第96話 『英雄』
第八章最終話です……が、話数のキリが悪い!
双剣の切っ先を地につける。
呼吸を整え、前傾して敵を見据える。
これが最後、最終ラウンドだ。
『――ゴォオオオアアアアアアアアアアアアッッ!!』
相手の雄叫びを合図に、僕は駆け出した。
双剣を後方で構え、トップスピードで疾走する。
一方の相手は、追い詰められて攻撃方法を変えてきた。
いくつもの腕を積み重ね、混ぜ合わせ、『集束』させて、大蛇のごとき一本の触手を生み出す。手数を極限まで絞った――まるで一か八かとでもいうような――威力重視の重撃の連続。あれを一発でも食らえば、人間の身体は簡単にミンチになる――そう直感的に感じた。
いくら〈魔剣〉でも、あの太さとなると分が悪い。
でも僕は、脚を止めない。
もう、勝ちのビジョンは視えているから。
(まだだ……まだ、撃たない)
目の前の視界を、腕が通り過ぎる。
僕はあえてそれを、直撃ギリギリのところで回避していく。ステップや受け身を活用しながら、ヒットアンドアウェイの要領で躱し続ける。
すぐ後ろの地面が割られる。足元が衝撃で危うくなる。
それでも、走る。縦横無尽に、敵の攻撃を見極めながら。
すべては、相手の息切れを誘うために。
「……よし、ここッ!!」
着地と同時に足先で方向転換し、一気にギアを上げる。
こちらが離れて守りに徹することで、巨体での移動による体力消費を避けたい相手は必然的に、その腕を伸ばして攻撃しなければならない。だがそのタイミングで、防御に使える腕のなくなった本体はがら空きになる。
最大にして最後、一度きりのチャンス。
その瞬間が、今やってきた。
「【神々の威光よ、我が剣に宿りて】――」
疾走しながらの、並行詠唱。一文目はクリア。
一直線に、僕は敵の本体に急接近する。
こちらの目的に気づいた相手は、後退しながら防御用の腕を集める。
迫りくる腕々を掻い潜りながら、僕は敵の懐へと飛び込む。
「【この昏き現世を照らす灯火となり、光と闇をもたらさん】」
二文目も、続けてクリア。
一歩踏み出すと、〈エルダートレント〉の醜悪な顔が目の前にあった。
散々僕を嘲笑ってきた、『巨木』の憎らしいシンボル。
そこで僕は、解けていた白い布を片手で広げた。
『――ゴッ……ゴァアアアアアアッ!?』
風に流された布が、簡易的な目隠しとして敵の視界を覆う。
視界は奪った。詠唱も完了した。
反撃の準備は、整った――。
今度こそは、失敗はしない。
「ふッッ!」
その場で跳躍し、さらにその足で敵の腕を足場として蹴り飛ばす。
跳び上がって限界まで高度を稼ぎ、頭上で双剣を揃えて構え直した。
剣先が熱を帯びる。
空中で、大きく振りかぶった。
「――――【灼炎の双刃】!!」
巨大な炎が、頭上に灯った。構えた剣が信じられないほど重くなる。
それでも僕は、全身全霊で双剣を一気に振り下ろした。
真下から僕を狙う敵の腕ごと、叩き斬る。
「――あああああああああああああああああああああああああッッ!!」
爆炎を纏った刃が、総てを焼き切りながら真下に突き進む。
重く速く、重力を味方につけて両断していく。
『ゴォオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
敵の絶叫が鼓膜を裂く。
刃はもう、止まらない。
これはただの一撃じゃない。
僕の持てる魔力、気力、全力を捧げた、渾身の一撃だ。
決まらなければ、もう勝ちは掴めない。
斬れ。叩き斬れ。
断ち切るんだ、これで、全部。
あの過去とも、お別れだ。
「――さよなら」
着地。
それが意味するのは――両断。
完全なる、敵の撃滅。
『――――――――――――――――――――ッッ!?』
声にも、音にもならない敵の断末魔。
顔をあげると、文字通り真っ二つになった『大木』だったものがそこにあった。燃え上がって灰と化した『大木』の肉体は、綺麗にその頂点から二分されている。
――勝ったんだ、あいつに。
「はぁ……はぁ……っ」
丁度いいタイミングで、魔力が底を尽きた。
身体中から張り詰めたものが抜け落ち、筋肉が弛緩する。
「やっ、た…………ぁ」
足に力が入らなくなり、僕はその場に倒れた。
地面に伏した僕は身体を横に転がし、仰向けに寝転がる。
服が汚れるのもお構いなしに、僕は空を仰ぐ。
視界いっぱいに広がる蒼穹に、手を伸ばした。
「レイさん、師匠、フェイさん……リーファ……」
ゆっくりと、重くなった瞼が落ちてくる。
伸ばしていた手さえも、気力を失って墜落した。
「僕、勝ったよ……」
途端に意識が遠くなる。特に抵抗もせず、僕はそれを手放した。
どうしようもない達成感に、不思議と笑みがこぼれていた。
***
大木はようやく地に伏し、脅威は去った。
灰となって消えていくその姿にはもう、先程までのおどろおどろしさはない。
40階層級の上級モンスターが、一人の少年によって討ち取られた。
それはもう既に、居合わせた目撃者ーー“証人たち”によって書き換えようのない事実となった。
ユイトはこの瞬間だけ、彼らの『英雄』になったのだ。
「本当に、やりやがったのか、あいつが……」
「〈毒持ち〉の化け物を、たった一人で……」
彼の死闘を見届けた受験生たちは、その多くが瞠目したまま立ち尽くした。
一人の少年の放った一瞬の輝きを、目に焼き付けるように。
……しかし当然、誰もがその結果に感嘆した訳でもなく。
「ハッ、武器と足止め役に助けられただけだろ。くだらねぇ」
一際背の高い狼耳の青年は、そう鼻を鳴らして一蹴する。
だがその隣で、橙色の髪の令嬢がひとり微笑んだ。
「……たしかに、運と環境に恵まれた偶然の勝利かもしれませんわね」
「ああ?」
「けれど、偶然は偶然でも――」
微笑んだ少女は、倒れ込む白黒髪の少年を見据えた。
駆けつけた人々に囲まれるユイトを見て、彼女は確信する。
「――見事な、勝利でしたわ」
***
また他方、学長室にて。
ユイトと〈エルダートレント〉の激闘を鑑賞し終えた学長――アランは、その場で拍手をし続けていた。規則的で悠々としたリズムの拍手は止むことなく、階下に見える勝者を祝福する。
「お見事だ、ヒズミ・ユイト君。君は成し遂げたよ。合格だ」
目を細めて、彼はひとり嬉しそうに呟いた。
眼下で手当を受けるユイトに目をやり、振り返って大窓に背を向ける。
「……彼は確かに、強くなったよ。君がいなくても、ここまでやってこれた」
“誰か”に宛てた独り言を、アランはまた口にした。
まるでその場にもう一人、視えない何かが存在しているかのように。
「ははは、そうだね。さすがは君が見込んだだけのことはある」
空虚な笑みを浮かべて、彼は空からふっと視線を落とす。
そして自身のすぐ真横に視線を向けて、彼は言った。
「そうだろう? ――ラファエラ」
【本編更新停止中】
あらすじにも書いている通りですが、作者が受験シーズンに入ったため、本編の最新話の更新はこの部分で一旦停止しております。97話及び第9章の更新は2024年3月頃になるかと思われます。ご了承ください。
番外編(アナザーストーリーズ2)は余裕ができ次第更新していく予定です。




