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第93話 EX:介入

100部分突破!!(100話とは言ってない)

 会敵から既に、十分ほどが経過していた。

 それだけの間、ユイトは必死に闘い続けた。


 理不尽に、抗い続けた。


(っ、本体に攻撃が通らない……!!)


 エリカとの訓練での経験則から常に攻めの姿勢をとり続け、手にした《桜華刀》で果敢に攻め入ったにも関わらず。

 それをあざ笑うように、次々と現れる無数の『腕』。


 体内の魔石を原動力としているモンスターたちにとって、自分の手足など、トカゲのしっぽも同然だ。ただ相応の魔力を消費し、欠損した部位を再構築する――それだけの手間で、事は済んでしまう。


 魔力消費に()()が来るか、魔石自体に何らかの攻撃が加わるか。

 そのどちらかが起きなければ、このサイクルは終わらない。


「だからって――諦めて、たまるかっ……!」

 

 迫りくる腕を横薙ぎで切り払い、追撃を躱すように飛び退く。

 

 乱れた息を整えながら、体勢を立て直す。

 掌に力を入れ直し、ユイトは自らを奮い立たせる。

 

 学長の演説は、微弱ながらも彼の耳に届いていた。

 その意味まで考えるほどの余裕はなかったものの、周囲の傍観者から向けられる視線を加味すれば、学長の意図に対する考えも確信に変わる。


 彼が彼らにかけた言葉。

 かつての宿敵が、今ここにいる理由。


 自分が、ここで闘う意味。


 そのすべてが、今のユイトには手にとるようにわかった。


(……僕は、立ち向かわなきゃいけないんだ)


 どんなに怖くても。逃げ出したくても。

 理不尽でも。絶望的でも。


 彼には、ここで立ち向かう義務が課せられている。

 立ち向かって、何としてでも打ち勝つのだ。


 ――彼の心に棲み着く、この脅威(トラウマ)に。


(懐に飛び込んで、《灼炎の剣(レーヴァテイン)》を打ち込めば……)


 ユイトは再び《桜華刀》を構え直す。

 眼前の敵を討ち果たすイメージを抱きながら、意識を落ち着かせて集中させる。

 

 他方、〈エルダートレント〉は枝に似た腕々を揺らしながら、ユイトに少しづつ歩み寄る。黒い文様で形作られた表情は歪ながらも、心做しか彼を嘲笑っているようにも見えた。


 再び、両者は正面から相見える。

 ユイトと相対する敵の全高は、彼の身長の三倍を優に超えている。


(……それで、勝てるのか? 僕は……)


 ユイトの現在の実力は、高く見積もっても〈ランク3〉手前――

 相当するダンジョンの到達階層は、20階層前後だ。


 対して、敵の階級は40階層相当。


 両者の間には、本来なら埋められないほどの実力の差が存在している。ひと目でわかる生物的な格差はもちろん、攻撃の手数や練度、耐久性などを要素として含めればその格差は歴然だ。


 そう――ユイトの実力は、達していないのだ。

 この化け物を相手取るに達する領域(レベル)にまでは。


 ただ、それでも。


 この絶望的な状況下で彼を生かしていたのは、皮肉にも彼自身の積んできた“心傷(トラウマ)”の記憶だった。


 味方の援護もなく一人孤独に闘い続け、死に続けた在りし日の記憶。その日見た化け物の姿は、今でも彼の脳内にへばりついている。


 その挙動も、表情も、習性も、すべて。

 培ってきた執念とも呼べる感情一つで、彼はここまで闘ってきた。


 あの日、積み重ねてきたいくつもの死。

 その一つ一つを、ユイトは無駄には出来なかった。


「勝てるか、じゃないか……」


 低い声で呟き、彼は柄を握りしめる。

 流れるように片脚を引くと、すぐさま体勢を下げた。




「――勝たなきゃ、いけないんだ!!」

 



 その言葉を合図に、彼は()ぶようにスタートを切った。


 低姿勢で、彼は地を這うように疾走する。

 彼の頭上を、いくつもの敵の腕が通り過ぎる。


 〈龍爪の紋章〉の機動力を最大まで引き出した、高速起動による撹乱。

 

 四方八方から迫りくる腕をギリギリで躱し、時にはいなしながら、広い中庭を縦横無尽に駆け回る。彼の走路のすぐ後、地面やベンチ、プランターまでもが敵の腕の流れ弾で破壊されていく。ユイトが身を隠せるようなアイテムは、一つ残らず消え去った。


 だからこそ、この特攻にはすべてが懸かっている。

 ここで一秒でも足を止めること、それは彼にとって死を意味するのだ。


 余計な手出しによるダメージは極力避け、ただ滑走する。

 敵の見せる隙を、今も虎視眈々と窺いながら。


「――そこ、だっ!!」

 

 地面への踏み込みとほぼ同時に、方向転換した彼は行動を開始した。

 攻撃の手が緩まった一瞬を狙って、懐目掛けて飛び込む。

 

 敵の手数は多いが、その全体数も無限ではない。攻撃に大方の腕を使い果たして丸腰となったところを、最大火力で叩く。


 そのチャンスが、今この瞬間にやってきたのだ。


「【神々の威光よ、我が(つるぎ)に宿りて】――」

 

 敵目掛けて、彼は走る。

 迎撃を試みる腕を薙ぎ払いながら、詠う。


「【この(くら)現世(うつしよ)を照らす灯火となり、」


 敵の本体に接近し、二文目に入った。

 手にした刀に、微かな炎が宿る。


 詠唱を完了し、彼の必殺技が決まるかに見えた、その時。




 ――ユイトの口から、赤い血が溢れ出た。




「がはっ……!?」


 脚を止め、彼は口元を抑える。

 真っ赤な鮮血が、手から腕を伝って地面に零れ落ちていく。彼の思考は一瞬にして白紙に戻り、描いていた攻めのイメージも脳内で完全に崩れ去った。

 

 そして、瞬時に悟った。

 ここに来て、今までのツケが回ってきたことを。


(トレントの、〈樹皮毒〉……!)


 あの地獄で散々食らってきたはずの、敵の奥の手。

 この化け物の真の恐ろしさは、ここにあった。


 立ち止まったユイトは、何とか呼吸を調整しようと試みる。溢れ出た血を吐き出し、肩で絶え絶えの呼吸をする。だがしかし、慈悲の欠片もないモンスターがその暇を易々と許すはずもない。


 その刹那、容赦ない敵の追撃がユイトを襲った。


「――――がぁっ!?」

 

 蹲りかけた彼を、集束した敵の腕が穿ちぬく。

 それを咄嗟に刀身一本で受け止めた彼は成すすべもなく吹き飛ばされ、そのまま校舎の外壁に激突する。外壁が崩れ落ち、瓦礫となって彼の身体を打ちつけた。


 ユイトは今度こそ、意識を手放しかけた。

 痛む頭を抑え、辛くも目を見開く。


 そして、視界の端に映ったものに、目を疑った。


「そん、な……」

 

 そこに転がっていた《桜華刀》の刀身は、根元付近で折れていた。

 ユイトは震える手でそれを掴み取り、思わず絶句する。


 追い詰められて焦りを見せた〈エルダートレント〉の渾身の一撃にこもったエネルギーを、その細い刀身は一手に引き受けたのだ。その形状の特性上防御には不向きな細身の刃は、本来の役目を全うする前に砕け散っていった。


(これじゃ、レーヴァテインどころか、闘うことすら……)


 深い絶望が、彼の脳内を真っ黒に塗りつぶしていく。

 冴えきっていた思考回路が、イメージが、根本から瓦解する。

 

 そんな彼にとどめを刺すべく、『巨木』はゆっくりと歩み寄っていた。太く集束させた手足をうねらせながら、歪な三日月状に曲げた口で、獲物に絶望と恐怖を植え付ける。


 『それ』にこの至近距離まで近づかれることは即ち、凄惨な死を意味していた。

 

 自分はもう、闘えない。

 ここに来て、何も出来ずに終わる。

 誰の期待にも応えられずに。


 また、“こいつ”に殺される――。


「――――」


 死を覚悟して、彼は目を瞑った。

 久々に味わった絶望感に、唇を噛み締めながら。






『――諦めるには、まだ早いんじゃないの? ()()()()()





 

 敵の腕が眼前まで迫った、その瞬間。

 聞き馴染みのある声色が、ユイトの鼓膜を打った。


 宙に浮いた黒髪の少女が、『巨木』の攻撃を止めてみせたのだ。


「え――」


 ユイトは驚愕して、大きく目を見開いた。

 救助に入ってきたその人物が、あまりにも意外だったからだ。


 風に靡く、流麗な黒い髪。自分のそれと似た、真紅の瞳。

 手入れの行き届いた尻尾と、片方が欠けた狼の耳。


 闘いとは無縁に思っていたその狼の少女を見て、ユイトは。

 

 


「――レイ、さん……?」



 

 呆然としたまま、その名を口にした。



株を上げ始めたヒキニートの話。

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