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~会の四~

 エルバドスとの国境を越えて数日、私達はエルバドス騎士団の案内で王都を目指す。


 道中は警護の数が倍以上に増えた事も有り、万事順調に進んでいた。


 ゴブリンやオーガの一団と遭遇する事も有ったが、全てザヴァル王子が一蹴。


 私が苦労して倒したゴブリンと同数を、ほぼ一撃で薙ぎ払う姿には驚きと共に寒気を覚えた。


 やや雑な動きは有るが、空振りした剣が地面に叩きつけられた時には、大地が揺れたかと思う程の衝撃があった。


 兎に角、規格外の腕力だ。お母さんとは全く違うタイプだが、剣士としての力量は間違いなく私より遥か上。パワーだけなら、私の中では歴代一だ。


 そんなザヴァル王子の活躍も有り、護衛としての仕事は皆無と言っても良かった。


 野営中もエルバドスの護衛と交代で見張りに立っている為、正直かなり余裕がある。


 今夜もこうして、素振りをする程度には。


「すぅ~…………ふっ!」


 素振りをすると言っても、まだ目的地には到着していない。


 疲労を残さないように、一振りに集中し時間を掛け、フォームの確認している。


 目を閉じ、集中力を高め、上段から一気に……。


「やあやあ、精が出るなぁオリヴィア姫」


 突然声を掛けられ、剣から意識をそらされる。剣先は歪んだ軌跡を描き、中途半端な位置で止まった。


(はい、0点)


 トモエの厳しい採点が下りる中、現れたのはザヴァル王子。


 あの日以来、ザヴァル王子は事ある毎に顔を出してくる。そして……。


「そろそろどうだろう、ここらで一度手合わせをしてみないか? 俺と稽古すれば姫の身にもなろう」


 毎回同じ事を聞いてくる。そして、私の返答も何時も同じ。


「申し訳ございませんが、休憩中とはいえ私は未だ護衛の任についている最中なので……」


「まあまあ良いではないか、軽く打ち合う程度であれば……」


 そして何時も通りであれば……。


「で・ん・か?」


 やっぱり来た、騎士団長のナミルさんだ。


 ナミルさんは私に向かって頭を下げながら、毎度の様にザヴァル王子の首根っこを掴んで去って行く。


(何回やるんだ、あのやり取り)


「さぁ……」


 私もいい加減煩わしく感じてきたが、相手は一国の王子。断るにしても受けるにしても、気軽な返事は出来なかった。


(しかしイメージと違ったな、あの王子様)


「そうですね、何と言うか策謀するタイプには見えませんね」


(脳筋だよな)


「そうですね、脳き……」


 私は慌てて口を塞ぐ、小声とは言え流石にこの先を言葉にするのはまずい。


(それより今は、後ろを何とかした方が良いんじゃね?)


「えっ、後ろ?」


 後ろを振り返ると、アルが剣を手に恨みがましい目でコチラを見つめていた。


 その視線は私ではなく、引きずられて行くザヴァル王子に向けられている様だ。


「……アル?」


 アルは私の視線に気が付くと、深々と頭を下げる。


「申し訳ございません、オリヴィア様の身に危険が及ぼうと言う時に……」


「良いんですよ、勝手に休憩中のアルから離れたのは私なんですから」


「しかし……」


「それにホラ、今はナミルさんが居ますし」


 ナミルさんの名前が出た途端、ハッキリとアルの表情に影が差す。


「そうですね……ナミル殿がいらっしゃいますから……」


「え? ……あの……アル?」


「申し訳ございません、今少し休ませて頂きます……」


 アルは背中を向けると、トボトボとした足取りで離れて行った。


(はい、0点)


「え!? 何ですか!? 何が0点なんですか?」


 突然下された採点に戸惑う。


 私は何か間違えたのだろうか?


(考えろ考えろ、それも修行だ)


 結局トモエは、採点の説明もなく寝てしまった。


 仕方なく私も素振りを止め、次の交代まで仮眠をとろうと毛布に包まる。


 しかし、ずっと頭の中モヤモヤして、結局その日は一睡も出来なかった……。



 その後も、王都までの行程は引き続き順調だった。しいて言えば相変わらずザヴァル王子に試合を申し込まれた程度。


 城郭を潜った私達は都市部を素通りし、目的のエルバドス城へと辿り着いた。


 アナベル姉様からの嫌味も少なかった。到着を目前にして、緊張しているせいかもしれない。


 目前に現れたエルバドス城は、国の要に相応しい威厳と重厚さを持っていた。


 小高い山の山頂にそびえ立つその姿は、威圧的なほど雄大。


 周囲は分厚い城壁に囲まれ、狭間と呼ばれる弓を撃つ穴が無数に空いている。


 攻守両面を意識して造られているのは、正しく軍事国家としての面目なのだろうか。


 無事に城門の前まで到着した私達は、ナミルさんの指示により立ち止まる。


「申し訳ございませんが、こちらでお荷物の確認をさせて頂きます」


 私達はアナベル姉様の私物を除き、念入りに荷物検査をされた。私は護衛として帯同しているので仕方ないが、下着を見られるのは少し恥ずかしかった。


 荷物の確認が終わると、私達一行は巨大な鋼鉄の扉を抜け、城内へと通される。


 私達は、まずは体を休めて欲しいとのガルヴァ王の配慮もあり、それぞれ割り与えられた部屋へと案内された。


 本日はアナベル姉様が王達と夕食を共にし、交渉の席は明日改めて設けるとの事。


 夕方まで少し時間がある。アナベル姉様と外務卿には黄麟騎士団が付いている為、私とアルは待機を命ぜられたのだが、やる事もなく、ぽっかりと時間が空いてしまった。


 私は一先ず胸当て等の防具を外す。久しぶりに全身の締め付けから解放された。


「ふぅ……」


 気を抜いた訳ではないが、少しだけ脱力感が湧き上がる。


 これほど長期間、一つの任務に従事した事は無い。気付かない内に疲労が溜まっていたのかもしれない。


 私は装備品をスタンドに掛けると、部屋の扉を内側からノックした。


 扉が開き、アルが顔を出す。


「お呼びですか、オリヴィア様」


「アルも疲れたでしょう、一緒に中で休みませんか?」


「いえ、私は……」


「偶には良いでしょう、まだまだ任務は長いんです。さ、一緒にお茶でも頂きましょう」


 私は廊下で控えていたお城のメイドにお茶を頼むと、やや強引にアルを部屋へ招き入れた。


 アルは部屋に入っても立ったままだったが、お茶が運ばれて来た所で、観念したように私の対面に座った。


 黙ったまま、二人で淹れたての紅茶を口にする。


 芳醇な香りが、疲れた心と体を癒していく。その癒しが、私の覚悟を後押ししてくれた様な気がした。


 私は心に決めた事がある。あの日、トモエに考えろと言われた日に決めた事が。


「あの……」


「オリヴィア様、申し訳ございませんでした」


 私が切り出そうとした瞬間、アルがそう言って頭を下げた。


「どうして謝るんですか? アルが謝る事なんて……」


「いえ、誓いに背いた私には、本来謝罪する権利さえない」


 アルは頭を下げたまま、私と目を合わせようとしない。


「オリヴィア様を守ると誓いながら逆に守られ、聖清の儀では傷付くオリヴィア様を舞台の外で見ている事しかできず、剣の修行すら力が及ばないどころか、オリヴィア様に不快な思いまでさせてしまった……」


「それは、アルの責任では……」


「いえ、自分が如何に自惚れていたのか思い知らされました」


 アルの声が震えている。きっと、自分への怒りに対してなのだろう。


「お恥ずかしい限りです。私如きが、オリヴィア様のお役に立とう等と……」


「アル……」


「今の私では、オリヴィア様のお力に成れないのではないか……オリヴィア様に相応しくないのではないか……そう思えてしまうのです」


「そんな……」


 私は、気付かずに彼を追い込んでいたのだろうか……。


 分不相応なのは私の方だ。全て私の力の無さと、身勝手な判断に責任があるんだ。


 それなのに……。


(…………)


 トモエの溜息が聞こえた気がした。


 先程から黙っているが、不機嫌そうな気配は伝わっている。


 私には、それが何に向けた苛立ちかすら分からない。


 分かっているのは、自分がアルを苦しめている事だけだ。


 私は何もわかっていない。剣の事も、人の心も。


 だから決めた。


 私には覚悟が足りなかったんだと思う、アルの誓いに応える覚悟が。


 捉えようによっては、ただ楽な道を選んだだけかもしれない。


 それでもコレが、今の私が彼の想いに報いる唯一の方法だと思った。


「アル、聞いてください」


 アルがようやく顔を上げる。


「私はアルを信頼しています。だから話します、アルにだけは」


 私の表情から何かを感じたのだろう、アルが反射的に姿勢を正す。


「この話を聞いてどうするのかは、アルに任せます。私の下を離れるのも自由です」


「オリヴィア様……」


 私は鈍りそうになる決心を整える様に、一度大きく息をついた。


 そして……。


「聞いてください……私と……彼女の事を……」

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