5話 示されし方向 〈1〉
「ふう、次の街まで先はまだ長いか」
「ヒルガさん声が弱っていますよ? 魔法とかなにか使えないんですか」
次の街に向けて地図を見ながら地を踏みしめる。
数十キロと、行き先はまだ遠い。
広々とした原野は風の戦ぎによってゆらりと揺れ動いている。
「悪いが、俺は一応冒険者ではあるが魔法は使えない。剣一筋で今日まで狩って生きてきたからな」
「そうなんですか あとどのくらいです?」
「数十キロ。大きな教会が目印って地図に書いてあるんだけど」
するとエステが本から出てきて地図を見つめ始める。
「ここだよ」
「本当だ。まだまだ先は長いってことですね。……先ほどヒルガさんの言った覚悟の意味が理解できましたよ」
ほんわかとした笑顔でこちらを向いてくる。
長時間の移動は慣れているが、さすがにそろそろ疲れてきたような。
「街をでてから数時間。休憩しませんか? とても疲れているように見えますけど」
「今言おうとした。……そうするか。日がもうすぐくれそうでもあるし」
太陽が徐々に沈みかけている。
若干の茜色の空が1日の終わりを知らせてくれる。
近くに散らばっている、枝木を集め地面に囲むように置く。そして袋からランプをとり、火を付ける。……日の灯す部分を木の枝に接触させ灯火をつけてるとそれを木枝が並べられた方に放り投げた。
「割と器用に手使いますね」
「それはそうだ。だってかれこれ数年1人で旅してるからな」
これまでに付き添いの冒険者を仲間に入れたことは1度もない。いわゆる一匹狼なのだが、理由を述べると単純に静かな方がよかったからだ。
だが、世界を救うことになったことで1人ではなくなってしまったわけだが悪い気はしない。
「寂しくないんですか?」
「エステ君がいるから大丈夫。まあいままでは本音を言うと寂しくはあったが」
興味深そうにスープを飲む俺をまじまじと見つめる。
「パンありますけど食べます? 随分前に立ち寄った街で買った美味しいパンなんですけど?」
「……おぉありがとう。長めのパンだな。……どれどれうん美味しい」
クリーム系統のスープと一緒に飲んでいるのだが、これは絶品の味わいだった。
数分、2人で夕食の時間を過ごし空腹を満たす。
するとエステがしばらくして聞いてくる。
「そういえば、願い事聞いてませんでしたね」
「……あぁそんなこと言ってたな」
確か契約時に願い事を1つ叶えさせてくれるんだっけ。
夢も持ってない俺が、これだと思える願い事なんて1つもなく。
「言ったろ。俺は夢も何もない……空っぽな人間だって。だから欲しいものなんて1つもないんだよ」
「えぇ……。お金持ちになりたいでもいいんですよ?」
富豪人なんて柄じゃない。
そんな人生が簡単に手に入ったら金額の水準が麻痺してきそうで非常に怖い。
少しずつ溜めていくのが無難だと俺自身は理解している。
「金持ちなんて興味ないね。エステ悪いが俺はそんな欲張りな人間じゃない」
「すみません。……わかりましたそれではこのお願い事は保留ってことで今は後回しでいいんですね」
「あぁそうしてくれ」
そう言うとエステは莞爾の笑みを浮かべ苦笑いをした。
見た目は竜人……とのことだが、頭の突起した龍の耳以外はほとんど人間の部位だ。……手も色白としているし。顔立ちも可愛いと思えるほどに整っている。抜け目なしといった感じで。
「ところでその悪しき者がいるって言っていたが、昨日戦った魔獣を操っていたヤツらは一体どんな連中だ?」
「あぁそれがですね」
気難しそうに愁眉をよせとても言いづらそうな仕草を見せる。
教団や組織やその辺だろうか。
「その言いづらいんですけど、大まかな情報が分かっていなくてどういった名前の者達なのか何の目的で動いているのか詳しいことは私にはわかりません」
「真相は闇の中ってことか」
「でもノア様から聞いた話だと、各国で魔獣や悪い契約喚師をそこに向かわせているみたいですが」
「悪い契約喚師? 君達とは何が違うんだ?」
悪い契約喚師という言葉に引っかかる。
エステ達とは対となる存在なのか?
「私達とは考え方が真逆な存在ですね。彼らはどうやら人間を唾棄しているみたいで単独で動いているみたいです。通常契約喚師は契約師と結ぶことで、本来の力を発揮できるのですが……因みに契約無しだと私達の力は5割程度の実力になります」
つまり契約なしだと半分の力しか出せないってことか。あぁだからあの巨大な魔獣相手に苦戦していたのか。
「人間を認めている契約喚師もいればそれを認めない者もいる。……彼らはそういった存在です。何かしら本来は出せない本来の力を出せるみたいなのですが、誰がそれを与えているのか……分からないですね」
「そいつがこの世界の征服を企んでいる……まあそう捉えた方がいいか。なら用心しないとな」
エステは武器を取り出し。
「私とヒルガさんは一心同体です。能力も力も共有出来ます。……こんなことだってできるんですよ」
するとエステはもう1本の契約聖装を取り出す。
あれ化けているんじゃなかったのか?
「力を二分にして私も戦うこともできます。……憑依は能力の一部なのですが」
「つまり君自身も戦ってくれる。……2人で戦えるということか」
首肯するエステ。
でもそんなことしたら力が半分になるのでは? そうなるとエステが非常に不利でむしろ危険にさらされそうだが。
「でも二分にしたとしても力は落ちません。素の力を落とさずそのままの力で戦えます」
「そうなんだ、よく分からんが足手まといにならないってことは理解したよ」
要約すると複製体を作るような感じか。……つまり10割の武器をエステが二分しても5割にはならず、その武器の力は10割のままってことだ。それは心強い話だな。
「まあ強い敵は山ほどいますが頑張って行きましょう」
「あぁ」
差し出された手を俺は握り誓いを示す。
「それでエステ意外にも契約師っているのか?」
「えぇ。何人かですね。人以外の契約獣もいますけどたくさんいますよ」
「なるほどな」
俺達以外にも戦っている契約師、契約喚師はいるということか。できればその人達を仲間にすれば戦力が増えて嬉しいが。
「仲間も集めた方がいいですね。その方針にしてもよろしくて?」
「俺達だけだと、手が回せない状況にも陥るかもしれない。いいだろう地道な人集めだけどやってやるよ」
エステはふと満足げに微笑む。
まあ俺達みたいに頑張って戦うやつらもいるってなればそいつらを仲間にした方がいい。類は友を呼ぶともいうしな。
「さてとそろそろ…………ってノア様?」
エステが一言寝ることを俺に伝えようとしたそのときだった。
彼女の口からノア様と。先ほどもちらっと聞いたが誰なんだそれは一体。
「夜分申し訳ないです、聞こえますかエステリアさん」
「その声はノア様?」
テレパシーのようなものが木霊するように聞こえてきた。潤いのある高めの声をした女性の声。
この声の主がエステの尊敬する存在ノアという人物らしい。
「少しお話をしてもよろしくて? 大事な話がしたいんです。エステリアさん、ヒルガさん」
どうして俺の名前を知っているんだろうと、その謎の人物――ノアからの声に俺とエステは耳を傾けた。