濡烏は松葉を連れ、どこまでも飛んでいく。松葉はたた困惑していた。二人は幾つもの空を抜け、赤い空に舞い降りる。
二人が辿り着いたのは『鬼界』、鬼や怪が暮らす世界だった。地面は溶岩に覆われ、大気は瘴気で汚染されており、生身の人間なら入っただけで即死する。そこには禍々しい姿の怪が大勢居る。
濡烏が松葉に見せたかったのは、鬼界に暮らす怪の姿だった。彼らは皆自由に暮らしていた。ここには八咫烏の里にあった規律は存在せず、全てが混沌している。言わば無法地帯だった。
「ここは自由だ。だが、弱いものは生き残れない。」
松葉は、初めて母親以外の怪を見た。どの怪も松葉達に敵意を向けているが、濡烏は動じない。
「お前は怪としても生きられるんだ。一つの生き方にこだわる必要はない。」
「考えます…。」
「もしここに住むなら松葉を使いとして迎えるんだがな。」
松葉は耳を疑った。まさか濡烏が自分を使いとして迎える存在が居るとは信じられなかったからだ。それに、濡烏は鬼神だ。位の高い神に仕える事は、八咫烏にとって最も誉れ高い。
松葉は返事をしようと口を開いたが、それよりも先に濡烏が口を開いた。
「緑丸は元気か?」
緑丸は松葉の父親の名だ。かつて緑丸に剣を教えていた濡烏は、今も彼を気にかけているのだろうか。
「お父様とはしばらくお会いしてませんが、元気にしてると思います。」
濡烏は頷くと、改めて松葉を見た。その瞳は若かりし日の緑丸に似ていた。
そして濡烏は、松葉から少し離れ、羽織を整えた。
「松葉、剣は持たないのか?」
松葉は自分の尾羽根を一枚抜いた。すると、羽根が剣に変わる。それを見て、濡烏も自分の刀を抜く。
「どれ、手合わせ願おう。」
松葉は真っ先に濡烏の元に向かい、腰に斬りかかろうとした。ところが、それを見切った濡烏は松葉の裏裏をつき、刀の柄で松葉の頭を突いた。鬼の力は凄まじく、それだけで松葉は地面に叩きつけられた。
「流石、お父様のお師匠様、お強いです…。」
「里での修行の成果が出ているな。これを使うといい。」
濡烏は自分の羽根を一枚抜いて、松葉に向かって投げた。すると、羽根は剣に代わり、松葉の手に納まった。
「これは…。」
「しばらく俺の元で修行するといい。里の者達には伝えておく。ここには烏になれなかったくらいで仲間外れにする者は居ない。お前はもっと自由でいいんだ。」
濡烏は松葉に刀を向けた。松葉はそれに応えようと新たな剣を握る。数多の怪の視線の中、二人は剣を振り続けた。