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第90話 その二・地獄の面接試験(後編)

*一応胸糞注意

 最後に本気で怒ったのはいつだろうと、ふと思った。

 ほとんど掠れきっている記憶の海に、それらしいものを探す。


 でもやっぱり、誰かに怒っている自分なんてものは、見つからない。


 自分で言うのも何だけど、僕の性格はだいぶ温厚なほうだと思う。

 些細なことで苛立ったりはしないし、人を怒鳴りつけるなんてもってのほかだ。

 怒るのは体力がいるし、僕が怒ったところで誰も、何も、変わらない。


 そう、何も変わらない。


 変わらない、はずなのに。



 

「――あの、今、なんて言ったんですか?」



 

 僕はどうして、声と拳を震わせているんだろう。

 僕の脈拍は、どうしてここまで速くなってるんだろう。


 僕を突き動かそうとするこの感情は、何だ?


「何って、お前も知ってるだろう。あの娘と妹は、両親から見捨てられたのさ」


 教師側に座るドルガンは、堂々とそんなことを言ってのける。

 わざとらしいまでに憎たらしく、嫌味ったらしく。

 

『――叔父の脛をかじって成り上がっただけの、()()()の癖になぁ!』


 あんなことを言っておいて。

 どうして、ここまでこの人は……

 

「おいドルガン、今は面接中で――」

「行く宛がなくなって叔父のところに転がり込んで、その上また依怙贔屓な飛び級だ! まったく、身の程知らずで生意気な小娘だと思わんか?」

「……違う」

「あん?」

「――違う!!」


 彼の言っていることは、すべて、違う。

 彼は――こいつは、何もわかってない。


「学長の依怙贔屓なんかじゃない! あの子は誰よりも必死に、努力してきたはずだ! 自分の母親のために! ――自分の母親に、振り向いてもらうために!!」

 

 喉が、頭が熱い。

 無意識に、僕は席を立ち上がっていた。


 感じたことのない激情に、僕の思考は呑まれている。

 自分でも信じられないほど、すべてが衝動的な行動だった。


 無鉄砲で、無意味で、無価値な行動。


 そう分かっていながら、僕は。


「あんたは、それを何も知らない……何にもわかってないくせに――」

 

 ――こんなにも、心を熱くしている。




「――あんたに、リーファの何がわかるっていうんだよ!!」

 


 

 全部言い切ったと、僕はそう思った。

 柄にもなく声を枯らしながら、僕は持てる感情をすべて吐露した。


 これ以上の気持ちを抑えるように、肩で息をする。

 

「……ヒズミ、君の言いたいことはわかった。座ってくれ」

「はい……すみません」


 銀髪の先生に諭され、僕は大人しく席に座る。

 やってしまったという絶望感が、身体中を駆け巡った。


 だが、そのタイミングで、ドルガンはまた口を開いた。


「プッ、ハハハハハハハハハハハハハッ!!」

「――!?」


 盛大に、彼は笑った。僕の目を見て、心底可笑しそうに。

 やんちゃな子供のように、腹を抱えて笑い転げた。


 真っ向から僕を、嘲笑した。


「何を、そんなに笑って……」

「いやぁ、子供の()()()()というのは実に愉快だと思ってな」


 ドルガンはそう言って、また嫌味を込めた醜悪な笑みを見せた。


「たしかに俺は、あの娘のことは努力なんてこれっぽっちも知らん。興味がないからな」

 

 清々しいまでに、彼は僕の言ったすべてを肯定した。

 それから流れるように、「だが」とひとつ前置きして続ける。


「お前は、()()()彼女の努力を見てきたっていうのか?」

「っ……!?」

「お前こそ、彼女の一部分(いま)だけを見てものを言ってるんじゃないのか?」


 彼の指摘に、僕は為す術もなく押し黙った。

 反駁しようにも、うまく言葉が出てこない。


「俺は見てきたぞ、あの娘のこれまでをな」

 

 黙りこくる僕に、ドルガンは追い打ちをかける。

 銀髪の先生も記録係の先生も、呆れてものも言わなかった。


「教師に贔屓目で見られて、他の生徒から疎まれる彼女を」


 やめろ。聞きたくない。

 どうして、そんなことを今、ここで言うんだ。


「自分を捨てた母親への恨み言を吐く、意地汚い彼女を」

 

 うるさい。

 そんなの、あって当然じゃないか。

 

 あんたの憎らしい口で、リーファを汚すな。



 

「そんな惨めな子供が今さら、偽善ぶって人助けなんてなぁ! 

 心底反吐が出る!!」

 


 

 鳴りを潜めていた感情が、再び暴れ出す。

 反論の言葉を考えつく前に、僕は立ち上がった。


 そして、今度こそ()()()()()しまおうとした、その瞬間(とき)だった。




「――言いたいことは、それで全部か?」




 垂氷のごとく凛とした鋭い声が、割って入った。

 銀髪のエルフの先生が、痺れを切らして立ち上がっていた。


「――!? ――――!!」


 そして不思議なことに、ドルガンの忌々しい声が聴こえない。

 かと思えば、彼の口元は覆い隠されていた。


 無色透明で透き通った、()によって。


「君も少しは口を慎んだらどうなんだ? わざわざ面接を妨害してまで続けるような話だったか?」

「――っ! ――!!」

「まあ、今回はその憎まれ口が()()()()()わけだが」

 

 その一連の流れに、僕は呆然と立ち尽くすしかなかった。

 高ぶっていた気持ちのやり場がわからず、身体中から力が抜ける。

 

 感情のままに振り上げようとしていた拳を、床に向けて垂れ下げる。


 そして徐ろに、教室後ろの掃除用具入れが開いた。

 

『ええ、本当ですよ。好き勝手に言ってくれましたね、ドルガン教頭』


 そのから出てきたのは、長身の男だった。

 白髪に赤い目をした、物腰柔らかそうな男性。

 

 着ている服や佇まいからするに、ただ者ではないことは確かに見えた。


「ご協力ありがとうございます、リヴェルナ先生。もう結構です」

「了解した、学長」


 白髪の男の指示を受け、エルフの先生は左手をかざす。

 すると、ドルガンの口を塞いでいた氷が跡形もなく消え去った。


 詠唱なしの、氷属性魔法。

 素人にはとても出来ない所業だ。


 発声を解放されたドルガンは、ここぞとばかりに喋りだす。


「ーーな、なんの真似だキサマら! 俺を、俺を嵌めたのか!?」

「ええ。正確には、貴方が上手く嵌ってくれたんですがね」

「ふざけるな! 何が嵌ってくれただ、ここで俺が何を言おうが自由だろうが!!」

「自由? まあ、そうですね。基本的には自由です」


 学長と呼ばれた男はゆっくりと、床に尻餅をついたドルガンに近づく。

 彼の無言の圧力に、ドルガンは後ずさった。


「――ただし、私の聞いていないところでなら、ですが」

 

 男の声色が、一段階下がったのを感じた。

 その低い声音にドルガンは目を見開き、肩を跳ね上げる。


「残念です、ドルガン先生。あなたとは、もっと上手くやっていけると思っていたのですが……」

「ま、待て! キサマ、たったそれだけのことで俺をクビにする気か!?」

()()()()? はははっ、何を言ってるんですか」


 学長は後ろで手を組み、怯むドルガンに静かに歩み寄る。


「生徒の不正な退学処分に、複数の女子生徒への度重なるセクハラ、学園運営資金の横領……。貴方の犯した数え切れないほどの罪には、これまでは目を瞑ってきました。ですが、それも今日で終わりです」

「……っ!?」


 


「もっとも、一番の罪は私の可愛い姪っ子への下劣な言いがかりですがね」


 

 

 学長のその一言が、ついにドルガンを突き放した。

 彼の威圧感に放心したドルガンは、その場にへたり込んで動かない。


「さて、私は彼と大事なお話がありますので、これでお暇させていただきます」

「ああ、後は頼んだ」

「ええ。それでは、お邪魔しましました。あとはどうぞごゆっくり、面接を」


 後ろのドアに向かって、学長はゆっくりと歩き出す。

 彼は僕の横を通り過ぎようとしたところで、立ち止まった。


「――君が、ヒズミ・ユイト君だね」

「えっ……は、はい」

「そうか。すまなかったね、試験の邪魔をして」

「い、いえ……僕は、そんな……」

 

 予想外のことが重なってうまく受け答えの出来ない僕に、彼は笑いかけた。


「君の『誠意』は、陰ながら見せてもらったよ。だから――」


 彼は一歩踏み出し、静かに僕に近寄って肩に手を置いた。

 するとすれ違いざまに、僕の耳元でこう囁いた。

 



()の試験は、少し覚悟して臨むように」

 



 含みを込めた言い方に、僕は思わず振り向いた。

 僕の追及から逃れるように、彼は教室から去っていく。彼の足取りを止めるほどの気力は、僕にはもう残っていなかった。


(次の、試験……)

 

 再び席に座り、学長の言っていたことを反芻する。

 ドルガンと学長の去った教室で、面接試験は仕切り直された。




 


     ???



 



 ユイトの面接試験と、ちょうど同時刻。

 第三学園の、西の並木道にて。


 実技試験の順番待ちをしていた二人の男子生徒が、そこにたむろっていた。


「緊張するなぁ、実技試験」

「ああ、俺は筆記ダメだったから、尚更頑張らないと」


 二人は口々に、並木道を歩きながら駄弁っていた。

 校舎裏ということもあり人影が少なく、おまけに日の当たらない場所。


 日差しを避けるように、その道を散策していた二人だったが――


 そのうちの一人が、異変に気づいた。


「……ん? なあ、この木だけなんか、おかしくないか?」


 黒髪の少年は一本の木の前で立ち止まると、徐ろにそれに近づく。

 目立たない並木道に植えるにしては太く立派すぎる、“巨木”だった。

 

「木? これがどうかしたのかよ?」

「わからないのか? ほら見ろ! 幹の太さも枝の生え方も違う!」

「ああ、言われてみればたしかに……」

「この木……なんか怪しいぞ!」


 訝しむ彼は、さらにその巨木に近づく。

 そして恐る恐る、手のひらでその表面に触れた。


「特に変わったところはなし……か?」

「別に一本だけ違ってたっておかしくないだろ? 考えすぎだよ」

「うーん……まあ、それもそうだな!」


 黒髪の少年も納得し、その木から離れる。

 大して気にも留めずに、彼らは歩き出した。


 ――そのときだった。


「いやー、にしても広いよなここの敷地」

「ほんとだな。さすがはアーディアの誇る名も――」


 後ろを歩いていた黒髪の少年が、その場から姿を消した。

 前を歩く金髪の少年は、不思議そうに振り返る。


「ケンジ? おい、急にどうし……」

 

 振り返って、絶句した。


 さっきまで自分と会話していた少年が、あろうことか壁に打ち付けられていた。

 相当な力で吹き飛ばされたのか、頭部から多量に鮮血を流して。


「は……? い、いや嘘だろ、おい……」


 金髪の少年はその場に立ち尽くしたが、やがて何かの気配を感じ、顔を上げた。

 それは途轍もなく強大な威圧感……いや、()()


 彼が頭を上げた先にいたのは――




 目と口のような真っ黒い模様の浮かんだ、“巨木”だった。




「う、うあああああああああああああああああああああああっ!?」


 少年は一目散に逃げ出し、草むらを駆け抜けていく。

 そこに現れた“化け物”と、友人を置き去りに。




 取り残された巨木が、歪な産声を上げる。

 ユイトにとっての真の試練は、今ここから始まったのだった。





ケンジィィィィィィィィィィィィ!!



(今後特に出す予定のないキャラの名前を叫ぶ作者)

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