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貴方にとって大切な人の中で


 松葉(まつば)は、刀(かたな)を握(にぎ)り、ゼオラの剣(けん)を狙(ねら)った。ゼオラの手(て)から一瞬(いっしゅん)剣(けん)が離(はな)れたが、すぐに持(も)ち直(なお)された。

「兄弟(きょうだい)を大切(たいせつ)にする心得(こころえ)は良(い)いと思(おも)うけどね」

「あなたにも兄弟(きょうだい)が居(い)るの?」

「居(い)るよ、今(いま)はこの世界(せかい)に二人(ふたり)しか居(い)ない大切(たいせつ)な存在(そんざい)がね。」

ゼオラは剣(けん)にヘドロのような形(かたち)の怪(かい)を纏(まと)わせていた。

「怪(かい)はあくまで使(つか)い捨(す)てだけどね、兄弟(きょうだい)はこれでも大事(だいじ)にしてた方(ほう)だよ」

ゼオラが指図(さしず)すると怪(かい)は硬直(こうちょく)し、剣(けん)の一部(いちぶ)になった。そして、その剣(けん)を地面(じめん)に突(つ)き刺(さ)した。


 地面(じめん)が割(わ)れる。中(なか)から墨(すみ)よりも黒(くろ)い何(なに)かが噴(ふ)き出(だ)した。それは、鬼界(きかい)から漏(も)れ出(だ)した怪(かい)だった。この一瞬(いっしゅん)でゼオラは八咫烏(やたがらす)の里(さと)と鬼界(きかい)の境界(きょうかい)を破(やぶ)っていた。このままでは、里(さと)は怪(かい)に侵食(しんしょく)されてしまう。

 松葉(まつば)は団扇(うちわ)を取(と)り出(だ)して怪(かい)を吹(ふ)き飛(と)ばした。ところが、怪(かい)は湧(わ)く一方(いっぽう)だ。それでも諦(あきら)める訳(わけ)にはいかない。この戦(たたか)いを終(お)えて弟(おとうと)の一八(いちはつ)と再会(さいかい)しなければならない。


 松葉(まつば)と一八(いちはつ)は同(おな)じ親(おや)から生(う)まれたはずだが、その姿(すがた)も考(かんが)え方(かた)も違(ちが)った。お互(たか)いが既(すで)に別(べつ)の道(みち)を歩(ある)いている。それでも、いつか同(おな)じ場所(ばしょ)に辿(たど)り着(つ)くと信(しん)じている。それを確(たし)かめる為(ため)にもこの戦(たたか)いに勝(か)たなければならない。

「だけど、この大群(たいぐん)をどう倒(たお)せばいいの?」

「まずはゼオラが破(やぶ)った境界(きょうかい)を塞(ふさ)がないとな」

濡烏(ぬれがらす)は先程(さきほど)のゼオラと同(おな)じように剣(けん)を突(つ)き刺(さ)した。すると、濡烏(ぬれがらす)の力(ちから)で破(やぶ)れた境界(きょうかい)が少(すこ)しずつ塞(ふさ)がっていく。

「俺(おれ)は俺(おれ)自身(じしん)以外(いがい)誰(だれ)の力(ちから)にも頼(たよ)っていなかった。けれど、そんな俺(おれ)にも頼(たよ)れる仲間(なかま)が出来(でき)た。その一人(ひとり)が松葉(まつば)、お前(まえ)だ」

濡烏(ぬれがらす)は髪(かみ)を掻(か)き上(あ)げた。闇(やみ)よりも黒(くろ)い瞳(ひとみ)に金色(こんじき)の光(ひかり)が宿(やど)る。濡烏(ぬれがらす)はその眼光(がんこう)だけで周囲(しゅうい)の怪(かい)を跡形(あとかた)もなく消(け)し去(さ)った。


 鬼(おに)は孤独(こどく)な存在(そんざい)だ。怪(かい)の中(なか)でも強大(きょうだい)な力(ちから)を持(も)つ鬼(かれ)らはいつか異族(いぞく)に倒(たお)される運命(うんめい)を背負(せお)っていた。同族(どうぞく)が息絶(いきた)えるのを何度(なんど)も見送(みおく)ってきた。いつかは自分(じぶん)もそうなるのだろうと考(かんが)えていた。

 だが、蘇芳(すおう)はそれを否定(ひてい)した。鬼(おに)として生(う)まれたとしても、他(ほか)のものと共(とも)に生(い)きられるのではないかと考(かんが)え、行動(こうどう)していた。

 

 濡烏(ぬれがらす)は二対(につい)の翼(つばさ)を広(ひろ)げた。墨(すみ)よりも黒(くろ)い烏(からす)の翼(つばさ)だ。髪(かみ)からは銀色(ぎんいろ)の角(つの)が覗(のぞ)いている。彼(かれ)こそが有翼(ゆうよく)の鬼神(きしん)だ。

「本気(ほんき)を出(だ)すのは何百年(なんびゃくねん)振(ふ)りだろうな?」

「鬼神(きしん)の本気(ほんき)を拝(おが)めるなんて光栄(こうえい)だね。」

ゼオラは剣(けん)を濡烏(ぬれがらす)に向(む)けた。この期(き)に及(およ)んでもゼオラは全(まった)く物怖(ものお)じしない。ゼオラの鋭(するど)い眼光(がんこう)は濡烏(ぬれがらす)を貫(つらぬ)いていた。


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