやだからヤツって何!?」

 

 ただならぬ危機感をもって、リーファたちは訴えかける。

 まるで、何か“恐ろしいもの”でも見てきたかのように。


「ヤツとは……あれです。ずばり――」

「ずばり?」



 

「――“G(黒光りする全人類の敵)”です」




 その一言で、僕はすべての事情を察した。

 なるほど、これは彼女たちも焦るはずだと。


 というか、ヤツは異世界にまでいるものなのか。


「あっ……」

「頼りになるのは、もうユイトさんだけなんです!」

「助けてお兄ちゃん……わたしたちの生活が脅かされてるの……!」

「わかった、すぐに向かうよ。ヤツの居場所は?」

「本棚の後ろから出てきました。まだ遠くには行ってないかと」

「了解」


 そうして僕は、最低限の武器(紙丸めたやつ)を手にヤツの出現場所に向かった。

 今までになく、内に秘めた闘志が燃え盛っていた。

 

 ヤツを生かしておく訳には、絶対にいかない。

 これ以上、ヤツの好きにさせてたまるものか。


 全人類共通の悪は、僕が僕の筋肉をもって成敗する!




「ユイトさん、あれです」

「なるほど、あれが――」


 僕はリーファたちの部屋に到着し、ヤツの姿を捉えた。

 事前情報通り、本棚前でこちらの出方を窺っている。


 やはりヤツというのは、Gということで間違いなさそうだ。

 でも、一つだけ――言いたいことがある。




「……え、デカくない?」




 僕が対峙したGは、なんかめっちゃデカかった。


 黒く輝く艶のある体表に気色悪い触覚、つばしっこそうな薄っぺらい身体。これでもかというほど人間に嫌われそうな要素を寄せ集めたその姿は正にGそのものなのだが……


 僕の知るそれとは、スケールが違う。

 どう見ても、亀の子束子(たわし)くらいの大きさがあった。


(異世界のGってみんなあんな感じなの……!?)


 いくらなんでも、あれはデカすぎる。

 でも、やるしかない。


 ヤツを倒せるのは、僕しかいない。


(本音を言えばゴ◯ジェットとかほしかったけど……)


 リーファたちからああ言われた手前、退く訳にはいかないのだ。

 武装こそ心許ないものの、僕は一歩前に出た。


 真正面から、宿敵と対峙する。

 恐怖で、手足を震わせながら。


「大丈夫、ユイトさんなら出来ます!」

「ん、お兄ちゃんの筋肉は最強……!」


 後ろに退避したリーファとナーシャは、僕にしがみつく。

 激励の言葉を胸に、僕は覚悟を決めた。


「ふぅ……」

 

 逃げられたら面倒なことになる。チャンスは一度きりだ。

 一撃で、ヤツを仕留める。


 ()るんだ、日隅唯都!


「――ご覚悟召されよ!!」

 

 振りかぶって、ヤツに向けて棒を叩きつけた。

 床に叩きつけられた棒はひん曲がり、使い物にはならなくなった。


「や、やりましたか……?」

「た、多分……?」


 死体を確認するまでは、決して安心できない。

 棒を床から離してみる。だが、そこにヤツはいなかった。




 ――ヤツは、一瞬にして僕たちに迫っていた。

 



「うああああああああああああああああああああああああああ!?」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!?」 

「みゃあああああああああああああああああああっっ!」


 僕、リーファ、ナーシャ。三者三様の悲鳴が重なり合う。

 それから、迫りくるGに対して、僕らは無我夢中に逃げ惑った。

 

「うわあああああああああマジでこっち来んな!! マジで◯ね!!」

「おおおお兄ちゃん早く殺って! わたし無理怖い!!」

「ユイトさんその棒貸してください!! ひっ! ここここっち来てます!!」

「え、あ、はいパス!!」

「ありが――って壊れてるじゃないですか!! いらないです!!」

「ちょ待っ、リーファ足元!!」

「あ、お姉ちゃんが踏んだ!!」

「ひぃゃああああああああああああああああああああああ!?!?」




     ***




「……と、最近はこんな感じで、筋肉が役に立ってないっていうか」

「いや最後のやつ筋肉関係あった?」


 ここまでの話を聞いたレイさんは、軽く苦笑いした。

 僕が語ったのは、いうなれば僕の失敗談だ。


「まあ、キミが色々苦労してるってのはわかったよ」

「そうなんですよ……筋肉を活かそうとしてもから回るばかりで」

「……別に無理に活かそうとしなくてもいいんじゃない?」


 レイチェルさんの言うことはごもっともだ。

 でもリンドウさん曰く、役に立たない筋肉には意味がないのだ。


 この筋肉は、一体どこで活かせばいいのやら。


「はぁ、僕は何のために筋トレなんかしてるんですかね……」




「——いや戦うためでしょ!!」

 

 



深夜テンションで書きました。

筋トレはマジでいい。


あとちょうど昨日部屋にGが出ました。

クソが

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