2話 決意の日 〈2〉
本から聞こえてきたのは反響のある見知らぬ声。
今度しっかりとその声を耳で聞き取ることができた。
手に持つ本そこからは、誰かに助けを求めるそんな声が俺の耳に聞こえてくる。
「本が喋ってる?」
再確認に本全体を見渡し根源を探る。だがそれらしき仕掛けはどこにも見当たらない。
でも確かに聞こえた機械的な声ではなくちゃんと自然な声が。
数秒おくと再び本が光り出し俺に向かって語りかける。
「ええ喋っていますとも。あなたが対話しているのは私そのものです」
「そうなのか、というか生きている本なんて意外だよ初めて見た」
「あぁそういう偏見持たれていますか。……すみません今姿を見せますね」
「?」
本そのものが喋っているのではないかと困惑する俺。偏見とは一体どういう意味だろう。
さきほどの石版といい、この本といい今日は不思議なことが起きすぎているような気がする。
そうしてその声の言う意味を頭の中で考えていると。急に本が光り出し見開く。
ペラペラと捲り始め、目映い光に包まれる。再び視界がはっきりと見える頃には見知らぬ物陰が1つあった。
「君……は?」
それは人型の竜のような耳を頭につけた少女だった。
髪は断髪としており、古めかしい布服を身に纏っている。見開いた碧眼の瞳からはどこか遠くを見つめるような視線を感じさせた。
「はじめまして。私は竜英の契約喚師エステリアです」
これが俺の人生初の契約喚師との出会いだった。
◎ ◎ ◎
「それで君は一体? 本から出てきたみたいだけど君は何者?」
「私はある事情がありこの世界から招かれた存在。……急な話で信じてもらえないかも知れませんが聞いて下さい」
正直半信半疑だった。何かの自作自演をやっているのだろうと。
だが彼女の眼差しはとても嘘を言っているようには思えなかった。
頭の中で疑惑と確信が入り交じるような感覚に襲われる。
そして彼女は次、妙な事を発する。
「この世界に危機が迫っています。お時間よろしければ少しお付き合いしてくれませんか?」
その問いに俺は頷いて彼女の話に耳を傾けた。
しかしこのときの俺は思わなかった。まさか今後の運命が彼女によって委ねられるだなんて。
場所を変え、とある瓦礫の下に腰をかけながら話す。
彼女――エステリアは契約喚師。契約師に従う魔物なんだとか。
だが、前者である契約師はもう既にこの世にはいなく、彼女はこの数年新たなる契約師を求め探し続けていたんだそう。
契約喚師との間でなにやら世界に不穏な動きがあったと報告があり、こうしてこの世界に出向いたみたいだが。
「つまりこの世界に何か危機となるできごとが起きている。そして君達契約喚師は新たな契約師を求め世界を回っていると?」
「そうですね。でも正直驚きましたよまさか今の世界では契約師の存在が廃れていたとは。まあ当然ですよね契約戦線以降、契約師の存在は契約喚師共々薄れていったんですからね」
契約戦線。
数百年前に起きた数百人にも及ぶ契約師同士で、争いあい最終的に契約師という文明がそれで滅びたという戦い。
前々から契約戦線の存在は知っていたが、あの戦いで戦っていたのは契約師だったんだと知る。俺が見た資料では、誰かが戦っていたという曖昧な情報しか書かれていなかったから詳細はこれまで不明であったが。彼女の言葉でその真実が解明された。
「単刀直入に言います……ヒルガさんですっけ? 私と契約して世界を救ってくれませんか?」
世界を救うか。
概ね内容は把握したが、いざやれと言われたら中々実感が湧かない。
まだそんな脅威となる物に直面してないせいか、確信できないので少々不安。
契約する際、何か願い事を叶えてくれるらしいが……俺には欲になる願いが1つもないしどうしたものか。
「実感が持てなくてまだ半信半疑だけど、俺叶えて欲しい願いの1つもないんだよな空っぽな人間だから」
「……そうなんですか人間も色々いるのですね。でも大丈夫です一応願い事は保留にすることもできるので」
ということは別に今すぐでなくとも、後回しで願いを叶えさせてもらうこともできるというわけか。
なら願い事の件に関しては問題ない。だが問題は。
「いいのか? 適合しなかったら俺死ぬんだろ。……危険な足場じゃないか」
「契約師とはそういうものです。危険な場面を乗り越えてからこそ本当の契約師になるんですから」
「まだ覚悟が決まらないな。戦う気力も0に等しいし仮に適合したとして君の戦力になれるかどうか」
契約にも適合属性というものがあるらしい。契約相手の属性と一致していないとその契約相手は死んでしまうとのこと。
複数持つ場合でも同様で。1つでも属性が不適合だった場合それでも死んでしまうみたいだが。つまり完全一致でないと死んでしまうのか。
なんという危険な足場だろう。
沈黙。
そのまま考えている内に時間は一向に過ぎていく。
仮にこのまま契約できたとして、俺は戦っていけるか自分でも心配気味だ。
……とりあえず時間が欲しかったので俺は彼女に。
「少し時間をくれないか。中々決意が決まらなくてな今日だけでもいい少し考えさせてくれ」
「…………いいですよ。その代わり今日中にその答えを私に聞かせて下さい。無理にとは言いません、もしダメでしたら私を……本ごと元あった場所に戻してください」
彼女は片手に持つ本。俺が手に入れた本を一刺し指で指しそう言う。どこかその視線は悲しそうで俺からは不安にさせる気持ちが脳裏をよぎった。
本当は救って欲しいのかこの俺に。俺自身も救いたいよこの世界を。世界が滅びたんじゃ自分探しなんてできっこない。
「答えを聞くまで少し同行させてください。この本にいつでもいるので声かけてきてくださいね」
俺にそう言い残すと、彼女は本の中に吸い込まれるように入っていき姿を消す。どうやら自由に出入りの可能な家みたいな感じとなっているのだろうこの本は。
竜英の契約書。契約喚師各々本の名前が異なっているらしく彼女はその竜英という名前が付けられているみたいだ。聞けば契約書は100種以上は存在するみたいで数え切れないほどに多い。
「全く何がなんだか。……エステリア必ず君の期待に応えられるような返答を必ずするよ」
本をバッグの中にしまい再び立ち上がると、俺は宿屋へと歩き出した。日もだいぶ沈み駆けで今動かないと今日は外で野宿する羽目になるかもしれないからな。
歩くと途中。本の中にいるエステリアがふと笑ったそんな気がした。