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~会の五・終~

 エルバドス城に到着した翌日、予定通り会談の場が設けられた。私は護衛として黄麟騎士団副団長ベルグと共に、アナベル姉様の後ろに控えている。


 交渉自体は滞りなく進んでいた。


 話し合いは両国の外務卿を中心に行われ、様々な議論が交わされている。


 アナベル姉様も任命された時はかなり動揺していたが、今は堂々としたものだ。


 政治的な話は外務卿に任せ、互いの意見交換を円滑にする為、自らの立ち位置を見極めながら会話に参加している。


 このような姿を見ると流石だなと思う。


 エルバドス側の席に着いているのは、外務卿の他にエルバドスの王であるガルヴァ・ア・エルバドス。そして第1王子である、グリシア・ア・エルバドスの二名。


 ガルヴァ王はザヴァル王子に負けない程の巨漢。


 頭髪に白い物が見られるが、筋骨隆々で衰えは感じさせない。顔や両腕に付けた戦傷を誇らし気に晒し、武人然とした雰囲気を持っている。


 対してグリシア王子は、長身だが繊細な印象を受ける細身の体格。


 昨日、夕餉の席でお会いした王妃の姿と重なる。母親似なのだろう。


 顔立ちも王やザヴァル王子と正反対で、優し気であり何処か物憂げにも見える。ある意味、女性的な美しさを持っている様にも感じる。


 しかし時折鋭い視線をアハト側へ向ける事も有り、見た目に反して気の抜けない相手である事は間違いない。


 そしてガルヴァ王の後ろでは、ザヴァル王子が仁王立ちしている。


 私と同様に護衛として居るのだろうか、会話には一切参加していない。


 ザヴァル王子は私と視線が合う度に口をパクパクさせる。


 読唇術が無くても分かる、また手合わせしろと言っているのだろう。


 結局、アレから私がザヴァル王子の誘いを受けた事は無い。受ける気も無いのだが、計ったように騎士団長のナミルさんが現れ、ザヴァル王子を引きずって行くからだ。


 実際に会うまで、ザヴァル王子は私の命を狙っているかもしれない。そう考えて警戒していたのだが、とても他人を貶めようとする人には見えなかった。


 お母さんの娘である私を、剣士として気にしている事は間違いないようなのだが……。


(ふぁ~~~~……)


 トモエが、退屈そうに欠伸をした。


(つまらんな、結局何事もなく終わりそうじゃないか)


「そうですね、大変素晴らしい事だと思います」


 トモエの気持ちも分からなくはない。正直に言えば、拍子抜けするほど話し合いはスムーズだ。


 それどころか、既に交渉は終わりを迎えようとしている。


 卓上に並べられた案は、関税の見直し、それに伴う交易の推進、街道の整備や警備体制の強化、増え続ける魔物被害に対する相互協力等々。


 この場で即締結とはなっていないが、大筋で合意をしたようだ。


 席に着いていた者達が立ち上がり、互いに握手を交わしている。


 今後はアハトへ戻り報告。公文書の作成、正式に調印となるだろう。


 アナベル姉様としては、今夜の晩餐会が終われば任務はほぼ完了と言える。姉様の顔にも、安堵の色が広がっている様子だ。


 最後にガルヴァ王とアナベル姉様が握手を交わし、私達は会談の場を退室する事となった。


(何だよ、乱闘の一つでも起こるかと期待したのに)


「起こられても困ります」


 私は廊下を歩きながら、愚痴るトモエを諫める。 


 トモエは知らない。その昔、当時のエルバドス王が隣国の使者を侮辱罪で斬り殺した逸話がある事を。


 アナベル姉様が戸惑っていたのも、その逸話があるからだろう。だからこそ無事に会談が終わり、一番安堵しているのは姉様の筈だ。


 前を歩くアナベル姉様の足取りは、はたから見ても軽い。まるでスキップでもしそうな程に。


 そんなアナベル姉様は客室の前で立ち止まると、ドレスの裾をはためかせながら、クルリと振り返った。


「オリヴィア、今夜の晩餐会はアナタも出席するように。私の妹としてね」


「しかし私は護衛の任務が……」


「ならば護衛としての任を解きます。これはアハトの代表としての命令よ、良いわね?」


「……承知致しました」


 私は今回、あくまでも代表団の護衛として同行している。


 ある程度の着替えはあれど、晩餐会に王女として出席出来る様なドレスは用意していない。


 つまり隣国の上流階級が集う晩餐会に、王女でありながら借り物のドレスで出席しろと言う事だ。


(別に良いじゃん?)


 トモエがそう言った。正直、私もそう思う。私自身、社交界というものにあまり関心がないからだ。


 アナベル姉様としては、持ち込んだドレスに自信があるのだろう。


 一方の私は、借り物であれば選択肢も限られる。


 そんな私を隣に置いて自らを際立たせたい。そんな思いが見え隠れする。


 アナベル姉様の思惑は兎も角、一番に避けたいのは反抗して怒りを買う事。


 この程度で良かった、そんな事を思う自分が情けなくなる。


 私は肩を落としながら、与えられた部屋へと戻った。


「お帰りなさいませ、オリヴィア様」


 部屋の前に辿り着いた私を、扉の前で待っていたアルが出迎えてくれた。


 アルには昨日、私とトモエの事を話した。私なりに、それがアルの誓いに対する応え方だと考えたからだ。


 アルも流石に動揺していた。当然だ、私でさえ未だに戸惑う事もあるのだから。


 特に、私の剣がお母さんから受け継いだ物ではなく、異世界の幽霊から学んだ剣だと知ると、驚きとも落胆とも思える複雑な表情を見せた。


 それは、お母さんを敬愛するアルには受け入れがたい事かも知れない。


 そもそも、元聖騎士のアルが幽霊であるトモエを受け入れられるかという問題もある。


 だから、この先の事はアルに決めて欲しいと言った。私はオルキデアには成れないかも知れない、そんな私でも良いのか……と。


 その明確な答えは、まだ聞いていない。コチラから催促する事も無い。


 アルの言葉を待とうと思った。


 因みに、アルに打ち明ける事をトモエに相談したのだが……。


(任せる)


 とだけ言われた。ぶっきら棒なセリフだが、それがトモエの優しさなのだと感じた。


「オリヴィア様、今後のご予定は」


 アルにそう尋ねられ、私は先程のアナベル姉様との会話を伝える。


「そうだ、ドレスを借りられるかどうか、お城の方に確認して来て貰えますか?」


 まだ夜まで時間はあるが何分急な話だ。着付けもあるし、早めに準備をした方が良いだろう。


 アルは私の話を聞き終えると、部屋を出る事無く奥にあるクローゼットへと向かった。


 扉を開け、一つの木箱を取り出す。この様な箱、持って来ていただろうか? 私には見覚えがない。


「これは出発の直前、母から届いた物です。オリヴィア様への贖罪と、感謝の証であると。不要かとも思いましたが、勝手ながら他の荷物と共に持ち込ませて頂きました」


 アルはテーブルに箱を置き、蓋を開ける。


「ご報告が遅れ申し訳御座いません。ご迷惑でなければ、お納めください」


 箱の中には、見た事がない程の美しい光沢を持った、深紅のドレスが収められていた。


(これってシルクか? こっちじゃ初めて見たな)


 トモエがドレスに興味を持つのは珍しい。しかし、それだけの魅力を持っている事は分かる。


 私の髪色と同じ、深紅のドレス。深紅は染め方により、暗いイメージを持たれてしまう場合がある。


 だが目の前のドレスは、その特徴的な光沢も含め、目を奪われる程の深みを持っていた。


 ドレス自体がシンプルなワンピースタイプだからこそ、その色彩が強調されているのだろう。まるで、朝露に濡れるバラの様だ。


「これほど素晴らしい物を、本当に頂いて良いのですか?」


「はい、生地は偶々海を渡って来た行商から手に入れたそうですが、是非オリヴィア様にと」


「ありがとうございます、大切にします……」


 私はドレスを手にし、そっと胸に抱く。誰かに贈り物をされるなんて何年ぶりだろう。


「それでは着替えの手伝いを呼んできます」


「あ、アル」


 部屋を出ようとするアルを、とっさに呼び止める。


「……お母様にも、後日お礼をさせて頂きます」


「恐縮です、母も喜びます」


 アルは小さく微笑むと、お辞儀をして部屋を後にした。何だか、久しぶりにアルの自然な笑顔を見たような気がする。


 暫くすると、メイドが部屋を訪れ、着付けを手伝ってもらった。


 アルのお陰で、予定よりもだいぶ早く支度が済んでしまう。


 アルには休憩して貰っているし、どうした物かと思案していると……。


(暇だし、お城の中でも探検しようぜ)


 と、トモエが言い出した。


 必要もないのに出歩くべきではないのだろうが、部屋に籠っていればザヴァル王子の突撃を喰らう可能性もある。私は不安を感じながらも、トモエに同意した。


 特に目的地も無く、赤絨毯の敷かれた廊下を歩く。


 城内には、鎧兜や剣等の武具が多く飾られている。これも、エルバドスらしさなのだろう。


 トモエは珍しい武器を見付ける度、立ち止まって良く見せろと要求してくる。


 随分と楽しそうだ。出発前、私がエルバドスに狙われていると言った事など、すっかり忘れているんじゃないだろうか。


 そうだ……丸腰の今、襲われたらどうなるだろう……。


 私は寒気を覚え、周囲をキョロキョロと見渡した。


 何もない。そのはずなのに、急速に不安が膨らむ。


(そんなにビビるな、アタシがついてる)


 トモエが力強くそう言ってくれた。


 気遣ってくれた事は分かったが、ある事に気が付いた私は、堪え切れずに吹き出してしまう。


(何笑ってんだよ?)


「ご、ごめんなさい、『ついてる』が『憑いてる』に聞こえてしまって……」


 せっかく気遣ってくれたのに笑ってしまい、怒らせてしまったかもしれないと反省していると……。


(……確かに)


 と、妙に納得してくれた。


(何か口説き文句みたいだな。お前にはアタシが憑いてるぜ! みたいな)


「幽霊の口説き文句ですか?」


 自然と笑顔がこぼれ、同時に不安が薄れて行く。


 結局、私は日が暮れるまでトモエと雑談をしながら、城内の散歩を楽しんだ。


 そして迎えた夕刻。私は、晩餐会の前に一度部屋へ戻ろうと見覚えのある廊下を進んでいた。


 やがて廊下の先に与えられた客室が見えた。同時に、二つの人影も。


「あ……」


 私は思わず、廊下に飾られた全身鎧の影に身を隠す。


 部屋の前に居た二つの影。それはアルと、アナベル姉様だった。


(珍しい組み合わせだな……いや、そんな事も無いのか?)


 そもそも私がアルと出会ったのは、アナベル姉様が巡り合わせたからだ。つまり、当然二人も以前から面識がある。


(で、何でお前は隠れてんだ?)


「わ、私にもわかりません……」


 理由はわからない。何となく二人の間に漂う空気が、ただ事ではない様に思えたのだ。


「本当に良いのね?」


 アナベル姉様の声が聞こえる。ダメだと思いながら、私は無意識に聞き耳を立てていた。


「今なら、私が面倒をみて上げるって言うのに」


「申し訳ございません……」


 アルが深々と頭を下げる、何を話しているんだろう……。


「私は、オリヴィア様の……」


「アナタ、オリヴィアに必要とされてないんじゃないの?」


「…………」


「アナタの実力なら、黄麟騎士団のNo.3の座は確約するわよ」


 二人の会話が聞こえる度、私はその場から動けなくなっていた。


(ヘッドハンティングか、やるな~アナベル)


 トモエがやけに感心している。


(っで、どうすんだ? オリヴィア)


「え? 私ですか?」


(お前以外に誰が居るんだ。あれを見て、何か言う事は?)


「私……私は……」


 つい先日、アル自身に身の振り方を委ねたのだ。


「私から言う事は何も……」


(…………ふーん)


 トモエがつまらなさそうに呟いた。


(まぁ、良いけどさ)


 それ以降、トモエは黙ってしまう。


 私は間違っていたのだろうか、どうすれば良かったのか……。


 結局、二人がその場を離れても暫く動く事が出来ず、私は晩餐会に遅れてしまうのだった。

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