3話 決意の日 〈3〉
宿屋に泊まる寝入っていると。
騒々しい音が外からしたので俺は目が覚めた。
何事かと外へと駆け出すと、そこは。
「大丈夫か? 人は? ……そうかあの魔物に数人殺されたか」
「兵を数名回しています。対処できるかは分かりませんが力の尽くせる限りやります」
外は前盛る火の戦場と化していた。
夜暗の町に飛び散る火花。建物のあちこちが燃焼しており奥にはこの町を警備している人達が近況報告をしていた。
あの魔物とは?
人が死んだ?
突然なことに情報が追いつかず話が飲み込めない。
一瞥しても燃えさかる建物がたくさん建ち並ぶばかり。その通りを俺は疾走し駆け抜ける。
昼間の風景とは一風変わり、街が地獄の街と化している。
屋根を伝い飛び越えなるべく高い、先が十分見える場所へと移動する。
すると地面が激しく揺れ、断末魔のような叫びが木霊する。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
「な、なんだ!? あれは……魔物?」
4足歩行を持った立ち並ぶ家と同じぐらいの大きさをした巨大な……魔獣であった。暴れ狂うように建物をなぎ払っては破壊し、口からは獄炎の息吹を吹きかけ一面を火の海にしていた。
「見たことのない魔物だ。あれがエステの言っていた俺に世界を救って欲しい理由の1つなのか?」
街外れにある、木の崖に一時退避し燃えさかる街を眺める。
非力な俺はなんの力もない。強大な力もなければこの場をくぐり抜ける突破の策だって思いつかない。
「えぇあれが世界に災いをもたらす魔物です」
本から声が聞こえてくる。
「あれは契約獣。ある悪の集団が世界を破滅させる刺客として送り込んだモンスターです」
「契約獣?」
聞いたこともない名前。大きさのスケールが規格違いなことから少し特殊なモンスターだってことは分かってはいたが。
「ヒルガさん、私は本当は救って欲しいんですあの穢らわしい魔物と。きっと一晩しないうちにこの街は滅びてしまいますよ? それでもいいんですか」
本当は守りたい、いや救ってやりたい。……でも胸底に強い恐怖感を抱いて自然とそれを口にしてしまう。
「俺には無理だ。殺されるのなんて……嫌だ」
だがエステは何も言わない。
そればかりか昼間と同じ対応で淡々と答え姿を現す。
「……分かりました。そうですかでもそれも正しい選択かも知れませんね。自分の身を第1に考えることも」
「エステ……」
無理な笑顔を作ったエステは一瞬涙を零すのを見て俺は心が苦しくなる。……どうしてそんな涙を流しているんだろうと。
「短い間でしたが、楽しかったですよヒルガさん。その私が入っていた本は形見として持っていてください。……もう会うことはないと思いますけどどうかお元気でさようなら!」
そう言うとエステは前を見て逆巻く火の街へ大剣を取り出すと降り立っていった。
咄嗟に声が漏れ。
「エステぇ!」
声は届かなかった。
だが僅かながら、彼女の口が笑ったように見えた。
その場でひざまついて、俺は無力な自分自身を呪うのだった。
◎ ◎ ◎
いつまでもぼうっとしてはおられないと思った俺は、降り立って行ったエステの向かった街へと赴いた。……あの涙が頭に焼き付いて離れない。
放って置けない気持ちになった俺は一心不乱に街の屋根を駆けた。
数分追いつくと、巨大な魔獣相手に剣を振るうエステの姿がそこにあった。
「はぁああああああああああ!」
横に大ぶりしながら攻撃を仕掛ける。屋根を踏み台にしながら小刻みに敵へ傷を入れる。
魔獣は威圧を放ちながら二本の腕を振り回してエステを捉えようとする。振り払った腕にタイミングよく飛び乗った彼女はそのまま駆け上がり。
「甘いですね」
女の子とは思えない助走で漸次眼前へと登る。
そんな交戦中のエステをみて涙声になりながらも呟く。
「怖く……怖くねえのかよ。……なんでそうやって平然に戦えるんだ。まだ涙流してんじゃねえか」
やはり彼女の顔からは涙が流れ出ていた。
必死に感情を抑えながら戦うエステの姿を見て俺は見ていて痛々しく感じられた。
だが無力な俺はなんの力もあらず、ただの傍観者な立ち居になっていた。
「これは神からの罰なのか? 俺に下された罪なのか?」
人に世界を救ってくれという馬鹿馬鹿しい願い事を拒否しておいて、本当によかったのか。
それなのに俺はこのまま彼女の涙を永遠と眺めながらその苦痛を感じないといけないのか? 非常に苦悩だそれは。
でも行ったとして俺に何が待っている? そこは絶望だ光なき闇の道へと続く果てしない道。そんな重荷を背負って俺は果たして戦っていけるだろうか。
決心が固まらないただ近くで戦うエステを俺は見守るばかりで、拳を力強く俺は握っていた。
「? あれは」
「……はぁ! ……はぁ!」
必死で魔獣から逃げる1人の小さな少女の姿があった。
「お母さんどこ? ……怖い誰か助けて!」
正常に意識を保てていない様子に見えた。とても焦っており息を切らしながらも遠くへ遠くへと逃げようとする。
ちょうどエステと戦っている横の方面だがしかし、その魔獣は少女を捉えようとして手を伸ばす。
絶望する少女の顔を見ていられなかった俺は。
「やめろおおおおおおおおおおおおおぉ!」
身を挺し、少女の方に飛んでいた。
なんでだろう、赤の他人だっていうのに。
でも子供の恐怖している顔を見ていたら、いても立ってもいられなくて。
「ヒルガ…………さん?」
エステがこっちに気づく。
すると猛スピードで落ちていく俺の方まで距離を詰めていき、彼女は語りかけてきた。
それは救いの手か、それとも俺から落ちてきた希望そのものか。いずれにせよ彼女はその言葉を大声で問いかけてきた。
「エステ?」
「ヒルガさん! あなたが……あなたには勇気がある。そう誰かを守りたいという意思の勇気が! もしあの少女を救いたいというのなら……この手にあなたの手を重ね"契約"してください!」
エステは手の平を俺に向けてきた。
本当は億劫なことには関わりたくはないのだが、このままあの少女を放ってはおけない。
覚悟がいるかもしれない。戦う勇気の覚悟が。
怖い。非常に恐怖を感じている。でも彼女――エステが俺に力を貸してくれるなら俺は――――。
差し出してくれた手の平に、俺の手の平を重ね合わせ俺は彼女に。
「力を貸してくれエステ! 俺はあの……あの少女を救いたい! それで俺は神にでも悪魔にでもなってやる!」
すると俺とエステの下に魔法陣のような物が出現する。
ふと安心したエステは目を瞑り、呪文を単調に唱え始める。
「龍英の契約書に誓う。素の力を主に宿らせ新たな契約師とならん!」
目映い光が俺とエステを包み込んだ。